第十三話
「これが鉛筆だ」
「………」
あれからたったの二日後。
朝からノックの音で無理やり起こされたわたしは今、妙にイキイキとした皇帝から押し付けるように二、三本の鉛筆を渡されていた。
……この皇帝、やはり暇なのでは?なぜこうもわたしに絡んで来るんだ?
眠気も含めて若干気が遠くなったわたしは今日の朝の出来事を思い返した。
ドンドンドンドンドンドンドン。
「……んあ……んー?朝からなんですか」
眠い目を擦る間にも、ノックの音は止まない。そのうちこのノックによって蓄積されたダメージで屋敷全体が崩壊したりして。
「…はいはいはーい」
半分寝ぼけながらヨタヨタと門を開けるとオババが仁王立ちで立っていた。
「…おはよう」
「…はい、おはようございます……ってえ!?」
一気に目が覚めた。い、今挨拶したのは誰だ?幽霊って朝も活動するのか?この世界ではそうなのか!?
今聞こえてきた声が信じられず、キョロキョロと辺りを見渡すわたしに下から不機嫌な声が降ってきた、もとい上がってきた。
「なんだい、失礼な子だね。何をキョロキョロしてるんだ」
…どうやら、お化けのせいではないらしい。
どんな心境の変化か、オババが急に口を聞いてくれたことに驚きを全く隠せないわたしはポカンと間抜けづらを朝から世界に公開した。
「同じ顔のはずなのに美帆様とは比べ物にならないほど頭が空っぽな顔だね、全く」
そこまで言わんでも。
なんだなんだ、朝から嫌味を言うためにわたしは起こされたのか?
混乱して口をパクパクさせるわたしから不意に視線を逸らしたオババは口をモゴモゴさせた。
…早朝から口をパクパクさせる人とモゴモゴさせる人が向かい合っている様子って周りからはどう見えるんだろう。
そんなくだらないことを考え始めた頃、ようやくオババが口を開いた。
「……かったね」
「え?」
「悪かったね、これまで!」
なんて言ったのか聞こえず、聞き返すと照れ隠しなのか急に大声が返ってきた。思わず驚いて後ろに下がる。
「アタシだって、嫌がらせをしてきた相手を庇うほど馬鹿な人間をこれ以上虐めようなんて…」
その後またモゴモゴ言い始めるオババを呆然と見ながら、ようやくわたしはオババが謝りに来たことを理解した。
「…だから、これからはアタシは「オババー!!」うわっ、なんだいいきなり!」
思い切り飛び掛かるように抱きついた。何だこの人、かわいいな!
「なにらオババ謝りに来てくれたの!?「いや、アタシは、…その」ありがとー!」
わざわざ謝りに来てくれるなんて嬉しいな、さっきの家を破壊する勢いのノックは許してやろう。
「…アンタ、ほんとに許してくれるのかい?」
「んー?うん!もういいよー」
「…お人よしだねぇ」
「そうかな?…だって、オババ多分わたしが嫌がらせ受けてること知らなかったでしょ?」
そう言うとオババは驚いたように目を開いた。この反応は当たりかな。
オババはこの屋敷に連れてきたり、わたしのことを若干雑に扱ったりしたけど、わたしがご飯を貰えてなかったり、毒を盛られていたのは知らなかったのだろう。きっと当然に与えられていると思っていたのだろう。だからこの前も道に捨てられていたご飯を見て異様に驚いていたのだ。
「だから、いいよ」
まあ使用人無しのお化け屋敷に押し込めたり、わたしの待遇に気づかないほど放置プレイかましたりとかはしたけど、そこは特別に許してやろう。許せることでわざわざ敵を作る必要も感じないしね。
と多少思惑がありつつも全体的にきちんとオババを許したわたしは、突然目の前で涙を流し始めたオババに大きく動揺した。
「えっ、えっ、なんで、まさか実は主犯だったとか!?」
「違う、アタシはやってない!……でも、ほんとに許してくれるなんてさ…」
俯いたオババはぐっと腕で涙を拭った。そして顔を上げるとニカっと笑い
「本当にありがとう。虫がいいかもしれないけどこれからは味方だ、絶対にね」
そう言い放った。
「それは頼もしいなあ」
思わず緩んだ頬を向けあってニマニマしていると、不意に何かにハッと気付いたような顔をしたオババがわたしを上から下まで見た。
「?なに?」
「……陛下に呼び出されてるんだよアンタそういえば」
倒置法ここに極まるといった感じのセリフを披露したオババはわたしを門の中にぐっと押し込んだ。
「さっさと着替えるよ!アンタのその格好前から酷いと思ってたんだ!」
その言葉も酷いよ。
急な展開に呆然としているわたしを手慣れた手つきで着替えさせたオババはわたしの屋敷の状況を見渡し、改めて謝罪してきた。
うん、みんな酷いって思うかもしれないけど、これでもわたし頑張ったんだよ?住めば都だよ?
「てかオババわざわざ謝りに来てくれたんだと思ってたのに、違ったんだね…」
ちょっと悲しいぜわたしは。やっぱり許すのやめようかな。
「ち、違う!行かなきゃいけないとは思っていたんだけど、なかなか勇気が出なくて……もっと早く言うべきだったよ」
最後落ち込んだようにそう言ったオババを見て言い過ぎたな、と思ったわたしは慌ててそこまで怒ってないよと告げた。正直、何か用があるんだろうなっていうのは思ってたからだ。……ほんとだよ?
いつもより三倍以上綺麗に備え付けの服を着れたわたしはオババの満足気な顔と共に皇帝の下へ向かった。
朝の騒動を思い返し、今日はイベントを一つこなしたからもう帰りたいなあ、と改めて思った。
目の前には何かを期待するようにチラチラこちらを見てくる皇帝。帰りたいな、じゃ駄目だ。帰ります。
「…あー、ありがとうございます」
それでは、とわたしは急いで踵を返そうとしたが、皇帝にがっしり肩を掴まれ、それを阻まれてしまう。
「……」
「……」
無言で抜け出そうとするが皇帝の力が強くて全然振り払えない。
「あーもうなんですか一体!?帰りたいんですけど!」
思わず振り返り叫ぶと、ギョッとした顔をした皇帝は
「な、何をそんなに怒っている?鉛筆があるんだぞ?ここに紙もある」
なんて意味のわからないことをほざく。
「なんですか?言いたいことがあるならはっきり言ってください。鉛筆のお礼なら言いましたよね」
聞こえてなかったのか?
「いや、そうではない。貰ったばかりの鉛筆だぞ?試し書きとか…」
「はあ?すみません、よく聞こえなくて。なんて言いました?」
皇帝にしては歯切れ悪くゴニョゴニョ何かを言っているので耳を近づけて聞き返す。
「……どうせならここで何か描いていかないかと思っただけだ。嫌なら別に良い」
そう言ってプイッと顔を横にそらす皇帝を見て、ようやく合点がいった。
「あ、わたしに今何か描いて欲しかったんですか?」
「ち、違う。そういうわけでは…」
「じゃあどういうわけですか?」
「……」
決まりだ。どうやらわたしの絵に感動した皇帝は実際に描いてる姿も見たくなってしまったらしい。すっかりわたしの絵のファンだな。まあ、そこまでワクワクしてくれているのなら満更でもない。一肌脱いでやりましょう。
「…いいですよ。何描きますか?」
「!本当か!……では、私とかはどうだ?」
「はあ?皇帝ですか?」
「…無理なら別のものでも」
「ああ、いやまあ別にいいですけど。ジロジロ見られても大丈夫ですか?」
「ああ、そのくらいなら構わん」
「じゃあ…」
ということでなぜか突発的にデッサン会が始まってしまった。皇帝デッサンとか色んな方面からのプレッシャーがすごい。クロッキーぐらいで済ませようなんて軽めの気持ちで引き受けたのに…。
失敗できない圧から手が軽く震える。いいよ、とか安請け合いしなきゃよかった。下手な絵提出できないし、かわいくないファンだなぁ!
皇帝の机から少し離れたところに座り、貸してもらった机の上で軽く当たりをつける。本当はイーゼルとか欲しいところだが、確実になさそうなので我慢するしかない。
「……………」
「……………」
静寂のなか、スッスッと皇帝が筆を動かす音とシャッシャッとわたしが鉛筆を動かす音だけが響く。
……うーん、それにしても整った顔だなあ。
皇帝をガン見しながら模写をしていると、改めてその造形美に感嘆のため息がもれる。黄金比って感じだ。デッサン初心者向きといえばそうかも。ただ、この美しさを完全再現は難しいかもしれないが。
久しぶりに本気で絵が描けてなんだかドキドキしてくる。絵というか、鉛筆で線だけ描いただけだけど。あー、でもこの時代ってやっぱあっても鉛筆じゃなくて木炭だった気がするんだけど。異世界だから違うのかな。うーん………。
……………………。
あれからどのくらい経ったのだろうか。
不意に皇帝がこちらに目を向けて声をかけてきた。
「……もう日が暮れてしまうから帰ったほうがいい」
「あ、ちょっと動かないでもらえますか?」
「……」
皇帝が視線を戻し、構図が元通りになったことに満足してまた絵を描き進めた。
「おい」
「なんですか」
間髪入れず返事をする。だから動かないで欲しい。モデルに立候補したくせにモデルの心得も知らないだなんて。不快に感じて僅かに眉根を寄せるとそれを見た皇帝が大きくため息をついた。
「描いてくれるのは嬉しいのだが、これ以上は要らん誤解を招く。お前もそれは困るだろう?」
なんの話だ?
頭にハテナを浮かべているわたしに皇帝は外を見るよう促した。
窓の外を見ると、辺りは真っ暗である。
「って、はあ!?もう夜!?」
集中しすぎて気がついていなかったが、午前中に来たはずなのにもう暗くなっている。何時間描いてたんだわたし。
絵はある程度完成している。久しぶりのデッサンに嬉しくなって、描きこみすぎてしまった。
「ん?誤解って?」
「…いや、なんでもない」
なんだっていう………あ、待ってもしやそういうやつ!?
R指定の話?いや、わたし別に25歳なのでもうRかからないけど……、違う話が逸れた。後宮だもんね、御渡りみたいなのがあるのか。
ちょっと待ってマジ。誤解じゃすまんぞ。
不名誉とかプライドの問題じゃない、嫉妬による暗殺とかいう命の危機だから。
「なるほど全てを理解。帰りますもう帰ります今すぐ帰ります」
机の上をまとめてすぐに立ち上がる。
「それでは…」
「あ、待てその絵は」
わたしは持ち帰ろうとしていた絵を改めて見下ろした。結構よく描けている気もする。
「…あー、わかりました。どうぞ」
さっきまではもっと描き込みたい、もっと描きたいって思ってたんだけどねー。
私の悪い癖だ。一回集中が切れるとそれまで描いていた絵がどうでも良くなってしまうのだ。
「そうか、ありがとう」
嬉しそうに絵を受け取った皇帝にニッコリ笑ってみせて、わたしはようやく屋敷に帰った。
ジャーハオはなんだか眠たそうだった。
何時帰りかなんて野暮だから聞かないで。ジャーハオが健康小2男子なだけだから。




