第十一話
畑を発見し、調味料をゲットしてからのわたしの生活は少しだけ色づいた。毎日のご飯が楽しみでたまらない。
それに、コケレオイマス2世、通称コケちゃんがわたしの話し相手になってくれるため、寂しさも少し減った。小さかったコケちゃんも、この屋敷の大量の雑草のおかげで少し丸くなったように見える。
今日もコケちゃんをデッサンしながら、話を聞いてもらっていた。
「ねえ、コケちゃん?なんか、毎日料理が届くんだけどね、絶対なにかしら入ってんの。細かく破られた壺の破片とか、虫とか、毒とか」
調味料が届いた日は鍋に興奮して気が付かなかったが、どうやら皇帝はその日からちゃんと料理を届けるように言ってくれたらしい。
それ以外にも、服や毛布、敷布団などが届いた。相変わらず門の二十メートル手前に置いてあるのはもうご愛嬌だ。
まったく、皇帝の気遣いには感謝である。それらの届け物全てになんらかの作為がされていること以外には。
料理は食べようと思って家の中に運ぶ途中、少しこぼれ草が溶けたり、何か踏んだと思えば壺の破片だったり、毛布に大量の虫が付いていたり。
流石のわたしも、これが皇帝の仕業でないことはわかる。あれだけ一生懸命に謝ってくれたことは信じたい。
であれば、おそらく後宮の他の妃たちの仕業だろうか。それともオババなどの使用人たちの仕業だろうか。もしかして全員だったりして。
イケメンの最高権力者なんて、色んな意味でモテモテだろう。
なんにせよ、間違いなく昼ドラ待ったなしの展開だ。
皇帝がもっとしっかりしてくれ。
ということで、届いたものは全て屋敷の外、元々置いてあったところに放置させてもらっている。
幸いなことにそれらを口にすることはなく、全て屋敷に入るとなんらかの場面で偶々発覚する。もしかして屋敷の中の何かに守られているのかもしれない。なんつって。
毛布に大量に虫がついていたことくらいだろうか、わたしにとっての大きな害は。
あれはマジで悲鳴をあげた。気持ち悪すぎて描写したくないのでもう終わりにするが、ほんと死ぬかと思った。許せぬ。
「もうさー、どうしろっていうのよねほんと。なにが気に入らないのか知らないけど、嫌がらせばっかだし。なんで異世界にきて昼ドラ展開に巻き込まれてるんだろう」
「…コケー」
コケちゃんが返事をするかのように鳴いた。コケちゃんはいつも話がわかっているかのように見える。そんなわけはないのだが、返事が返っってくるのが嬉しくて嬉しくて、いつも話しすぎてしまう。鶏と気がついたら日が暮れるまで話し込んでいたってどういうことだ。というわけで、コケちゃんはもう立派なわたしの相棒である。なにかの弾みで話し始めそうだ。
そんな感じでコケちゃんに愚痴っていると、門から、ドンドンドンドン、とノックの音がした。
「ノックオババ参上だあ」
と、止まないノックの音をコケちゃんにも聞かせてあげようと思ったのだが、なぜかその日はそれきりノックの音が止まってしまった。
なんだろう、と首を傾げながら門に向かうと、門の向こうからイヤーな気配が漂ってくる。もう少しはっきりいうと、オババ以外の声がする。しかもすごく聞き覚えのある声だ。
わたしは今日ほど幽霊の存在を望んだことはないほどに祈った。どうかこれがお化けの声で、門を開けたら誰もいなかった、なんて展開でありますように。
「…ぜ、このようなとこ……住まわせ…のだ」
だめだ、はっきり聞こえる。なんならちょっと怒ってないか?
観念して門を開けると、ノックオババ、ジャーハオ、そしてなぜか皇帝が立っていた。
なんなんだ、ほんとに、もう、なんなんだ。
激しい頭痛を感じて頭を抑えると、うっすら門が開いたことにいち早く気がついたジャーハオと目が合う。やめてやめて、と首を振るも遅く、ノックオババに何か怒っていた皇帝がこちらに気がついてしまう。
「ゴトーミホ。何故このような場所に住んでいるのだ。そこに捨ててある料理はなんだ」
怒ったままの勢いでこっち向かないで。
「…何故、と聞かれましても…。案内された場所に住んでるだけです」
「どういうことだ」
怒る皇帝に可哀想なほど萎縮してしまっているオババ。
皇帝も怒りを収めようとしているが、所々烈火が漏れてしまっている。なるほど、冷徹暴君に見えてたけど、素は素直な性格なのかな、この前のを鑑みても。
なんて冷静に分析しても、状況は変わらない。ジャーハオも我関せずと一歩下がってしまっている。おい。
「あ、その、これは…」
なにか言おうとしているが、何も言えていないオババ。確かに、嫌がらせでこんなところに押し込めました、なんて言えないよね。
ここで、オババを見捨てて被害者側に立ってもいい。というか完全被害者だけど。
うーん、でも。
「…あの、別にここでも困ってないので、そんなにオババを怒らないでください」
わたしは一歩前に出てオババを庇った。
オババだけなのだ。結局身を張ってわたしを脅かしてくるのは。違う、間違えた、そういうことが言いたいんじゃなくて。
上手く言えないが、オババだけは門まで来てわたしを呼んでくれた。放置したし、ご飯だってくれなかったけど。他の人みたく、誰かを通じて、とか、いないものとして扱う、とかしなかった。結局この世界に来て皇帝やジャーハオの次に顔を合わせることが多い人だ。
嫌味を言ってくることもなかったし、殴ったり蹴ったりしてきたこともない。
まあ、正直にいって愛着が湧いてきてしまったのだ、あだ名もつけちゃったし。
「オ、オババ…?あたしが?」
オババが後ろで何か言っているが、無視である。
「…どういうことだ」
皇帝が今度は不機嫌そうにこちらを睨んできた。被害者を睨むな、萎縮するから。
「ですから、わたしは今、死にそうなほど困ってるわけじゃないんです。あのご飯とか服とかだって、毒とか虫とかゴミとか入ってたけど、食べてないし、直接的な害はもらってません。だから…」
「待て待て、毒や虫やゴミだと?」
「あ、はい。壺の破片とかも入ってましたけど。殺意がどんどん強まってきたので最近はもう触ってません。あそこに大量にあるのは全部そのまま放置してるからです」
まさに樹海、といった感じになってきた。なんか、よくない生物とかが誕生しそうだ。
「…おい」
皇帝がわたしの後ろのオババをギロリと睨みつける。
「ひっ」
「あ、ちょっとやめてください。睨まないで」
皇帝から見えないように腕を広げてオババを隠す。
「なんなのだ。お前は被害者だろう?何故ソイツを庇う」
だから、なんでって言われても困るんだって。お人よしすぎんか、とかは自分でも思ってるんだから。
「別にいいじゃないですか。それより、何しに来たんですか?」
強引に話題を変えると、納得がいかないといった顔をした皇帝は
「様子を見に来たのだ。無礼な対応をしていたようだから、改善されたかどうか直接確かめようと思ってな。…まさか、悪化しているどころかここまでとは思わなかったが」
そう言って懲りずにオババを睨もうとするが、完全にわたしの後ろに隠れてしまっているため、苛立たしそうにため息をついた。
「…改めて本当にすまない。捕虜ですらもう少し身の安全は保障されるというのに。…住む場所はすぐに変えよう」
まさか、捕虜以下とは驚きを禁じ得ない…じゃなくて。
「え、ちょっとやめてください。わたしはここがいいんです」
わたしがそう告げると、驚いたように皇帝は目を見開いた。
「何故だ、ここより良い場所など山ほどある。それに罪人でもないのにこんな非人道的な扱いは許されん」
そうか、わたしの今の状況は罪人と同じなのか。捕虜だとか、罪人だとかいい加減にしろと言いたい。
「でも、住居を移したからといって、今の状況から100%変わると言えますか?わたしの畑が無くなったら普通に餓死しますけど」
この庭にある不思議桃のおかげでわたしは生き残ったのだ。離れるとか無理、もっと苦しむハメになるもん。
「そんなことはさせん。絶対に身の安全を保障しよう」
そう言ってくれるのは嬉しいが本当に嫌だ。そりゃ、皇帝が言えば嫌がらせは表面上はおさまるかもしれないけど、犯人たちの妬みや嫉みなどの嫉妬の感情はもっと燃え上がるだろう。後宮での女のアレコレなんてドラマで散々観てきたんだよこっちは。
わたしと皇帝の間には何も無いのに、なんだってこんな目に。
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど、本当に大丈夫です。特に困っていることはないですし」
そして、どちらかと言うと早く退散してほしい。この辺は怖がられているからあまり人は来ないが、誰かに見られたらどうする。一瞬で広まって今度は直接誰かに危害を加えられるかもしれないんだぞ。
「…そうは言うが」
「ほんとに大丈夫です。どうしても気になるなら、中もご覧になりますか?」
だから早く帰ってくれ。
「そうか、では入れてもらおう」
しょうがない、突然始まった皇帝の家庭訪問だが、アポを取らなきゃいけない人間なんていないし、パッと見せてお帰り願おう。
門を開いた途端入っていく皇帝を横目に小さくため息をついた。




