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推しキャラになりきってたら、異世界転生してしまった件について  作者: がや


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リザードマン

 目を覚ますと、まず暗さが来た。


 壁の隅に立てられた蝋燭が二、三本。火は小さく、息をするたび揺れる。

 空気は冷たく、肌を刺す。

 どこかで水滴が落ちる音がして、岩肌のゴツゴツが近い。


 鼻に湿った土と鉄の匂いが刺さった。


 ――牢屋だ。


 手足の感覚が重い。

 見下ろすと、鉄の枷。

 鉄の格子。

 床は濡れていて、座るだけで尻が冷える。


「あぁ……」


 アスは天井を見上げた。


 さっきまで、あの黒い廊下で――キョーヤと会っていた。


(天国から地獄に落とされたみたいだ)


 胸の奥で、まだ変な高揚がくすぶっている。


(キョーヤ……かっこよかったなぁ……)


 ぼやっとした視界が揺れて、目の前に丸いものが二つ見えた。


 大きい。

 薄い緑色。

 妙に艶がある。


(……スイカ?)


 スイカ。

 夏休み。

 田舎のおばあちゃんの家。

 縁側。

 扇風機の風。


(おばあちゃんだけは、俺のこと王子様みたいに扱ってくれたっけ……)


 ふっと腹が鳴った。


(……腹へった)


 そういえば、こっちに来てから何も食べてない。

 すごいことが連続しすぎて、アドレナリンで全部忘れていた。


 アスは、無意識にその“スイカ”へ近づいた。


 枷がじゃら、と鳴る。

 足取りがぎこちない。


 そして――


 むぎゅ。


「ん?」


 思ったより柔らかい。

 しかも、あったかい。


「……なんじゃこれ」


 次の瞬間、目が冴えた。


 緑色の正体は、スイカじゃない。

 丸いのは“物”ではなく、こちらをじっと見てくる大きな瞳だった。淡い緑が、蝋燭の火を映している。


 顔の輪郭は人間に近い。

 でも、こめかみに小さな角。

 頬から首にかけて薄い鱗。

 そして、涙が一筋――頬を伝っていた。


「あれ……?」


 アスの脳が遅れて警報を鳴らす。


(やばい、俺、今、何を……)


 罪の自覚が追いついた瞬間――


「きゃあああああ!!」


 緑の女の子が叫んだ。


「すんまっせせせせーーーん!!」


 アスも叫び返した。


 次の瞬間、視界が揺れる。


 ぺちん!

 どごん!


「いっ、痛っ!」


 二、三発、いいのが入った。


 気づけばアスは床に転がり、頬と頭がじんじんしていた。

 緑の女の子は壁際で膝を抱え、まだ警戒した目でこちらを見ている。


 アスは両手を挙げた。枷が鳴る。


「先ほどは本当に申し訳ございませんでした……!」


「……」


「食べ物に見えたとか、そういう問題じゃないのは分かってる……!」


「……いいよ」


 緑の女の子は、そっぽを向いたまま小さく言った。


 アスはホッとした勢いで、口が滑る。


「ははは……今日は月が綺麗ですなぁ……ははは……」


「ここ牢屋だよ。月、見えないよ」


「ははは……確かに……」


 会話が死んだ。


 アスは自分の手のひらが汗でべったりしていることに気づく。

 女の子と、こうして落ち着いて喋ったことがほとんどない。


 頭がパンクしそうだった。


 緑の女の子が、じっとアスを見た。


「あなた……変なの」


「はい……」


「急に距離感おかしくなるし」


「ぐぅ……返す言葉も……」


「それに……私を見ても怖くないの?」


 アスは少し考えた。


 確かに、人間じゃない。

 角もある。鱗もある。


 でも――


 デーモン、魔法、空に浮く仮面集団、光の剣。


 今日の“非現実ランキング”で言えば、正直この子はかなり上位に来ない。


 むしろ。


(……可愛い)


 かっこいい系の可愛い。

 目が大きくて、怒っててもどこか幼い。


 アスは頬の腫れをさすりながら、できるだけ丁寧に言った。


「あはは……びっくりはしたけど……その、怖くはないよ」


「……本当?」


「うん。むしろ……その……お美しいですし……おすし……はい……」


 自分でも何を言ってるか分からなくなってきた。


 緑の女の子の頬が、わずかに赤くなる。

 鱗の下でも分かるくらい。


「……からかってるの?」


「からかってない! 真剣に言語が崩壊してるだけ!」


「もう知らない……」


 緑の女の子はふいっと顔を背けたあと、少しだけ声のトーンを落として聞いてきた。


「ところで……あなたは、なんでここにいるの?」


(俺が聞きたい)


 アスは喉まで出た本音を飲み込み、額を指さした。


「よく分からないんだけど……なんか、これを見せたら……白い人たちに捕まえられた」


「それ!!!!!」


 緑の女の子が目を見開く。


「勇者さまの証なの!!」


「ゆ、勇者?」


「千年のあいだ、私たちの一族に伝わる伝承なの!」


 緑の女の子は身を乗り出し、声を弾ませた。


「伝説の竜の紋章なの!!!」


 アスは固まった。


 勇者?


 自分が?


 何者でもなかった。

 学生時代もモブ。

 社会人になっても友達すらできない役立たず。


 そんな俺が、勇者?


 馬鹿にしてるのか、と一瞬思った。


「勇者って……あの勇者? 物語の、じゃないよね?」


「うん!! 勇者さま!! 南の空から現れるの!!」


 目が本気だ。


 アスは、理解より先に反射で“勇者っぽい顔”を作ってみた。


「……へぇ、そうなんだ」


 渾身の“それっぽい”を出したつもりだった。


 緑の女の子は、妙に感動した顔をして頷いた。


「……やっぱり威厳があるの」


(ちょろい……いや俺も助かる……)


 その瞬間――


 がちゃ!!!


 金属が擦れる音が牢の奥まで響いた。


 蝋燭の火が風で揺れ、影が跳ねる。

 緑の女の子が息を呑む。


「……来る」


 足音。


 複数。

 硬い靴底が石を叩く音。


 アスは反射で立ち上がろうとして、枷に引っ張られてよろけた。


「うわっ……」


 格子の向こうに松明の橙色が差し込む。


「……生きていたか」


 低い、落ち着いた声。


 格子の前に立ったのは、背の高い金髪の青年。

 整いすぎた顔が松明に照らされる。


 アルフレッド。


 彼はまず緑の女の子を見て、眉をひそめた。


「……リザードの娘まで一緒とは。面倒だな」


 緑の女の子がぎゅっと拳を握る。


 アルフレッドの視線が、次にアスへ落ちる。


「アス、と呼ばれていたな」


 アスは喉がカラカラだった。

 言葉が出ない。


 アルフレッドはゆっくり笑った。礼儀正しい形をした、冷たい笑みだ。


「確認する。お前の額の紋章は、本物か?」


 緑の女の子が叫ぶ。


「やめて! 勇者さまに乱暴するなら、私――!」


「黙れ」


 アルフレッドの一言で空気が凍る。


 背後の兵が鍵を回す。


 がちゃ、がちゃ、と音が重なる。


 アスの頭の中で、さっきのキョーヤの声が蘇った。


(技、知ってるだろ? 一回やってみ。できるかもしれん)


 アスは唾を飲み込む。


(……できるのか? 俺に?)


 鍵が回る音が止まった。


 格子が、軋みながら開き始める。


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