聖女として召喚されたけど逃げました。でも、いつの間にか世界を救ってたみたいです
「う、うまい!なんだこれは……!食べたことがない味だ……!」
お椀を持った冒険者の男性、ドンさんが半分泣きながら豚汁にがっついている。
無理もない。ここはダンジョンの中だ。迷い、食料も尽きたところ、うちの店に巡り会ったのだという。運のいい人だ。
……あ、でも、荷物持ちで雇われてダンジョンに潜ったのに、パーティーが全滅してこのざまだから、あんまり運は良くないかもしれない。
「トンジル、もう一杯お願いします!」
「はーい、どうぞー」
「ありがとうございます!……ところで、こんなに美味しいなら、どこかで店を構えることも出来るんじゃないですか?どうして行商なんかをしているんで?」
「いやあ……、こっちの方が性に合っているので……」
うちの店はいわゆるキッチンカー。
移動できるお店ではあるのだが、私がこうして毎日場所を変えて店をやっているのはけっして移動販売がしたいからではない。
私は絶賛逃亡中なのである。
私の名前は山川鮎子。会社の事務員として働いていた日本人だ。それがどうしてこんな剣と魔法のファンタジー世界にいるのか。
事が起こったのは仕事のお昼休み。
その日は朝寝坊してしまって遅刻は免れたものの、朝ごはんを食べる暇なんてなかったからもうお腹がペコペコだった。
仕事をきりがいいところまで片付けてパソコンの画面を落として、けれど瞬間目が開けていられないくらい強い光が視界に広がった。
そして、次に目を開けた時には周りが見慣れた仕事場からだだっ広い草原に変わっていたのである。見渡す限り建物が見えないような大草原で、そこで私は複数人の白いローブを着た人間に囲まれていた。
「来た!聖女だ!」
「せ、聖女……?」
なんだそれは。ファンタジー小説でしか聞かない単語だ。
目を丸くしていると、突然空から何かが飛んできた。
恐竜みたいな、羽根の生えたトカゲみたいなやつ。でも、それにしたって爪と歯が恐ろしいくらい鋭くて、『今からお前を殺します』な見た目をしている。
そしてその感想は間違っていないらしく、羽根トカゲは私たち目掛けて突っ込んでくる。
私が悲鳴を上げると、ローブの集団の一人が背丈ほどある杖を振った。すると、運動会の大玉転がしの大玉くらいの火の玉が現れて、それをぶつけられた羽根トカゲはウェルダンな焼き加減になって地面に落ちていった。
「まだ弱い個体で助かったな……」
火の玉を羽根トカゲにぶち当てた人間がつぶやく。
やばい、人間の方も怖い。
それでもってやっぱりモンスターの方も怖い。もう進化の最終形態みたいな見た目してたのに、あれで弱いって。もっと強いやつがいるってことじゃん。
怯える私にサンタみたいな白いヒゲをたっぷりとたくわえたお爺さんが話しかけてきた。
「聖女よ、召喚に応じてよくぞ参った」
「せ、聖女って私のことですか……?」
「そうだ。おぬしにはあのモンスターを率いる魔王を倒すために力を貸してもらいたい」
「無理ですっ!!」
あんな化け物と戦える力は私にないし、そもそもこの人たちも私にとったら同じくらい怖い。
ここから逃げ出したいその願いと、お腹が空いたという気持ちが重なった結果、私はこれまた突然現れたキッチンカーの運転席にいて、爆速でそこから逃げ出していた。
このキッチンカーというもの、私の『スキル』らしい。
この世界ではそれぞれ特別な力を持っているのだが、私の場合のスキルはキッチンカー。
ただ、普通のキッチンカーとはかなり違う。
まず中に入るとめちゃくちゃ広くて、店舗兼キッチンスペースの他に、バス・トイレ、寝室にリビング、それから客間まである。外から見ると普通のキッチンカーなのに、あきらかに容量がおかしい。
そして、走りの方もおかしい。この車、タイヤが転がる場所さえあれば、壁でも天井でも、海底だってぐんぐん走る。もちろん、車内がひっくり返ったり水没することはない。
「そういえば、店主さんはどうしてこんなところに?俺は助かりましたけど、村や町で店をやったほうが客は来ますでしょうに」
「ほしい食材があったんです。それで」
「こんなところまで?大した職人根性ですねえ……」
ドンさんが感心したように言うが、感心されるようなことはない。運転は自動運転だし、モンスターが跋扈するダンジョン内も問題なくすいすい走ってくれた。
車にはカーナビがついており、目的地検索の要領でほしい食材を打ち込むと、その食材がとれる場所を示してくれる。私は乗ってるだけだ。
おかげで、こんな異世界でも和食にありつけている。
ちなみにだが、和食の材料たちはなぜだか僻地やダンジョンの最奥にしかない。味噌も醤油もあったのに、和食も和食らしいものも一切流通していない理由の一端が見えた気がする。
「さて、私はもう他でお店の予定があるので出ようと思うんですが、ドンさんもご一緒されます?」
「ぜひ!……と、言いたいところなんですが、今は危ない。ちょうどジャイアントユカリグマの産卵時期に入っちまったようで、下手に動かないほうがいいです。後三日はじっとしていたほうがいいでしょう」
お仲間、というか雇い主のパーティーはそんなドンさんの助言を無視した結果、全滅となったらしい。さもありなん。
「でも、私もさっき入ってきましたよ」
「そりゃあ運が良かったんですよ」
「そうかなあ……」
ドンさんはそう言うけど、そうじゃない気がする。
首を傾げていると、「や、やばい!」ドンさんが顔色を変えた。
見ると、いたのは熊。ただ、紫色で、体長がドンさんの五倍はありそうで、目が血走ってて、よだれを垂らしてる。『今からお前らを食います』の構え。
でも。
その鋭い爪が私たちに届く前に、車のライトから発射されたビームが熊に突き刺さる。その巨体は一度静止した後、土煙を上げながら地面に倒れた。即死だ。
「こ、こりゃあいったい……」
「私のスキルです。どうぞ、乗ってください。外までお送りしますよ」
私のキッチンカーは広々快適空間に、食材真っしぐらのナビ機能と走行機能、そして邪魔するものを即抹殺の攻撃機能がついていて、もはやキッチンカーならぬキッチン戦車。
今やあの初遭遇現地人もドン引き間違いなしの殺意モリモリ仕様になっている。
「あれ、アユコさん!?どうしてここに?」
ドンさんと一緒にダンジョンを脱出したら、金髪の青年が驚いた顔で入り口の前に立っていた。顔見知りである。
「食材を取りに来ていたんですよ。シンさんこそどうしてこちらに?」
「ドンという男を探しに来たんです。立ち寄った街でその妻が酷く心配していて、放っておくと彼女自ら行きそうだから俺が代わりに探しに来ることになったんですよ」
「ドンさんならこちらですよ。……それにしてもシンさんたら、本当にお人好しなんですから。ちゃんと休んでますか?自分のこともちゃんと大事になさってくださいね」
「あ、アユコさん……!なんて素敵な人なんだ!結婚してください!!」
「疲れてますねー。豚汁出しておきます」
「本気なのに……」
残っていた豚汁をよそって差し出すと、シンさんは不満げな顔をしながらもちゃんと受け取った。
シンさんはモンスターを倒しながらこの世界を旅している男性だ。
身体能力が優れているのか身を守るものは剣一本で、防具などは一切着けていない。荷物持ちのドンさんでさえ最低限の防具を身に着けているというのに、バリバリの前衛かつアタッカーのシンさんはそこらの村人と変わらない格好をしている。
こうなると、もはや無茶が服を着て歩いているようなものだ。
犬も歩けばモンスターに当たるこの世界。服まで着たなら防具も着ていてくれと会う度、切に願っている。
中身の方は後輩にいたら可愛がっていただろうワンコ系好青年で、明るくて優しいから周りの人間に頼られがち。
ただ、頼られると断れないと言うか、もはや自分から手を挙げてしまうのは良くないと思う。話を聞いて、私みたいに逃げてしまったほうが良いのでは?思うこともしばしばだ。ほら、防御力紙だし。
「じゃあ、私はお店の予定があるので行きますね。ドンさんのこと、よろしくお願いします」
今日、出店予告をしている場所までは距離がある。私は慌ただしくその場を後にした。
「アユコさん、今日も優しくて素敵だったなあ……」
走り去るキッチンカーの後ろ姿を見つめながらシンはつぶやく。
アユコは不思議な女性だった。
勇者の自分はいつも誰かのために働くのが当たり前になっていて、『勇者様なら大丈夫』『勇者様だからなんとかしてくれる』って言われてばかりいた。
ここ数年は魔国からけしかけられる高レベルのモンスターのせいでなおさら。
何十年もほとんど関わりのなかったはずの魔国……、隣国がここ最近急に牙を剥くようになって、神託で勇者の称号を与えられたシンは人々を助けるべく奔走するのが当然だった。
けれど、アユコは違った。
いつだって『無理しないで』と優しい言葉をかけてくれる。
自分は勇者だ。人より優れたこの力で、皆を守らないといけない。ずっとそう思っていたけどアユコはそうじゃないと言う。自分を大切にしろとそう言った。
シンは勇者だ。今までも、そしてこれからも。
けれど、アユコの前ではただのシンでいられる気がしたのだ。
「遅かったではないか」
「すみませんマオさん。ちょっとトラブルが有りまして」
私を迎えたのはマオさんだ。マオさんは浅黒い肌と長い黒髪のクールビューティで、背がすごく高い。目算だけど、二メートル近い気がする。それでもって、たぶん偉い人。いつもお付きの人が二人以上くっついてるし、やたらといい生地で作られた洗練された学ランの進化系みたいな服を着てる。たぶん、オーダーメイドだろうな。
この世界は大陸のちょうど半分くらいのところを大きな山脈が縦断しており、ここは先ほどのシンさんやドンさんのいた場所とは山脈を挟んだ反対側にある国だ。
開店予定より三十分ほど遅れてしまって到着すると、待ちわびていたらしいマオさんがむすりとした顔でいつもの場所に立っていた。
シンさんと別れるまでは予定通りだったのだけど、いつもは迂回していた山道をなんとなく通ったら魔物が溢れかえっていて。それを片付けていたら時間を食ってしまった。
聖女という役目から全力で逃げた身ではあるけれど、さすがにそのまま見過ごすには後味が悪そうだったのだ。
「……トラブルだと?そういう時は我を呼べと言っただろうに。召喚魔法のやり方を忘れたか?」
「いえ、覚えてます!少し時間がかかっちゃったけど、全然問題なかったんです。ご心配ありがとうございます」
「心配などしておらぬ。それより、魔王ではなくキールと呼べと言ったであろう」
「つい……。あ、そうそう!今日はお汁粉を持ってきたんですよ〜!あんこ、お好きでしたよね」
「き、嫌いではない……」
「よかった!すぐにお出ししますね!」
マオ……、じゃなくてキールさんはあんこが大好きだ。自分の国の食べ物を気に入ってもらえるのは嬉しいから、ついつい他の人よりもサービスしてしまう。
本人は『私はこんな甘いものなど……』って言っていたけど、パクパク食べていた時点でお察し。微笑ましいツンデレムーブということで、今は温かく見守っている。
「本当におかしな女だ……」
集まってきた国民たちにオシルコを売り捌くアユコの姿を見ながら、キールはつぶやく。
魔国の王たるキール。その姿と力は自国民ですら震えるほどに恐ろしいのに、彼女はそんな事まったく気にした様子もなく気安い態度をとる。
王たる自分に対して不敬なのかもしれない。けれど、キールにとってそれは酷く心休まるものだった。
魔国とは魔族たちの国だ。
魔族は魔法の力に長けており、はるか昔にはその肌の色と力から人間たちに化け物のような扱いを受けたせいでこうやって魔族のみの国を作ったと言われている。地形のおかげもあり、長く不干渉状態だったと聞く。
しかしここ数年、人間の国からモンスターが送り込まれるようになった。日に日にモンスターは数を増しており、被害も馬鹿にならない。こんな時こそ自分が国をまとめ上げ、一丸となって対処しないといけないと思っていた。
自分は急逝した父の跡を継いだせいもあって、王としてまだ年若い。家臣たちに舐められぬよう、隙を見せないようにと甘い物を好むことも隠していた。
しかし、菓子を食べることを拒むキールをアユコは『そこまで気にしなくても』と笑い飛ばした。
「たまに気にする人もいますけど、甘いものが好きなくらいのことは欠点になんかなりませんよ」
「しかし……」
「……わかりました。上司が甘い物を食べないとなると、部下の人も食べづらいです。マオさんが甘い物を食べないのは営業妨害ですよ!」
「営業妨害……」
「はい。めちゃくちゃ訴えます。なので私が来た時は必ず甘い物を出しますから、マオさんも食べに来てくださいね」
そんなことを言われてしまったら、食べに行かないわけにはいかないだろう。
それ以来、キールはアユコの店が来るたびに必ず出向いている。アユコの料理を食べるため、……いや。アユコに会うために。
「あれっ!?お二人一緒にいたんですか?」
召喚魔法でキールさんを呼んだら、シンさんまでついてきた。
なにやら二人は剣を交えているところだったらしく、抜き身の剣を構えた状態で私の目の前に現れた。やだ、物騒。
「喧嘩なんてやめてくださいよ!危ないじゃないですか!!」
「いや、喧嘩してたんじゃなくて、俺はこいつを倒そうと……」
「それよりアユコ。私に用があったのではないか?」
「おい!遮るな!」
「そうなんです。ちょっと困ったことがありまして」
「アユコさんまで!!」
シンさんが騒いでいるけれど、今ちょっとそれどころではない。
私が彼らを呼び出したのは、この前モンスターが溢れかえっていた山道付近にあったダンジョンの入り口。険しい山中にあるせいか、気づかれないままずっとあったらしい。
私が今回そこに向かったのは、日本酒を探すため。仲良くなったドワーフのおっちゃんたちに振る舞おうと探したところ、キッチンカーのナビは先日の場所付近を指したのだ。
それで行ってみたら、黒いローブを身に着けた集団がダンジョン内のモンスターに送還術……、どこかに送る魔法をかけていたのだ。
キールさんから召喚魔法の手ほどきを受けた時に一緒に教えてもらっていたからすぐわかった。
それで、その様子を観察していたら、見つかって戦闘。
いつものようにキッチンカー先輩が集団をボコボコにしたのだけど、黒いローブを剥がした集団は白い肌も浅黒い肌入り乱れていて、シンさん側に引き渡せばいいのかキールさん側に引き渡せばいいのか迷った末、キールさんを呼んで直接判断を仰ぐことにしたというわけだった。
キールさんとシンさんはロープでぐるぐる巻きにした謎の集団を調べ始めた。キールさんがローブの背中に描かれたマークを見てはっと息を飲む。
「この紋章は……!」
「数年前から数を増やしているとかいう教団のものだな。世界を浄化して新しく世界を作り直すとかっていう……なあ、もしかして俺たち、ずっと無意味にいがみ合っていたんじゃないのか?」
「……そうだな。調査の必要がありそうだ」
さっきまで険悪な雰囲気だったのに、二人は頷きあっていい雰囲気だ。喧嘩するほど仲がいいってやつだったのかもしれない。
さて、この時は私はダンジョンから日本酒を取る目的があったから二人とは別れたんだけど、あの後なにやら大変だったと聞いた。
モンスターを二つの国に送り込んで滅亡を狙っていたその教団は、共通の敵を前に手を組んだ国によって逆に滅ぼされたらしい。
なにはともかく、これでもう二つの国が争うことはなくなった。……はずだったんだけど、
「アユコよ我が国へ来い。此度の功労者であるお前を国民も歓迎するだろう」
「あ!?ずるいぞ!うちだってアユコさんに来てほしい!!」
「誘拐同然で召喚した国など誰が行きたいと思う?」
「それは本当にごめんなさい!!でもあれは一部が暴走しただけで国の総意じゃないし、今は元の世界と行き来出来るように研究してる!!賠償金と報奨金も支払うつもりだ!」
「ふん。それはやって当然のことだろう」
マオってのは苗字じゃなくて魔王というのを勘違いしていたらしい。キールさんはまさかの魔王で、シンさんは人助けが好きな好青年かと思いきや勇者で国の王子様。
そんな二人が私をめぐってバチバチにバトルを繰り広げている。
どうやらもうしばらく争いは続きそうだ。




