アルフレッド
アスは反射で飛び出した。
床板が鳴り、戸口へ――と思った瞬間。
天井の破れ目から落ちる白光の中で、ひとりが低く言葉を紡いだ。
「――光の王の権限で、かの者を拘束する。……レストリクション!」
空気が、硬くなる。
次の瞬間、アスの周囲に無数の光の剣が現れた。
剣、といっても刃は細く、長い光の針みたいだ。
それが円を描くように回り、ひとつ、またひとつと軌道を変え――
アスの四肢に絡みついた。
手首。足首。膝。肘。
最後に、口元。
「んぐっ――!?」
光の剣が、鎖のように口を塞ぐ。
顎が固定され、舌も動かせない。
身体は立ったまま固まり、指一本動かない。
「やめて!!」
少女の悲鳴が小屋に響いた。
「アルフレッド!! 彼は命の恩人よ!!!」
白光の中から、降りてくる影がある。
仮面を外しながら、ゆっくりと。
ブロンドの髪が、光を弾いた。
意外なほど若い。二十代そこそこに見える。
背は高く、百八十は軽く超えている。
目鼻立ちはくっきりしていて、控えめに言ってハンサム――いや、反則的に整った美青年だ。
男は足音もなく着地し、アスを見下ろした。
視線が冷たい。
「失敬、王女様」
柔らかな声なのに、刃物みたいに刺さる。
「この目つきが悪いボサボサ髪は、何者ですか?」
少女は一瞬、言葉に詰まった。
それから唇を結び、顔を上げる。
「……脱走したことは謝るわ。ごめんね……強くなりたくて」
言葉が速くなる。言い訳ではなく、必死に状況を並べている。
「この辺りに良質な金スライムの狩場があるって聞いて……来てみたら……」
喉が震えた。
「……デーモンが……私、知らなくて……」
アルフレッドの眉が、わずかに動く。
「なるほど」
小屋の床、焼け焦げた木片、漂う焦臭を見渡し――
「……あの禍々しい残穢は、デーモンのものか」
少女は頷く。
「もう少しで……死ぬところだった……!」
そして、光の剣に縫い止められたアスを指さす。
「そこを、彼……アスが救ってくれたの!!」
アルフレッドは少女にだけ、ほんの少し表情を緩めて頷いた。
「承知しました、王女様」
次の瞬間、その視線がアスへ戻る。
温度が、消える。
「……デーモンを、どうやってあの様な状態に」
声が低くなる。
「アス、と言ったか。王女様のお命を救ってくれたことには感謝する」
そして、笑った。
礼儀正しい形をした、意地の悪い笑み。
「どうやってデーモンをあの様な状態にしたのか。教えてくれ」
アスは「んぐんぐ」と声にならない声を出す。
口が封じられている。
「……ああ、失礼。喋れなかったね」
アルフレッドは肩をすくめ、わざとらしく言った。
「光の王の権限で、かの者の拘束を解く。……リリース」
光の剣が、ふっと霧のように消えた。
手足が戻る。
口が動く。呼吸ができる。
アスは咳き込みそうになって、踏みとどまった。
「俺は……」
言いかけて、止まる。
頭の中で、思考が高速回転する。
(本当のこと言ったら終わる)
(異世界? 記憶曖昧? 顔も名前もわからん?)
(そんなの、怪物扱いだろ……)
よし。嘘だ。
こういう時のために、社会人一年目でも営業で鍛えた。
“それっぽい筋の通った話”を作る。
――武器はない。剣も銃もない。
素手でデーモンを殴り倒した? いや無理がある。
(魔法だ)
(女の子も使ってたっぽいし、この世界の常識っぽい!)
アスはできるだけ落ち着いた声を作った。
「……魔法使いで、その訓練をしてました」
少女が目を丸くする。
アルフレッドは表情を変えない。
「戦闘の衝撃で記憶が飛んだみたいで……曖昧で、すみません。気づいたら体もこのザマで、ここで……その、介抱されてました」
自分でも苦しいと思う。
でも、押し切る。
アルフレッドは「ほう」とだけ言った。
そして、間髪入れずに追撃する。
「では――魔法紋を見せてくれ」
アスの背中に、冷たい汗がぶわっと噴き出した。
(まほうもん?)
(なにそれ? 免許証? 社員証? この世界の“名刺”??)
(やっば……墓穴掘った……!)
アスは口角だけを動かして、平然を装った。
「えーっと……」
脳内では悲鳴が上がっている。
少女の方を見ると、目がきらきらしていた。
完全に興味津々だ。
(やめて、その期待の目)
(俺、今いちばん“それっぽく”困ってる)
アスは、駅前で切符をなくした子どもみたいに、わざとらしく服を探り始めた。
「あれー……どこだったっけなー……」
胸元。腹。袖口。
ない。あるはずがない。
焦りを誤魔化すように、髪をかき上げた。
その瞬間。
「――待て」
アルフレッドの声が、氷みたいに冷えた。
アスの前髪が上がり、額の端――こめかみ寄りに、淡く光る線が覗いていた。
紋章。いや、刻印に近い。
アルフレッドの瞳が細くなる。
「その紋章……!!」
空気が一気に張り詰める。
「この者を捕えろ!!」
上空の光の中で、白装束たちが一斉に動いた。
いくつもの詠唱が重なる。
「――レストリクション」
「――封印」
「――光の檻よ」
小屋の中が、白で満ちていく。
少女が叫んだ。
「やめて!!」
アスは息を吸おうとして、喉が痺れた。
視界が真っ白になる。
床の感覚が遠のく。
そして――
記憶が、ぷつりと途切れた。




