4章 ひとときが過ぎて
「……では、今日の授業のおさらいです、この世界で魔力が観測されたのは王国暦以前であると言われ、根底魔道の祖たるロキ・ローゼンタールによって神獣様の軌跡に莫大な魔力が観測され、それを用いた基礎魔法の体系化に伴い魔力の絶対量も指数関数的に増えていきました。そしてそれは精霊と魔族の出現を生み出すきっかけとなり、それがまた融合召喚騎という新たな魔道の発展につながっていったのです」
前期の必修科目の中でも特に話が長いと評判の、魔道歴史学のファルマン先生の授業も終わりに向かってまとめに入っていた。
私は必死にペンを走らせ黒板の文字をノートに書き記すのが精いっぱいで、内容の半分くらいしか頭に入ってなかった。
ちらりと両隣を見るとミトナちゃんはもう板書を終え、先生の発言を自分なりに解釈しているような表情をしていた。
対照的に、アキ君は最初から授業を真面目に聞いてる様子はなく、片肘をついて大きなあくびをしていた。
「それでは本日はここまで。次回はロアナ王国建国の歴史についてです。ありがとうございました」
ちょうど終業の鐘が鳴り、猫背の先生は教材を抱えて深々と頭を下げる。
生徒たちも疎らに席を立ち始める。私も含めた板書が間に合ってない生徒たちを後目に、先生は容赦なく板書を消し始めた。
「ああっ」
板書が間に合わなくて間抜けな声を上げると、ミトナちゃんが私を覗き込みながら優しく微笑む。
「ノートなら後で見せて差し上げますわ、ご安心ください」
「ミトナちゃ~ん、ありがとぉ」
ミトナちゃんに私は泣きながら抱き着く。絶対鬱陶しいのは承知してるけど、今のミトナちゃんは私にとっての救世主なのだ。
「アキさんはよろしいんですの? 全然板書していなかったようですが」
「まぁ、なるようになるさ」
アキ君の返事にミトナちゃんは怪訝な顔をする。少し嫌な空気が流れていると、私は肌で感じた。
「よ、よ~し! 午後の授業を乗り切るために食堂で美味しいもの食べよ! 板書のお礼に私がおごるよ!」
「あ、じゃあ私は特製ランチがいいですわ!」
「じゃあ、俺はビーフシチュー」
ご飯の話題になったからか、二人の顔も明るくなる。
「って、アキ君は何もしてないでしょ~! ビーフシチューぐらい自分で買ってください~」
「なんだよケチくせぇな」
たわむれながら食堂に向かっていると、一人の女子生徒が近づいてくるのに気付いた。
「あ、あの……、私も同席して……、いいかな?」
彼女について見覚えがないわけではなかった。同じ青き嵐鳥寮で、授業でも何度か近い席のときがあったがちゃんと話す時はなかった。
「えっと、カイナ・ストレインちゃん、だったよね?」
「は、はい……」
少しおびえたようすを見て、私は彼女の警戒心を解くよう精いっぱいの笑顔を作る。
右手を友好のしるしとして差し出すと、それに気づいたカイナちゃんもゆっくりと右手を差し出す。
「ぜひいっしょに食べましょ、私、ティナ・プルトーネ。よろしくね」
「……はい」
握り返された手を握り締めて、私はカイナちゃんを食堂まで引っ張っていった。
私たち4人がギリギリ座れるぐらい、昼時の大食堂は混雑している。
お弁当を用意しているか、何かしらを町まで買くなどで昼ご飯を用意できる生徒以外は、大体ここでお世話になることだろう。
王都を横切るように流れる巨大な運河によって上質な肉や新鮮な野菜、魚が毎日届けられるため、個々の料理長は生徒たちにおなか一杯になってもらおうと腕を振るってくれている。
この食堂に並ばずに座れるのは、ある種幸運ともいえるのだ。
先ほど言っていた通りミトナちゃんは特製Aランチ、豚のソテーと煮込み料理のセットだ。ボリュームがあり学生たちからの人気が高いメニューだ。
アキ君は、特製のビーフシチュー。牛の舌を丁寧に煮込んだシチューは絶品と評判である。
私は鶏肉と野菜の炒め物とミニシチューがついたBセット。こちらもボリュームが多くて味がいいと人気だ。
カイナちゃんはというと、小食なのかミートソーススパゲッティの小盛を頼んでいた。私たちのメニューに比べると少な目だが、それでもスパゲッティと同じぐらい多いひき肉がおいしそうだ。
「そういえば、そろそろですわね。寮長同士の決闘」
小さく切った豚肉を咀嚼して飲み込んだあと、ミトナちゃんが思い出したように言った。
「あの入学式からもう1週間も経ってるなんて、実感ないよね~」
甘辛く炒められた鶏肉を頬張りつつ、動乱の入学式からの一週間に私は思いを馳せていた。
いまだにそれぞれの施設への道に迷ったり、授業内容に追いつくのに必死だったりと、あまり幸先の良い1週間とはいえないが、学食は美味しいしアキ君やミトナちゃんを含めた学内の友達も優しいし、個人的には楽しい学園生活を送っていた。
だが私が授業に四苦八苦していたころ、ミトナちゃんは授業の予習復習もしっかり行っていた。同じ時間が流れているとは思えないぐらいの優秀さに、ちょっと嫉妬してしまうぐらいだ。
そんな優秀なミトナちゃんだからこそなのか、勉強以外も興味津々な様子で相川らず学内のいろいろな事情に詳しいようだった。
「実は私、今度の決闘が結構楽しみでして。各寮の状況を独自に調べてきたんです」
そう言って煮込み料理を口に運ぶ手を止めると、肩掛け鞄から取り出した手帳を机に広げた。
「まず紅き焔竜寮のグレーシュ・フェデリさん。彼女の専用騎であるグラムは全身におびただしい量の火の精霊石をあしらっており、それを媒介にした大量の精霊召喚による全方位一斉射撃魔法は、圧倒的な破壊力を有しています。しかし、過去の戦績から魔力切れという致命的な弱点も露呈しており、今後の課題になっています」
手帳には文字だけでなく魔力転写による写真も張り付けられている。竜のうろこのようにびっしりと魔力結晶が召喚騎を覆いつくし、そこから火炎魔法を発射するところをとらえた写真からも、その破壊力が見て取れる。
「つづいて黄金の雷蹄寮、ラーナ・デクストンさん。専用機はグレーシュさんとは対照的に防御に徹した改造がなされたアイギスです。両腕の特殊な防御魔法発生装置は雷の精霊石を使い捨てることで、絶対魔道防壁を発生させ、攻防一体の武器として使えるとされています」
ページをめくると両腕に鹿の造形の籠手を着けたような、ところどころが金色の装飾がされた召喚騎の写真が現れる。おそらく角の形状をした魔力結晶から強力な防御魔法を生み出しているのだろう。その強靭な盾はそのまま格闘戦での攻撃にも流用できそうだ。
「そして我らが青き嵐鳥寮の長、メイ・スーシェ様の専用機、ヴァルキリーですわ!」
「……さ、様?」
私も含めた三人が食事の手を止め、ポカンとした表情をしたのをみて、ミトナちゃんが恥ずかしそうに軽く咳払いをする。
「……失礼、メイ寮長の駆るヴァルキリーですが、その雄姿はもう皆さんもご覧になったことでしょう。脚部そのものが巨大な風の精霊石を使った魔道推進機関となっており、そこから強力な推進力を生み出しています。彼女自身も学内一のハルバードの使い手で、地を滑り空を羽ばたいて切りかかるその姿は正に蒼き鷹そのものといえるでしょう」
ミトナちゃんの説明は、私が広場でみた戦闘を上手く言語化していた。先日の一戦でも、不意打ちにやられなければ見事に魔族を討ち取っていたいたことだろう。
「お三方をまとめてみたところ、グラ―シュさんはラーナさんを苦手とし、ラーナさんはメイさ……んを苦手とし、メイさんはグラ―シュさんとの戦闘を苦手とする三すくみが出来上がっているようですわ。今度の決闘は総当たり戦になりますので、苦手な相手をいかに制すかが重要になってくると思います」
「そこまで分析した上で、お前の中では誰が一番勝率が高いと思うんだ?」
ビーフシチューを早々に平らげ、水を飲みほしたアキ君がミトナちゃんに問いかける。ミトナちゃんは
少し答えづらそうに口を開いた。
「勿論我らがメイ寮長、と言いたいところですが、先ほど言った通り三すくみが出来ている現状でそれを打開できるとするなら、攻防一体の武装を持つラーナ先輩が今のところ有力でしょう。過去の戦闘では精霊石の交換のタイミングを狙われてメイ寮長に負けたことがありましたが、交換を効率化すれば一番勝率が高いかと」
なぜか悔しそうにミトナちゃんは語っていた。
それを見たアキ君は何かを考えるように口を開いた。
「俺の予想はグレーシュ寮長だな。確かに魔力切れが一番の問題だが、それはほかの寮長も同じことだし、そこは鍛錬で解消できるだろう。それに対してラーナ寮長の弱点は、技術革新がない限り難しいだろう」
アキ君の指摘に、ミトナちゃんがムッとした表情を見せる。
「魔力の増強は相当な鍛錬が必要です。そんな根性論で上手く行くほど世の中はうまくいきませんことよ?」
「それを言ったら、ミトナは魔道技術の進歩を過信しすぎてるんじゃないか? もし交換の効率化ができる技術がすでに理論化されていても、それが実用化されるまで時間がかかりすぎる。それに比べて適切な食事としっかりとしたトレーニングメニューを規則正しく行えば魔力増強のトレーニングは可能だ」
「これだから筋肉と魔力でなんでも解決できると思ってる方は困りますわ。グレーシュ先輩がどうかはわかりませんが、アキさんは脳みそまで筋肉でできてますの?」
「そういうお前は脳みそが魔道制御機関でできてるんじゃないのか? すぐ熱暴走するところもそっくりだ」
「なんですって!?」
「なんだぁ? やるってのか?」
「ま~~~た、始まった……」
二人の口論にも、この1週間で慣れっこになってしまった。
この二人、仲がよさそうに見えて決定的に意見が合わないのだ。熱血漢のようで意外と皮肉屋なところがあるアキ君と、冷静そうで実は沸点の低いミトナちゃん。少しでも意見が食い違うと、すぐに喧嘩になってしまう二人を学園内で何度仲裁したことか。
「二人とも、カイナちゃんもいるんだから。喧嘩もその辺にしてよね」
完全に委縮してしまっているカイナちゃんを見ながら二人をたしなめる。
さすがの二人もバツが悪いのかお互いおとなしくなった。
「ごめんねカイナちゃん、二人とも仲が悪いわけじゃないんだ。議論になるとすーぐヒートアップしちゃうんだから」
釘を刺すように睨むと、二人ともそっぽを向いた。すぐさま笑顔を取り繕いカイナちゃんへと向き直ると、完全に委縮しきってるようだった。
「ねぇ、カイナちゃんは誰が勝つと思う?」
あまりいい話題の振り方ではないが、間が持たないよりはマシだ。
「わ、私は……、分からないけど……、みんなに仲良くしてほしいなって……」
弱々しいカイナちゃんの顔を見てキッと私は二人をにらむ。威勢の良かった二人はすっかりおとなしくなっていた。
「カイナちゃんは優しいんだね……。そうだ! 怖がらせたお詫びに食後のアップルパイをご馳走するわ!」
「そりゃいい! クリームたっぷり乗せてくれ!」
「アキ君は自腹です!!」
便乗しようとするアキ君に突っ込みを入れると、自然と全員から笑いがこぼれた。
委縮しきってたカイナちゃんも、少しおかしそうに笑ってくれていた。




