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誇り高い悪役令嬢は冷たいのではなく、不器用なだけです 〜それを理解するのはライバル令嬢だけ〜  作者: 花田一郎
第1章:誤解と観察

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第1話「青い封蝋」

 鏡台の前に座り、髪が整うのを待つ。お母様から譲り受けたラベンダーシルバーの髪は緩く波打っていて、侍女はその造形を乱さないよう、絹糸を織り込むような手つきでブラシを入れていた。

(本来であれば、王家級である“金”の招待状であってしかるべきなのに…“青色”、ですか)

 鏡台に置かれた招待状の封蝋の色を見て、小さくため息をついた。それは私…いいや、我が一族の誇りを揺るがすには十分な、冷たい輝きを放っているように見えた。

 青色、すなわち…『端席へどうぞ』、そうした嫌みったらしい言葉が脳内で繰り返し反響する。

(“悪役”とはいえ…堪えるものですわね。まあ、誰が正義なのかを示すまでの辛抱といたしましょう)

 今も侍女は丁寧に髪を梳いていて、その感触だけに身

を委ねれば心は平穏を保てる。それでもヴァルドシュタイン家の令嬢として現実からは逃げず、そして揺らぎもしない。

 私を『悪役令嬢』などと嘲笑する連中に、誰が正義なのかを教えるために。

「終わりました、ルミアお嬢様。本日もこの美しい髪の手入れをさせていただき、光栄です」

「ありがとう、レイナ…少し時間をかけ過ぎですが」

「本日はお茶会、お嬢様の美しさを世に示す絶好の機会でしたので」

 鏡に映るもう一つの顔…私専属のメイドであるレイナ・エルスティアの行動を咎める。切れ長の目に反して、瞳は大きく真っ直ぐで、どこか妹のような幼さも残している。

「今日はそれほどでもなくていいと伝えましたわよね?」

「申し訳ありません。ですが、お嬢様はいつも美しく、清らかで、そして何よりも正しい…ですから、どうかご安心いただければと」

「…はぁ…あなたも仕事があるのですから、次からは時短で頼みますわよ」

「お任せください。お嬢様のメイドとして、すべての仕事を完璧にこなしてみせます」

 表情自体はいつも彫刻のように冷静なのに、行動は無駄に前のめりだ…本当に、優秀な子なのですが。『あの女』といい、この子といい、私の身の回りには思い通りにならないことも多い。

 それもまた悪役という立場がそうさせるのかと諦め、席を立った。レイナはすぐさま「では、次は着替えを」と嬉しそうな声音で準備を始めていた。


 *


 お茶会の開かれる温室棟の入り口にて、私は席次表を確認する。それはまるで“処刑台”の配置を確認するような残酷さを伴っていて、くすくすと笑う者、処刑宣告を受けたかのように絶望する者、この茶会の意味を知らないかのように能天気な者…それぞれが存在していた。

(この配置ですと…やれやれ、とことんまで観客の目をわたくしに集めたいようで)

 視線を運び、自分の席について把握する。実に見えやすい位置にあって、周囲の視線が集まるのは明白だった。そして観客が多いということは、一言一動が“証言”へと変換され…断罪の理由になるのでしょう。

 すでにこの小戦場ではそれぞれの思惑が、そして獲物を陥れるチャンスを探す目が蠢いていて、実家で飲んだお茶のように甘くはなさそうだった。

 ここにいる女性は全員が昼の礼装と呼べそうなドレスを身にまとっており、アクセサリーはブローチなどのシンプルなものが目立つ。かくいう私も、家紋が刻印されたブローチを身に付けていた。

 そしてすれ違いざま、その家紋を見た令嬢の集団がこれ見よがしに小声で話し合う。


「ねえ、あれは…」

「ええ…オレオン殿下、どうなさるおつもりかしら」


 オレオン。

 その名前は、私の正義によって固められた心に小さな刺し傷を作りそうになる。それは本当に、針の穴のような小さいもの。

 でも、そのわずかな隙間が…私の弱みとなりかねない。正義に弱さは認められない、だからこそそのわずかな穴を今すぐ埋めないと


「…ルミア様! 本日もご一緒できて嬉しいです!」


 …埋めようと思ったら、そんな春のお花畑のような生ぬるい声が聞こえてきて。

 あえてそちらに振り向かないようにしていたら、“それ”はわざわざ私の前まで回り込み、軽くスカートを持ち上げるようにしてお辞儀してきた。

「…ごきげんよう、ラフィエラ」

「うふふ、“ラフィー”とお呼びください。私もルミア様とお呼びしてますし」

「そうですわね、本人の了承も得ず勝手に、ですが」

「ルミア様は許せないことは『許せない』とはっきり言ってくださいますので。その優しさに甘えさせていただいております」

 ラフィエラ──ラフィーと呼ぶものですか──は歩き出した私の横にぴったりとくっつき、どれだけ足を速めてもそれに追従する。その様子は猫よりも忠実な犬、それも無駄に賢い大型犬めいていた。

 …実際に賢いせいで、私はこの女を“ライバル”と認めざるを得なかった。忌々しい…!


「ラフィエラ様、またあの人に…あんなに優しい方がどうして…?」

「優しいからではなくて? どんな方にも分け隔てなく接する、あれこそ淑女の鏡ですものね…それに、“悪役”相手に立ち回るほうがラフィーさんの心身の美しさを際立てますから」


 …やはり、忌々しいですわ!

 ライバルと並び立つことで周囲の耳障りな会話までをも盛り上げてしまい、私はそれを振り切るようにさらに早足でお茶会へ向かった。

 もちろんラフィエラは完璧なペースで追随してきて、事前に決められていたこととはいえ、すぐ近くの席へと当たり前のように腰を下ろしていた。


 *


「あなた、カップを両手で持つことは控えなさい。この場では利き手で持ち、もう片方の手は膝の上に置くのが定法。両手で抱え込むのは少し子供っぽすぎます」

「は、はい…申し訳ございません」

 席につき、お茶が供されたところで歓談が始まる。けれどもこの席は本来私のような公爵令嬢ではなく、もっと下の序列…今のような不手際を見せる子爵令嬢が多いため、今のような不作法も目立っていた。

 もちろん私は都度指摘し、少しでも周囲の格式を高めるべく立ち回る。もちろん歓談である以上、微笑みは絶やしていないつもりだった。

 けれども相手は一瞬で顔を青ざめ、慌てた様子でカップを下ろす。その拍子にソーサーが音を立てて、周囲の鋭い視線を集めたことに気付いた。同時に、「またいじめかしら?」なんてあきれたような言葉まで聞こえる。

 …いけない。このままでは私も、なによりこの子もつけ入る隙を与えてしまう。

 だから私は顔に力を入れ直して笑顔を取り戻し、今度こそ柔らかに、それでも鋭く指摘しなくては。

「ああ、今のルミア様のお言葉はですね…あなたに一人前の淑女になってもらいたくて、不要な注目を集めないためのアドバイスをしてくださったんですよ」

「そ、そうなんですか…?」

「うふふ、もちろん。私もたくさんご指導ご鞭撻を賜りましたもの、だからこそ尊敬しているのです…ね、ルミア様?」

 …わたくしの言葉が…また“翻訳”された…。

 完璧な作法を崩すことなく、にっこりと笑いながら横やりを入れてくるラフィエラ。すると私と子爵令嬢のあいだにあった空気は今飲んでいるお茶のようなぬくもりを取り戻して、同時に周囲の視線も散っていく。

「…大丈夫ですよ、ルミア様。私が控えてますので」

「っ…感謝はしません。そして、この“不作法”についてはどう釈明するおつもりで?」

「あらあら、私、なにかしてしまいましたか? なにも“見えていない”ものでして」

「…くぅ…そ、そうですわね…」

 子爵令嬢が安心してお茶とお菓子を楽しみ始めた直後、ラフィエラは…私のほうに身を寄せて、揚げ句の果てにテーブルの下へ隠すように移動した手で、こちらの袖を引いてくる。

 それを振り払って扇子で顔を隠しつつ、ラフィエラにごくごく小さな声で抗議する。けれどもこの女はしたたかにとぼけて見せて、子爵令嬢も「?」と何が起こったのかわからないように首をかしげていたから、扇子を下ろしつつ笑顔を無理に作り上げた。

 …お父様…ライバルの令嬢に翻弄されるルミアは、なんと情けないのでしょうか…この不甲斐なさをお許しください…。


「…! 王太子様…!」


 静かにお茶を飲み、少しでも落ち着くように自分へと言い聞かせる。

 そしてそれを助けたのは、皮肉にも私の心に穴を開けんとする、ラフィエラ以上に手に余る存在だった。

 オレオン・レオニダス・ルミナリア。ダークアッシュの髪をオールバックにまとめ、細く知的な目元は微笑みを浮かべている。

 その人はルミナリア王国の第一王子殿下にして、私の。


「……」


 私の“婚約者”は。

 お茶会の中心へとゆっくり歩みながら、私のほうを一瞥し、すぐに逸らした。

 ソーサーに置いた指先に、じわりと力が入る。紅茶の香りが、さっきより遠く感じられた。


「皆、遅れてすまない。本日はそう形式張ったものにはせず、どうか楽しんで欲しい。私もくつろがせてもらうよ」


 オレオンは私から遠く離れた席にてそう宣言し、腰を下ろした。もちろん、私に対する言及は一切ない。

 その囁きに、場のぬるさが一瞬で剥がれ落ちる。


「…婚約者なのに…」


「…ルミア様」

「…なんですか。言いたいことがあるなら何なりと」

 それこそ、どんなゲスな質問でもどうぞ。それをしたとしても、あなたの格を下げるだけなのですから。

 あえて扇子で顔を隠さず、堂々と、ただお茶会の役割を遂行するようにお茶を飲む。たとえラフィエラが、私の心のわずかな隙間を広げようとしても無駄だと伝えるように。

 でも、すべては言えなかった。だって、この子は…そんなことをしないのだから。それは信頼ではなく、ただの事実だった。

「このあと、図書室で。少し話をさせてください」

「わたくしは忙しいのですが」

「“模擬裁定”のこともありますし、勉強をさせてもらいたいのです」

「っ…そういうことなら」

 ラフィエラの誘いはあの封蝋の色とは異なり、温かく、そしてその瞳の色のように柔和だった。

 もちろん私は条件反射で断ろうとしたけれど、そのとき、ただの印象ではなく実感を伴ったぬくもりが左手に生じた。

(…紋章が…どうして…)

 手袋越しの左手、その甲に触れる。それはわずかに痺れを伴いつつもたしかに温度を放っていて、おそらくは光も発しているのだと思う。

 けれど、それについては深く考えなかった。だって…ラフィエラの言葉に反応したのだとしたら。

 だから私はひとまずこの後の予定だけ決めて、それ以上はラフィエラと余計なことを話さず、ただ目の前の戦いに向き合った。

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