3章 入学式の終わり
入学式前の魔族騒ぎに、格納庫での寮長同士の抗争など、あまりにも濃密すぎた私たちの入学式は何とか終わりを迎えようとしていた。
一通りの案内が終わると、新入生たちは大食堂に集められてクジ引きを行う。引いたくじによって決まるのは、この3年間をどの寮で過ごすかという大事なものだ。
入学早々に顔見知りができた私としては、アキ君とミトナちゃんとはあまり離れたくはないと思っていた。
「では、一枚引いてください」
橙色の二年生の制服を着ていたおしとやかそうな女性が、くじの入った箱を私に向けて傾ける。その箱の穴に手を入れながら私は二人と同じ寮になりますようにと祈った。
そうしてくじを一枚抜き取り、折りたたまれた紙を開くと、真ん中には翼を広げる猛禽類の紋章が描かれていた。
「青の嵐鳥寮ですね、おめでとうございます!」
特にどの寮が当たり、というわけでもないため、この「おめでとう」は入寮を祝ってのことだろう。先輩の女性に軽く会釈をしたのち、私はアキ君たちの元に戻った。
「ふ、二人とも、どうだった……?」
私が恐る恐る紋章が描かれた紙を見せると、二人は面白そうに笑った。
「ふふ、どうやらわたしたち、ご縁があるようですね」
「そうみたいだな」
二人が手に持った紙には私と同じ紋章、蒼い猛禽類が描かれていた。
「やった~!! 二人ともこれからよろしくね!」
嬉しさのあまり二人に抱きつく。アキ君は完全に固まっていたし、ミトナちゃんは驚いてはいたものの、すぐ笑って抱き返してくれた。
「こちらこそですわ」
「お、おう」
二人から離れると、ちょっと大胆すぎたなと思い、顔が熱くなってきた。
そうこうしているうちに全員のクジ引きがおわったのか、三大寮長の元に各生徒は集まるよう伝えられる。
メイ先輩はまだ険しい顔をしているが、おそらく先ほどの格納庫の一件に心から納得してないのだろう。
「では寮へご案内します。着いてきて」
集まった生徒たちをメイ先輩が青の嵐鳥寮へと先導する。嵐鳥寮はすぐ隣が修練場があり、学園全体でいうと西南西のはじっこに位置している。
10分と経たずに到着した小綺麗な大理石とオークの館が、今日から私たちの住処になる。
そのまま寮に入ると思っていたが、先導していたメイ先輩がこちらへ向き直り、急に頭を下げてきた。
「入寮を前に、皆さんに謝罪します。今朝の魔族騒ぎの件、本当にごめんなさい」
先ほどまで凛とした佇まいをしていた彼女の態度は一変し、今は申し訳なさに押しつぶされそうなか弱い少女にしか見えなかった。
「急な魔族の出現とはいえ、これから魔道を極めていく未来ある皆さんを危険にさらすなど、寮長としての己の未熟さを痛感しました。失望した方も少なからずいると思いますが、この失態を挽回するために私は行動と実績で皆さんへのお詫びの気持ちを表していきたいと思います」
少し目に涙を浮かべながら、彼女は続ける。
にじむ悔しさを必死に隠し、皆の模範である寮長であろうとする態度から、彼女の根底の真面目さが見て取れた。
「改めて、皆さまの青の嵐鳥寮への入寮を歓迎いたします。もう失態は犯しません。皆様のことはこの蒼き鷹の紋章にかけてお守りいたします。どうか、よろしくお願いいたします」
そう言って彼女は深々と頭を下げる。
その真摯な挨拶に心を動かされた私を含めた新入生たちは、自然と盛大な拍手を送っていた。
寮の長である前に、彼女もまた一人の真面目な少女だということを知り、私は改めてこの寮でよかったと思った。
どっと疲れがたまっていたのか、個室をあてがわれた私はすぐさまベッドへ飛び込んでいた。
生活に必要なものは後程送られてくるので、まだこの部屋はどこか殺風景だ。机と椅子、ベッドと姿鏡にクローゼットがあるだけの、私の新しい根城。
そこに横たわった私の脳内には、今朝からのいろいろな出来事が駆け巡っていた。
魔族騒ぎ、三大寮長の抗争、新しい友達。
そしてどうしても気になること。
それはやはり、黒い召喚騎と、その主の声。
――どうして、似てたんだろう。
他人の空似だろうか?
いや、そもそも顔も見れてないし、声の情報だけなんだし、一瞬の出来事だったんだから本当に似てたかも怪しい。
でももし、あの召喚騎の主がアキ君だったら?
それが本当だったら彼は凄腕の召喚聖騎士であるということになる。
そんな彼がどうしてこの学園に新入生として入学を? 新入生はまだ融合召喚騎を持つことを許可されていないのに?
いろいろなことを考えていると、急激な眠気が襲ってきた。
考えることにも疲れてきた私は、ベッドの柔らかさと睡魔にただただ身をゆだねるしかなかった。
―――
――――
―――――
長い一日が終わり、夜の帳が下りていたころ。
この学園の最も高い場所、遣いカラスの発着場となっている物見塔に俺は登っていた。
魔法が発達したこの時代でも、このような原始的な連絡手段はまだ行われている。特に調教された遣いカラスはその賢さから未だに重宝されている。
だが、遣いカラスは基本昼行性のため、この時間に飛んでくることは確実にない。
――俺専用に調教された、夜行性の遣いカラスを除いては。
羽の一部が白くなっているカラスは、塔の狭間に立って俺を待っていた。
その細い足に括りつけられた小さな書簡を外し、銀のくずを一粒与えるとその遣いカラスは仕事を終えたと言わんばかりにその場から飛び去って行った。
――さて。
書簡の中身だが、丸まった紙を広げてみてもそこには何も書かれていない。
だがその紙に特定の量の魔力を流し込みながら触れたときだけ、そこに文字が浮かび上がってくる。
国の密偵が使う、古典的な暗号文だ。
『再ビ襲撃ノ兆シアリ、トリノ死骸二気ヲ付ケヨ』
短い暗号文には、またこの学園が魔族に襲われると予知する内容が書かれていた。
鳥の魔族となると、戦い方を多少考えなければな、と俺は考えていた。
春先だというのに、今日の夜の風はえらく冷たく感じた。
どうやらこの学園に平穏の春が訪れるのは、ずいぶん先のようだ。
そう思いながら、俺は物見塔を後にするのだった。