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推しキャラになりきってたら、異世界転生してしまった件について  作者: がや


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15/17

推し活

 廊下の先の一室が、カチャ、と音を立てて開いた。


 ドアの隙間から、男が顔を覗かせた。


 ――見覚えがある。


 いや、“見覚え”なんて軽い言葉じゃ足りない。


 アスの胸が、変な方向に高鳴った。

 嬉しいとか怖いとか、その前に――信じられないが先に来る。


 男はドアを押し開け、廊下に出てきた。


 赤髪。

 オールバックで、髪が上へ跳ね上がっている。

 野生味のある雰囲気なのに、立ち姿は不思議と落ち着いている。


 そして額。


 アスと同じ刻印が、淡く浮いていた。


 身長は百八十を軽く超えている。

 鍛え抜かれた肉体。

 上半身は裸で、無数の傷が走っていた。

 肩から胸、腹、脇腹――戦ってきた時間がそのまま刻まれている。


 顔立ちは漫画のキョーヤを思わせるのに、

 年齢が違う。


 高校生っぽいはずの輪郭が、渋く締まり、目元に深みがある。

 四十代くらい――いや、もっと“経験の重さ”がある。


 イケオジ。


 普通にイケオジ。


 アスは一拍遅れて、爆発した。


「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」


 廊下に響く、自分の声。


 男――キョーヤが、片眉を上げた。


「……うるさいな。ここは静かなんだ」


「す、すみません!!いや違う!!違わない!!」


 アスは前のめりで詰め寄った。


「え、まって、本物?本物のキョーヤ?え?夢?精神世界?幻覚?いや、質感がリアルすぎる!!」


 キョーヤはため息をついた。


「落ち着け。酸素が宇宙に漏れる」


「宇宙!出た!!」


 アスの目が輝く。


「今の台詞、原作の第12巻の“崖の上”の時のアレンジっぽいですよね!?あそこ神回で――」


「おい待て、早口すぎる」


「すみません!でも言わせてください!“泣く子を泣かせる悪党は、銀河の果てまで追い詰める”の回、最高でした!!」


 キョーヤが目を細める。


「……お前、厄介なファンだな」


「ファンです!!まじでファンです!!!」


 アスは両手を差し出した。


「握手してください!!!お願いします!!!」


 キョーヤは一瞬、困った顔をしてから、渋々手を出した。


「……ほら」


「うわあああ!!!!!」


 握った瞬間、アスの脳内に花火が上がる。


「硬っ!ゴツっ!傷っ!え、これ全部戦闘傷ですか!?原作だとこんなに傷なかったのに!!」


「ある程度は描写省略されてたんだろ」


「いや、そういうメタい返し最高です!!!」


 アスは握手したまま、熱量が止まらない。


「あと、額の紋章!僕と同じ!竜族覚醒の印!あの名シーン!!妹が――」


「わかった、わかった。落ち着けって」


 キョーヤが手を引っこ抜く。


 アスはハッとして、ようやく違和感に気づいた。


「……え、でも」


 キョーヤの顔をまじまじ見る。


「……なんか、漫画より年とってません??」


 キョーヤは一瞬だけ目を逸らし、頭を掻いた。


「あぁ……そうだよな。まぁ、そうなるかぁ」


「そうなるかぁ、って何!?」


 キョーヤは廊下の天井を見上げ、少し考えるように言う。


「あっちの世界……つまり、君にとっての現実の世界では」


「はい」


「俺は、幽閉されてた」


 アスの眉が寄る。


「……幽閉?」


「……うん。たぶんな」


 キョーヤは自分でも説明に詰まったみたいに口を歪める。


「つまり……わけわかんねぇや」


「え」


「俺もよくわからんのだよ」


 アスは思わず口を開けた。


「え、キョーヤっていつも“全部わかってる主人公”じゃ――」


「それ漫画だろ」


 キョーヤは即答した。


 でも、声はどこか優しい。


「……君らの世界は、俺らにとっては“虚構”だった。封印そのもの、って感じだ」


「虚構の世界って呼ぶのやめてくれます?僕にとってはこの世界の方が断然虚構ですから」


 キョーヤがふっと笑った。


「言うね。星の向こう側にもプライドがある、ってか」


「出た宇宙言い回し!!でもマイルド!!」


「うるさい」


 キョーヤは軽く咳払いして、話を続ける。


「俺はその……“マンガ”ってやつに封印されちまってた、ってこった」


「封印……」


「しかも最悪でな。出回ってるマンガそれぞれに意識が分散してるし、魔法の概念もないしで……ほんと絶望的だった」


 キョーヤは肩をすくめる。


「宇宙に放り出されたみたいな気分だったよ。呼吸できねぇのに、生きてる、みたいな」


「それはちょっとわかります……」


 アスが小さく言うと、キョーヤの目が細くなる。


「でもな。お前の声だけは聞こえてた」


「……え」


「お前がなりきって、俺の台詞を吐いてたろ。あれが、灯台みたいに見えてた」


 アスの胸が、むずっとした。


 キョーヤは続ける。


「時々、お前の感情とリンクする一瞬だけ、虚構の世界――お前の現実に“飛び出せた”」


「飛び出せた……って」


「痴漢を取り押さえたとか、溺れた子を救ったとか」


 アスの背筋がぞわりとする。


「……僕、意識が飛んで……」


「俺が出てた。たぶんな」


 キョーヤは言い切らず、少しだけ眉を寄せる。


「ここはお前の精神世界だ。シンクロした一瞬――封印が解けた隙に、お前の中にお邪魔した感じになる」


 アスは口を開けたまま、理解が追いつかない顔をする。


「はぁ……」


「その顔やめろ。宇宙猫みたいだ」


「宇宙猫って何ですか?」


「知らん」


 キョーヤはため息をついて、肩の傷を指でなぞった。


「そしたらこのザマだよ。おじさんになっちまってな」


「いや、イケオジです!!普通に!!」


「褒めんな。照れる」


 照れるのかよ、とアスは思ったが、言わなかった。

 言える空気じゃないくらい、嬉しい。


 キョーヤは真面目な顔に戻る。


「……で、謝りたいことがある」


「え」


「お前、自分の名前や顔を忘れてるだろ」


 アスは息を呑む。


「……うん」


「多分、俺のせいだ。すまん」


「え、なんで」


 キョーヤは頭を掻いた。


「人って、多分容量が決まってる。俺が間借りしちまってるせいで、そこが欠けてるのかもしれない」


「容量……」


「お前の“俺じゃない部分”を借りてる感じだ。だからお前は、お前の輪郭が薄い」


 アスは言葉を失った。


 でも――


 でも、目の前にいるのが“推し”だ。


 推しが、喋って、息をして(息してるのか?)、そこにいる。


 アスの理性が、嬉しさに押し流される。


「……いや、ちょっと待ってください」


 アスは急に前のめりになる。


「その話、めちゃくちゃ重要なのはわかるんですけど、今、僕、あなたと会話してるのが幸せすぎて、それどころじゃないです」


「おい」


「え、あの!好きなシーン言っていいですか!?第7巻の“妹を守るために膝をつく”ところ、あれ絶対泣きますよね!?僕、3回泣きました!!」


「泣きすぎだろ」


「あと、“星は遠いほど綺麗に見える”って台詞、僕の人生の座右の――」


「おいおい」


 キョーヤは呆れた顔をしつつ、どこか楽しそうでもあった。


「……厄介だな、お前」


「はい!厄介です!!」


「開き直るな」


 キョーヤは廊下の奥をちらっと見た。


蛍光灯が、じじ、と鳴った。

 空気が薄くなっていく感覚。


「……そろそろ戻される」


「え、もう!?もうちょっと!せめて――」


「無理だ。引っ張られてる」


 キョーヤはドアの枠に手をかけ、アスをまっすぐ見た。

 ふざけた顔じゃない。戦場の顔だ。


「いいか。これは言っとく」


 声が低くなる。


「この世界は、“虚構の世界”よりかなり厄介だ」


 アスが口を開く前に、キョーヤが続ける。


「マンガに出てくる数百倍は恐ろしい。綺麗に整ってない。理屈通りに動かねぇ。優しくない」


 アスの喉が鳴る。


 キョーヤは、少しだけ肩の力を抜いた。


「……で、だ」


 言い方が急に雑になる。

 いつものキョーヤが戻る。


「あれだ。お前、多分俺の力、ちょっと使えるかもしれん」


「え……」


「憶測だけどな」


 キョーヤは顎でアスを指す。


「お前、俺のファンだろ?」


「はい!!!」


「だろうな」


 キョーヤが鼻で笑う。


「色々“技”知ってるだろ? 原作の。覚えてるだろ?」


「もちろんです!!」


「難しいかな……まぁ」


 キョーヤは少し考えて、雑に手を振った。


「一回やってみ。できるかもしれん」


「できなかったら?」


「……できんかったら、すまん」


 アスが息を吸う。


 聞きたいことが山ほどある。

 叫びたいことも、握手の延長戦も。


 でも、廊下の光が急に薄くなった。

 世界が引き剥がされる。


 キョーヤが最後に、片方の口角を上げる。


「まぁ――」


 その声が、少しだけ遠くなる。


「楽しめや」


「え、ちょっ――!」


 キョーヤの姿が、霧みたいにほどけて消えた。


 蛍光灯の光が潰れ、廊下が黒に沈む。


 アスの額が灼けるように熱くなる。

 視界が白く反転する。


 ――落ちる。


 現実へ。


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