= 砂時計 =
同性愛者である主人公の〝マナカカオル〟
は自分の性的マイノリティを隠しながら、静
かに生きてきたアラフォのおじさんである。
= 聞こえないや =
僕が雨に打たれる度に、君を思い出すのは赤い
傘と不思議な言葉。
今どこにいるの?
= 触って =
僕の初恋は幼稚園の年長組の時に同じクラス
だったマサ君。マサ君はいつも僕の髪を引っ張
って痛がる僕を見て笑う嫌な奴だった。
ある日、僕は痛がるのをやめてみた。マサ君は
次の日から違う子の髪を引っ張るようになった
僕はそれが悲しくて寂しくて泣いた。
そう、あの日みたいに。
雨が降ってた。
= 煙草 =
大人になった僕は恋人がいた。
恋人のタケキは今日も僕を雑に抱く。
僕をベッドに押し倒して乱暴に服を脱がすと
キスも愛撫も無しで挿れてくる。
「痛いっっ」
僕が声を上げると
「これが好きなくせに…」
と僕の耳元で囁く声は煙草の香りがした。
僕は、タケキが大好きなのにタケキに抱か
れる度に自分が愛されていない事を実感し
ては、その事実を見て見ぬふりをする事で
タケキと繋がっていたかった。
後ろから激しく突かれて、虚しくて
後ろから髪を引っ張られて、興奮した。
「イヤだっ…」
この言葉はどっちだろう。
本当に嫌と果てる快楽の狭間で叫んだ。
タケキは事が終わるとすぐに煙草を吸いに
ベッドから出て行く。
「煙草おいしい?」
「…いや、」
この味気ない会話よりは味がするだろう。
タケキは煙草を吸うと、ベッドに横たわる僕
の頭を2回優しく撫でると静かに僕の部屋を
出た。
〝ねぇ、次はいつ会えるの?〟
〝ねぇ、いつになったら愛してくれるの?〟
僕はタケキの香水が残る生暖かいシーツに丸
まって性を満たす。
僕って気持ち悪い。だって満たされてないの
に求めてる。
朝、目覚めて灰皿の煙草を見ると僕は自分の
唇を撫でながら頭を掻きむしる
すべて捨ててしまいたい。
…のに。
= 僕という怪物 =
僕は、マナカカオル。
三十九歳のアラフォのおじさんだ。
画家の父が亡くなったのをきっかけに僕は出
版社の仕事を辞めて父のアトリエを継いだ。
漫画家志望だった僕は高校卒業後は美大に入り
絵を描く事に充実した毎日を送っていた。
漫画のネームを応募したり、自分で書いた原画
を出版社に持って行ったりもした。
若さは時々無敵である、世界一いい作品だと思
い全くの迷いも無いのだ。
ライバルの作品を見ても自分の方がストーリー
は勝っている、あとは絵のスキルを上げれば良
い。と本気で思えるのだ。
でもその根拠のない自信は、ある出版社の編集
者の一言で粉々になった。
「君は絵は上手いんだけどねぇ…ストーリー
がイマイチなんだよ…恋愛もの描きたいの?
本気の恋した事ある?」
僕はその場で固まったまま何も言えなかった。
「カオル君さ、うちで働きなよ。たくさんの
作品見れるし参考になると思うけど。」
編集者の口元の汚い髭と腕を組みながら煙草の
煙を吐くコイツは動物園のカバに見えた。
その言葉に感情なく頷き、僕は大学三年の夏に
就職先が決まった。
いつしか時間に追われて自分の熱意も夢も、…
おざなりになっていた。
そして父の死をきっかけに、アトリエの処分に
困る母親を見て僕は、この古びたアトリエを
画廊にして、様々なアーティストの展示会場と
して貸し出したり、水彩画や油絵教室の講師と
して生計を立てた。
タケキと出会ったのは、このアトリエだった。
僕は、タケキに出会ってから、まともに絵が
描けなくなった。
その時、あのカバ男の言葉がよぎった
「本気で恋した事あるの?」
こういう事かと腑に落ちた。
= ホンジョウタケキと言う男 =
父のアトリエを継いですぐの事だった。
まだオープン前の朝に、アトリエの扉をノッ
クする音がこだました。
僕は小走りに少し警戒しながら、扉を開けた
「ハァハァハァハァッ、ここで展示会できる
って知り合いから聞いて来たんですけど…」
どれだけ急いて来たのだろうか、男は息を切ら
して両手いっぱいにA4ほどの大きさの茶封筒
を持っていた。
男は息を切らしながら、僕をじっと見ると
「君、綺麗だね…」
というと両手いっぱいの茶封筒が床に落ちて
僕はかなり動揺した。
この突然来た男に? コイツの言葉に?床に
落ちた音に…動揺したのかも分からなかった。
「俺、写真家やってます。ホンジョウタケキ
です。」
僕の目を真っ直ぐ見て、名前を言った後の彼
の笑顔は最初で最後の最高の笑顔だった。
僕は、恋に落ちた。
タケキは世界を旅する写真家で、三十歳を迎え
る記念に展示会を開こうと場所探しをしていた
床に落ちた写真を拾いながら僕はタケキの視線
を感じ少し胸がドキドキしていた。
「ねぇ君の名前、扉に書いてあったけど、マナ
カトモルって言うの?いい名前だね。」
タケキは犬みたいな顔で微笑む
「あぁ、僕の名前はカオル。トモルは父の名前
なんだ…」
タケキは小刻みに頷く
「ねぇ、僕の顔に何かついてる?凄い、じっと
見てない?」
「へぇ。何、意識してるの?」
「えっ?」
会話が成立してないが、この時の声のトーンで
タケキが同棲愛者だと気が付いた。
息を切らして走って来て、真っ直ぐ僕を見て
屈託の無い笑顔で笑って僕を綺麗だと言った
この瞬間が二人の最高の瞬間だったと今でも
思う。
僕らが互いの想いに気が付くのは簡単だった。
一瞬で燃え上がるマッチのように心が熱くな
った。
僕は十も歳の離れた男に惹かれて、初めて男性
と肌を交えた。
でもそれは、愛ではなく快楽だけだった。
愛は時に苦しいものだと、僕という怪物に神様
が教えてくれたのだと気が付くのにそう時間は
かからなかった。
次回 濡れたベッド




