第一話
目が覚めたら、ここはどこ?わたしは誰?状態だった。嘘だ。わたしは誰?とは思っていない。
わたしが、千葉県生まれ三兄弟の真ん中で勤め先は中堅会社の総務課でチャームポイントは泣きぼくろ彼氏は現在募集中な後藤美帆25歳であることははっきり覚えているからだ。
じゃあなぜそんなことを言ったかと言われても困る。様式美ってあるよねとしか返せない。
…何の話をしていたんだか。そう、わたしがいる場所はどこかという話だった。どこなんですか、ここ。問いかけようにも辺りには誰もおらず、薄暗い闇が広がるのみだ。暗闇に慣れてきた目で見渡すと、ここはどうやら路地裏っぽいが、しかし何となく違和感がある。電灯のない路地裏って今どき都心にあるのか?そもそもなぜわたしは路地裏にいるんだ?
酔っ払って寝ぼけてたのか、いや、わたしザルだしな。第一、酒は飲んでなかった気がする。というか、思い出そうとしても、意識がなくなる前のことをあまり思い出せない。
わたしはなにしてたんだ?会社にいた?それとも休日だったんだっけ?
しばらく必死に考えたが、記憶は薄ぼんやりしていてまったくわからない。
服装はラフで、パーカーにスウェットだから、休日だったのかな。自分の行動を服装から推理するっておかしな話だなぁ、なんて現実逃避気味の感想しか出てこない。
「あっ、スマホ」
ポケットに手を入れると硬い感触があって、人類の集大成とも言える偉大な発明品が出てきた。
なあんだ、そんなに焦ることもなかったじゃない、なんて鼻歌交じりにスマホを起動したわたしは十分後、圏外と表示されたスマホを片手に絶望していた。
連絡は取れないし、マップも使えない。投げ捨ててやろうか、と思ったが、安い買い物ではなかったことを思い出し、ぐっと堪えた。次はないぞ、とスマホに脅しをかけたあと、あまり力が入らない脚でふらふら立ち上がった。スマホのライトで辺りを照らしてみるとやっぱり路地裏のようだった。少し先に行くと、通りに出れそうだ。
歩きながら、なぜスマホが使えないのか考える。山ではないし、建物だってあるのになぜかスマホは圏外のままだ。
もう少しで出られると思ったとき、不意に横からぐっと腕が引っ張られた。
「え、な」
なに、と言い終わる前に口を塞がれ、地面に倒された。
「おいおい、お嬢ちゃん、一人歩きは危険だぜぇ」
そのときようやくわたしは周りにたくさんの人がいることに気がついた。
スマホは引っ張られたときに落としてしまったため、よく見えないが、男性がわたしを囲んでいるのは間違いない。
「あ、あの、すみません。ここって…どこなんですか」
後から思い返すと、逃げもせずそんな質問をした自分が信じられないが、そのときは誰もいないと思っていたのに人がいてすごく安心したのだ。
しかし、その安心もすぐ覆される。
「どこって…何も知らずに入ってきたのか?」
「やっぱ貴族のお嬢様か。服装が変だが、変装でもしようとしたのか?」
「ここは城下町じゃあねえのさ。オトウサマに行っちゃいけないって教わらなかったのかよ」
男達は、ニヤニヤと言葉に馬鹿にするような響きを乗せて口々に話すがなにを言っているのかよくわからない。
きぞくって、貴族ってこと?なにを言ってるの?城下町?
「え、ここは東京じゃないんですか?」
混乱したまま聞くと、
「トウキョウ?なんだそれ」
怪訝そうな声が返ってきた。どうやら、冗談を言っている感じではない。段々と怖くなってくる。どういうことだろう、これは夢だろうか。
「そんなことより、身代金を払ってくれるお嬢ちゃんのオトウサマの名前はなんだ?」
「み、身代金?なにを言って…」
なにを言っているのか理解できない。すると、男の一人がぐっと顔を近づけてきた。
「おいおい理解が遅いな、頭が足りねえのか?お前の父親の名前だよ。それとも人質にされた娘に金を払ってくれない薄情な父親なのか?」
近くで見た男の顔は、たくさんのニキビと傷があって思わず悲鳴をあげそうになった。
「なんだよ、ビビるなよ傷ついたなあ」
顔を近づけてきた男がそう言って、周りの男達が一斉に笑った。
そのとき、わたしはようやく逃げなきゃいけないことに思い至った。混乱と恐怖を何とかねじ伏せて、目線だけで周りを伺う。どうやら、4、5人に囲まれているようだ。なんとか抜け出したとしても私の足だとすぐに追いつかれてしまうだろう。助けを呼ぼうにも通りに人がいるのかもわからない。周りから音はしないし、助けを呼ぶと逆に男達を怒らせるかもしれない。
考えれば考えるほど今の状況が絶望的であることしかわからない。なぜ呑気に話していたんださっきのわたし。
「…なんだよ、言わねえ気か?」
必死に頭を回転させているわたしにそんな声が降ってくる。
「もういいか、言わねえんだったらしょうがない」
言葉としては諦めたように聞こえるが、すごく嫌な予感がした。
「家のためにすごいなあ。じゃあお前が犠牲になってくれんだよな」
そう言ってニキビ面の男が覆い被さってきた。逃げようとするが、押さえつけられる。周りの男達にも手足を押さえられ身動きが取れない。笑い声だけが暗い路地に充満する。
「や、やめて離して!」
こういう場面になると人は典型的な発言しかしないなあ、なんて思っていたが、実際に自分がその場面に陥ってみると、本当にそれしか出てこないことがわかった。
現実逃避をしている間にも男達に服を脱がされ始める。
いよいよやばいと手足をジタバタさせてもびくともしない。生理的な涙が滲んできた。
「嫌だってばっ!」
目をぎゅっとつぶってそう言った瞬間、瞼の裏が明るくなった。
「あ、いたいた。そんなところに召喚しちゃってたのか」
場にそぐわない脳天気な声が聞こえたと思ったら押さえつけられていた手足の負荷がなくなった。
恐る恐る目を開けると、そこは路地裏ではなくなっていた。二度目のここはどこ?わたしは誰?案件である。




