2章 三大寮長の争乱
大講堂での祝典が終わると、新入生たちはいくつかの班に分かれて学園の施設へと案内された。
神獣たちの彫刻が並ぶ礼拝堂、国内外から集められた資料を収める巨大図書館、学園の胃袋を支える大食堂と、一流の大工が作った建築たちに私たちは息をのむばかりだった。
そして私たちが今訪れているのが、学園の生徒が使う融合召喚騎の格納庫だ。
あまりにも巨大な石造りの建築物は天井が硝子張りになっており、差し込んだ日の光が規則正しく並べられた甲冑の装甲を輝かせていた。
実はこの施設案内で、私は一番ここに期待していた。
ここにはメイ先輩を含めた三大寮長の専用騎も収められている。ということはあの黒い召喚騎もここにああるのかもしれない。
もしここにあるなら、工房の職人さんに召喚騎の主を聞けるかもしれない。
そう思って格納庫の中を忙しなく見回していると、後ろのアキ君がくすりと笑った。
「ティナはそんなに召喚騎が好きなのか?」
自分の落ち着きのなさが急に恥ずかしくなり、顔が真っ赤になる。
「あ、いや! 全然! そういうわけじゃ!」
私が全力で否定すると、アキ君以外の笑い声が聞こえてきた
「ふふ、この学園に入学しといて召喚騎に興味がないのもどうかと思いますけど?」
笑い声の主は、丸眼鏡をかけた童顔の少女だ。新入生のはずだから私と同い年のはずだが、ぱっと見で私よりももっと幼く見える外見だ。だが、その素振りや言動はやけに大人びて感じた。
「失礼しました。魔道科1年のミトナ・レヴラと申します。お二方は、アキさんとティナさんでよろしかったでしょうか?」
「どうして、俺たちの名前を知っている?」
ミトナと名乗る少女の自己紹介に、アキ君が割り込んできた。
「入学式に堂々と遅刻してきた方と、入学式で突然大声を上げていた方ですもの。注目されて当然ですわ。そもそも、私はお二人のすぐ後ろに座っていたんですのよ」
ミトナちゃんはクスクスと笑う。あの醜態を見られたうえでまた今みたいな慌てた姿を見せたと思うと余計に恥ずかしい。
「それで、ティナさんは一体何を探していらっしゃったんですの?」
「い、いやぁ、広場で戦っていた黒い召喚騎がここにないかなぁって」
私が冷や汗をかきながら答えると、にこやかなミトナちゃんの顔が急に強張った。そして私の耳元に近づいて囁く。
「あの黒い召喚騎、おそらくこの学園のものではありませんわ。それどころか王国軍の中にすら、あのような造形の召喚騎はみたことがありません。まして、あの融合していた召喚獣はフェンリル、この広大なロアナ王国を果てまで探しても、建国の守護神獣と契約した騎士様なんて見つけるのは困難でしょう」
ミトナちゃんの声には凄みがあった。まるで私に警告しているようだ。
「本来、魔道の総本山であるこのアルカディアに突然魔族が現れること自体が異常ですし、それを瞬時に打ち取った謎の召喚騎士、いや召喚聖騎士がこの学園に現れるとなると何か陰謀の予感がしませんか?」
彼女はあえて言い直していたようだった。
融合召喚騎を扱う騎士にも等級が存在する。この学園のように修練を終えたばかりで、召喚できるのが精霊だけの場合は「召喚騎兵」、魔族の遺骸を媒介にして強大な魔族を召喚して戦うのが「召喚騎士」、そして伝説上の神獣を召喚することを許された最強とも言える存在が「召喚聖騎士」だ。
召喚聖騎士といえば正規軍を率いる大将軍や、国王直属の近衛騎士団の団長ほどの英雄たちだ。確かにその英雄がなぜこの学園に突如あらわれたのか。改めて言われてみると何か陰謀めいたものを感じるかもしれない。
でもそうなると、もっとわけがわからない。
――あの漆黒の召喚騎の主の声と、アキ君の声が似ているのは、ただの偶然?
――それとも……。
頭の中で考えを巡らせていると、格納庫の一角で騒ぎが起きていることに私たちは気づいた。
「納得できません!!」
大声を上げているのは人だかりの中の中心にいる三人。
そのうちの一人は先ほどの騒ぎで魔族を打ち取り損ねたメイ先輩だ。彼女は入学前の校内見学で案内をしてくれたこともあって見覚えがあった。瑠璃色のつややかな長い髪と人並外れたその美貌は一度見たら忘れることはないだろう。
彼女と言い争いをしているのは遠めでもわかる筋肉を持った屈強な人だった。
一瞬男性かと思ったが、豊かな胸のふくらみと燃えるような赤いショートヘアが似合う美貌から、それが誤った認識だと気づかされる。
そして赤髪の彼女にも見覚えがあった。紅の焔竜寮の寮長であるグレーシュ・フェデリ先輩だ。メイ先輩と同様に校内見学の案内をしてくれていた。
となると、二人に挟まれるように佇む少女、ウェーブのかかったまばゆい金色の髪とお人形さんのような可愛らしさを持った彼女は恐らく、黄金の雷蹄寮の寮長であるラーナ・デクストン先輩なのだろう。彼女は校内見学のときにいなかったので、あくまで予想ではあるが。
「あの魔族に深手を負わせたのはわたくしなのに、どうしてその遺骸の所有権を3寮で分配しなければならないんですか!?」
言い争いの原因は、どうやら例の魔族の遺骸の処遇についてだったようだ。
精霊石を使った召喚魔法では、せいぜい精霊との融合が関の山といえる。それでも十分魔族に対抗はできるが、先ほどの戦闘からもわかるように決定打にかけるのは否めないのだ。
結果としてたどり着いた方法が、魔族を以て魔族を倒す、ということだった。召喚騎に魔族の遺骸を利用すれば、強力な魔族の霊体を召喚し融合することができるのだ。
つまり降ってわいた魔族に一番槍を与えたメイ先輩が権利を主張しているのは、はたから見たら当然にも思えた。
「確かに魔族に傷を負わせてたのは事実だろうけど、”魔族の素材はとどめを刺した者へ”っていうのはうちら三大寮のしきたりだろう? とどめを刺したやつがこの場にいないんだから、山分けするのが良い落としどころってもんじゃないか?」
「そんな横暴な!」
憤慨するメイ先輩を、グレーシュ先輩はあざ笑っている。そんな二人に比べて、ラーナ先輩はどこ吹く風といった感じだ。あまり魔族の遺骸に興味がないんだろう。
怒りに打ち震えていたメイ先輩だったが、何かを思いついたかのように今度は不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、次の寮対抗戦で私たちに勝てる自信がないからって、こんな手段で妨害してくるんですのね。焔竜の紋章は伊達だったのかしら?」
「んだとぉ?!」
先ほどとは真逆に、メイ先輩がグレーシュ先輩を煽りその喧嘩を買う形となった。まさに一触即発の状況だ。
「山分けが嫌なら、今度の対抗戦より前に召喚騎での一騎打ちで決めれば? それが一番わかりやすいんじゃない?」
金髪を指でもてあそびながら、ラーナ先輩が気だるそうに言った。
今まで我関せずを決め込んでいたはずの彼女の突然の提案が、赤と青の寮長の目に闘志の火を灯したようだった。
「ちょうどいいや、この際だからちゃんと序列を分からせてやるよ、スズメちゃん」
「その減らず口が少なくなるよう、教育して差し上げますわ、火トカゲさん」
二人の怒りとも闘志ともとれる気迫が、薄れた魔力とともに格納庫に漏れ出す。対抗戦とやらが始まる前に、先に一戦始まりそうな気配だ。
「ねぇミトラちゃん、今のってどういう意味?」
「スズメと火トカゲのことですか? あれはこの学園の悪しき伝統みたいなものというか、それぞれの寮の紋章をもじった煽り文句みたいなものですね。 ちなみに黄金の雷蹄寮は小鹿さんっていうのがあるらしいです」
「ミトラちゃん、本当にいろいろ詳しいんだね」
「兄がこの学園の3年生なので、お三方の御噂もいろいろと……、っ!」
私とミトラちゃんは先輩たちに聞こえないよう小声で話していた。
だが、刺さるような視線を感じて、私もミトナちゃんはお互い震えあがった。
「そこの新入生、小鹿じゃなくて牝鹿よ」
まさか聞かれてるとは思わず、冷や汗が首筋を伝うのを私は感じた。
先ほどはピクリとも動いていなかったラーナ先輩の人形のような表情が、不気味な笑みに変わっているのを見て私たちは何か畏怖のようなものを感じていた。
恐れ慄く私たちを後目に、三人は互いに向き合って胸に手を当て格納庫に響き渡るほどの声を上げる。
「「「紅き逆鱗と、蒼き翼と、金の八支角に誓う。われら神獣の名のもとに、不戦の約定を解く!」」」
それが、この先で起きる三大寮の争乱が始まる合図であることは、ミトナちゃんに聞くまでもなく私にもわかった。
でもこの時は気づかなかった。
それが想像以上の巨大な嵐であることに。