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第四話

「……」

無言で廊下を歩く。目の前を歩く男は背中を見るだけでも筋肉がしっかりわかる。さっきの皇帝より体にあった服を着ているため体の線がわかる。正直眼福である。やめてくれ、オジサンっぽいのは元々の気質なんだ。治りません。

皇帝と同じくらい高い身長だ。1…90くらいあるのかな。それにしても良い背中だ。…あー、うん、…イイ尻、間違えた良い背中だ。

わたしの思考が若干変な方向に言っている間にどうやら目的地についたようだ。大きな門の前でジャーハオが止まる。

「…少しお待ちを」

そして、そのまま門に入るのかと思いきや、門ではなく少し横にある扉をノックし、すぐに中から出てきたおじさんと何かを話したあと戻ってくる。

いいのか?おじさんすごく泣きそうな顔してるけど。わたしの顔を4度見ぐらいしたけど。

縋ってくるおじさんを歯牙にもかけない様子でスタスタ歩いてきたジャーハオはわたしの前に立つと、

「…それでは、あとはこの者に任せます。私はここに入ることはできませんので、失礼させていただきます」

そうして会釈と深い礼の間くらいの礼をしてから、去っていった。

残されたのは、もうどうにでもなれ、と思っているわたしと泣きそうなおじさんだった。



門の中に入るとまず目に入ったのは大きく歴史がありそうな屋敷だった。色味は黒で統一されてるようだが、暗い印象はなく、威風堂々、豪胆不敵といったような感じだ。もしかしてこれが皇帝の住む屋敷、というか宮殿だろうか。そこから少し進むとまた大きな屋敷があった。最初の屋敷は重厚と言った雰囲気だったが、それより細かい装飾が多いが上品にまとまっており、繊細なデザインが輝いていた。さらに進むと先ほどの屋敷よりは少し小さいが充分キラキラしい屋敷が四つほどあり、これらは個性豊かというか、一つ一つに全然違う印象があった。共通点は大なり小なり全部豪華というところだろうか。そこでは止まらずまたそのまままっすぐいくとまた少し格の落ちた屋敷が十個ほどあった。

そのままその屋敷の一つに通されたわたしは、今現在手持ち無沙汰でベットに寝転んでいた。

案内されたのはなんかキラキラした異様に豪華な部屋だった。ホテルのスイートルームなんて目じゃないですね、と言わんばかりに輝いており、高そうな壺もたくさん飾ってあった。壺がたくさんあるのは中国っぽいなぁと現実逃避気味に思った。

ちなみに屋敷の中には4、5人の使用人もおり、わたしが廊下を通っている間ずっと跪いて頭を下げていた。そうなるともぞもぞした気持ちになるのが日本人というか、申し訳なさすぎて心持ち早足で廊下を歩いた。

部屋にわたしを通したあとおじさんはすぐに帰っていったが、あまりの至れり尽くせりに落ち着かない。いいんですか、と言いたくなる。

皇帝陛下はなんか怒ってましたけどわたしに。わたしのせいじゃないけどね。

「さて…」

現実逃避は終わりにしましょう。じゃないと今日一日現実逃避している時間の方が長くなっちゃいそうだし。

本当に色々あった、というか別に望んでないのにありすぎた。わたしは非日常とか望んでないタイプなのに、日常が何より大切なのに。

とりあえず整理するか、とベットから起き上がり、ポケットに手を突っ込んだ。確かスマホが……。

もぞもぞ、もぞもぞ…もぞ…もぞ……。

うん!?

「あれ!?スマホ…ッ、あっ、路地に落としたまんまじゃん!」

そのあとが驚きの連続すぎてすっかり忘れていた。

「うわぁ、せっかく買ったわたしのスマホー、変えたばっかだったのにー」

地味に今日一番のショックではなかろうか。

他の出来事は主に怒りと驚きに満ちてるだけだからな。

ポケットから出てきたのはボールペンとメモ用紙だけだった。なんで?まったく入れた記憶がない。

ただ、今の状況的には僥倖だ。話を整理したいところだし、古代中国っぽいこの世界にシャーペンとかボールペンとかなさそうだし。あるとしても筆とか鉛筆…はあるのかな?無さそうだけど。

メモ用紙に今の状況を簡単に書いていく。

路地裏で目が覚めたこと。

それ以前の記憶が怪しいこと。

ポケットに入っていたのはスマホとボールペンとメモ用紙だということ。

暴漢に襲われスマホは落としてしまったこと。

そして頭のおかしい神のせいでここに召喚させられてしまったということ。

おそらく神のお気に入りである皇帝に後宮に入れられたこと。

スパイ容疑がかかっていること。

元の世界には戻れないこと。

そこまで書いてペンが止まった。事情を整理して初めて自分はもう家には帰れないのだと実感した。家族にも、友達にも、会社の同僚にも、もう会えない。

兄や弟とは仲は悪くなかったと思う。

父や母のことも大好きだった。嬉しいことがあったら一緒に喜んでくれて、悲しいことがあったら話を聞いてくれて、社会人になってからは一人暮らしを始めたが、それでも半年に一回は実家に帰っていた。お正月には家族で年を越した。

喧嘩することもしょっちゅうだったし、酔っ払うと絡んでくる鬱陶しい兄貴も、思春期で扱いが大変だけどかわいい弟も、三兄弟で唯一の女子だったからすごく可愛がってくれた父も、誰よりもわたしをわかってくれていた母も。

みんなみんな大事な家族だった。

中学以来の大親友のゆきちゃんも、高校時代の悪友たちも、大学で一番話があったともっちも、会社で同期の大嶋や仲村も。

もう会えない。

誰もわたしのことを覚えていない。

わたしと笑った思い出も泣いた記憶も、彼らには残らない。

なにも、残らない。

気づけばメモ用紙は涙でびちょびちょになっていた。

わたしに帰る場所はない、もう一人なのだと思ったら、もうダメだった。

わたしはベットの上で膝を抱えて、声を押し殺して泣いた。

もっとたくさん会っておけばよかった。

大好きをたくさん伝えとけばよかった。

ゆきちゃんには最近会えてなかった。そろそろ高校の同窓会だった。ともっちとは来週登山する予定だった。会社でだってようやく仕事が一人でこなせるようになってきた頃だった。兄貴はお酒を飲みすぎていないだろうか。弟は最近彼女ができたらしくて、兄貴と二人でデートの相談に乗ってやろうなんて言ってたのに。母も父も帰るたびに喜んでくれて、夜ご飯は奮発しようなんておいしいご飯を食べさせてくれたり仕事の愚痴を聞いてくれたり、そういう日々を大切にするべきだった。

涙は止まる様子を見せなかった。

夜ご飯は断った。食べる気にはなれなかった。

そのままわたしは一晩中泣いて、気がついたら寝てしまっていた。

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