ルドルフ降臨!
格子が、ぎぃ……と軋みながら開く。
松明の光が牢に差し込み、鉄と湿った岩の匂いがいっそう濃くなった。
アルフレッドは表情を変えず、兵に顎で合図する。
「連行しろ」
枷の鎖が鳴り、兵の手が伸びてくる。
その瞬間――アスの頭の中に、さっきのキョーヤがよぎった。
(技、知ってるだろ? 一回やってみ)
(できるかもしれん。できんかったらすまん)
アスは息を吸い込み、目を閉じる。
(……よし、思い出せ)
竜環のエイドス。
あの名シーン。
妹を傷つけられて、キョーヤの怒りが爆発して――
(最初に使った技……!)
脳内に、雷みたいな文字が浮かぶ。
「激⚡︎突」
パワーを拳にまとわせ、衝撃波を発生させながら殴りつける――
あの、最初の覚醒技。
(……いや、だめだ)
アスはすぐに自分で止めた。
(キョーヤ、あれで自分の腕ぶっ壊して瀕死になったじゃん)
(今の俺の腕、細い中学生だぞ? 骨からいく)
次。
飛び道具枠。
ガイア爆発
エネルギーを一点凝縮し、極極極小さい超新星爆発を起こす。
周囲を巻き込む大爆発。
(だめだだめだだめだ)
(巻き込む。絶対巻き込む)
アスはちらっと牢の奥を見る。
緑の女の子が、膝を抱えてこっちを見ている。
ちょっとだけ怯えていて、ちょっとだけ期待している顔だ。
(……この子を傷つけたら、俺、人として終わる)
そのとき、別のページが頭の中でめくれた。
ドラゴン召喚――!
キョーヤの切り札というより、“便利枠”の相棒。
自分も傷つかない。巻き込まない。逃げられる。
(これだ!!)
アスは腹を括った。
恥ずかしい。
長い。
でも、背に腹は代えられない。
アスは格子の前で、両手を――いや、枷のせいで上げきれないので、胸の前でなんとか形を作り、叫んだ。
「宇宙の振動、古の竜を目覚めさせろ! 来い! ルドルフ!!」
……。
何も起きない。
蝋燭が、ぱち、と音を立てただけ。
緑の女の子が、まばたきをする。
アルフレッドも、瞬きだけした。
兵は動きを止めない。
(え?)
(え? ちがう?発音?アクセント?)
アスは慌ててもう一度。
「宇宙の振動、古の竜を目覚めさせろ! 来い! ルドルフ!!」
……。
沈黙。
松明の火が揺れ、影が伸びる。
湿気の中で、アスの耳だけが熱い。
緑の女の子が、気まずそうに小さく言った。
「……勇者さま……?」
声が優しいのが逆に刺さる。
アルフレッドは相変わらず警戒を解かない。
ただ、ほんの一瞬だけ眉が動いた。
アスは完全にパニックになった。
「ち、違う! いまのは準備運動!」
誰も信じてない空気が濃くなる。
兵が、がしっとアスの腕を掴んだ。
「行け」
「待って待って待って!」
アスは必死に抵抗しながら、最後の手段に出た。
アルフレッドに向かって叫ぶ。
「もういいよ! アルフレッドさん頼みますよ! 助けてくださいよ!! きてくださいーーー!!」
言ってから、ハッとした。
(俺いま「助けて」って言った?)
その瞬間――
ボムッ
と、手のひらの上で小さな煙が弾けた。
そこに現れたのは、手のひらサイズの赤いドラゴンだった。
ちっちゃい。
赤い。
寝起きみたいに目をしぱしぱさせている。
ドラゴンは大きなあくびをした。
「ふぁ……ご用ですか? ……」
アスの脳内が一瞬で祝祭になる。
(きた!!!)
(ルドルフ!!!)
だが――
ドラゴンは周囲を見回し、固まった。
鉄格子。
枷。
松明。
兵。
そして――金髪のイケメンとその背後の白装束。
ドラゴンの額に、つーっと冷や汗(みたいな光)が垂れた。
「……あっ」
声が裏返る。
「……お取り込み中ですね」
アスが手を伸ばすより早く、ドラゴンは深々と頭を下げた。
「失礼しました……!!」
シュンッ
煙も残さず消えた。
牢の中に、完全な沈黙が流れた。
水滴の音だけが、やけに響く。
アスはその場で固まった。
緑の女の子は口をぽかんと開けている。
アルフレッドは……警戒を解かないまま、なぜか少しだけ不憫そうな目をしていた。
兵も、一瞬だけ気まずそうに視線を逸らした。
でも仕事は仕事だ。
「……行くぞ」
「……はい」
アスの声が、蚊の鳴くような音になる。
引っ張られ、枷がじゃらじゃら鳴る。
格子の外へ引きずり出される。
緑の女の子が、小さく、でもはっきり言った。
「……いまの、ちっちゃくて可愛かったね」
「お願いだから追い打ちやめて……」
アスは泣きそうだった。
廊下へ出ると、冷気がさらに強い。
石段が上へ続き、松明の火が壁に揺れる。
アルフレッドは何も言わない。
質問もしない。
笑いもしない。
それが一番つらい。
アスは心の中で叫ぶ。
(死にたい)
(いや、死んでるかもしれないけど)
(いまは社会的に死にたい)
石段を引きずられながら、アスは額を押さえた。
(キョーヤ……)
(“楽しめや”って、こういう意味じゃないだろ……!)
松明の光が遠ざかり、上階の空気が変わる。
人の気配が増え、金属の匂いが薄くなる。
そして、また扉の前で足が止まった。
鍵の音。
がちゃ。
扉が開く。
光が差し込んだ。




