1章 気になるアイツは神獣使い!?
アイディア先行で書きなぐってしまいましたが、生暖かく見守ってくださいませ
「きゃああああああ!!」
突然の悲鳴に、私は体を強張らせた。
もうすぐこの学園の華やかな入学式が始まるというのに、それに不釣り合いな女子生徒の悲鳴はまだ未熟な生徒たちに不安を容易に伝播させた。
悲鳴の元に生徒たち、そして自分の目線が向く。
入学式が行われる大講堂の前の大広場に現れたのは、あまりにもその場に不釣り合いな存在だった。
それは、まるでどす黒く変色した血液にまみれた虎のようだった。
それは陽炎を帯びた炎の塊のようだった。
「魔族だ!!」
「は、早く上級生を呼んでくるんだ!!」
ーー魔族。
この世界を満たすエネルギーである魔力が人間や動物の死体に蓄積した結果、変異して生まれる存在。
魔法で繁栄してきたこの世界で、人類を襲う天敵のような存在だ。
魔族が生まれないように、人間や家畜などの遺体は都市部では必ず火葬するのが掟なため、この学園の中心であるこの大講堂前の広場で魔族が出現するのは、本来ありえないことだった。
それゆえに、入学式に来ていた新入生はもちろん、在校生にも混乱が生じていた。
生まれてしまった魔族は討伐しなければならない。
だが魔法の繁栄にともない、あふれる魔力の量も相対的に増えたためか、魔族の力も高まっていった。
それゆえに並みの兵士や魔術師程度では倒しきれない魔族も増えてきた。
そんな今、魔族を倒せる唯一の存在といえば……。
「なんでこんなところに魔族がいるのかしらないけど、朝の稽古のついでに丁度いいわね」
散り散りになる生徒たちの中から現れたのは、3メートルほどの大きな鎧を着こんだ戦士だった。
ーー融合召喚騎。
人類が英知を結集して作り上げた、対魔族用の人型兵器。
蒸気圧でゆっくりと動く、機械と魔法仕掛けの巨大な甲冑。
その壮大な外見の鎧から聞こえてきたのは、凛とした女性の声だった。
新入生たちの噂で聞いたことがある。
この学園で唯一許されている、融合召喚騎の改造を許されている三大寮の寮長の専用騎の一つ。
蒼き嵐鳥寮の寮長であるメイ・スーシェ先輩が扱う専用の青い召喚騎だ。
「まだ被害は出てないみたいだから、手早く仕留めさせてもらうわ!!」
持っているハルバードを魔族へと掲げ挑発するようにメイ先輩が叫ぶと、青い召喚騎は脚部から蒸気を吹き出し始める。
魔力が混ぜ込まれた大量の蒸気が脚部を覆うと、ふわりと青い甲冑が浮かぶ。
魔力を帯びた蒸気を媒介にした召喚術によって、精霊や召喚獣と甲冑の一部を融合し、強力な力を引き出す。
ーー故に、融合召喚騎と言われている。
メイ先輩の召喚騎は脚部に風の精霊を宿すことで、鈍重な鋼鉄の甲冑に高い機動力を生み出していると噂されている。
その青い甲冑は石造りの広場をまるで氷上のように滑りながら、物凄いスピードで黒い虎の魔族へと接近していく。
「やああああああ!!」
勢いを乗せたハルバードの横薙ぎが、魔族の左前脚を切り裂く。どす黒い血が広場に飛び散り、おどろおどろしい魔族の咆哮が学内に響き渡る。
すれ違いざまの一撃を食らわせたのち、青き甲冑は大きく弧を描いて二撃目への準備に入る。
魔族の方も同じ轍は踏まないと言わんばかりに今度は爪で迎撃しようとする。
だがそれも、青き甲冑の流水のような動きで回避されてしまう。行き場を失った魔族の爪が、広場の床を大きく抉る。
次々と繰り出される嵐のような連撃を先輩は魔族に浴びせ続けている。戦いの主導権は明らかにメイ先輩が握っていた。まもなく魔族が討伐されるようで、学生たちの混乱も落ち着きだしていた。
だが、そううまくもいかなかった。
「これで終わりよ!!」
動きが鈍くなった魔族にとどめを刺そうと、メイ先輩は真正面から突撃しようとしていた。
そこに魔族は突如大きく息を吸い込んだかと思うと、口から巨大な火球を吐き出した。
「なっ!?」
突然の攻撃に対応できなかったのか、メイ先輩はかなり無理やりな機動で火球をかわそうとする。
そのままバランスを崩したメイ先輩の召喚騎は、墜落するかのように地面を転がっていく。先ほどまで優雅に戦う青い甲冑は、一転して醜態を晒すことになったのだった。
だが、それを悠長に観察する余裕は私にはなかった。
この聖アルカディア魔法学園の青年部の入学式に参加する予定だった私に、メイ先輩がよけた火球がすさまじい勢いで迫っていたからだ。
先ほどまでの戦闘に見とれていた私は、完全に逃げ遅れていたのだ。
(に、逃げなきゃ……)
頭で考えれても、まるで体が動かない。
足がすくんで全くその場から離れられない。
ーーこのままあれに当たって燃え死んじゃうのかな。
ーーせっかくこの国で一番の学校を出て、一流の魔術師になれると思ったのにな。
ーー最後に、お母さんに、会いたかったな。
死を覚悟した私は、恐怖で固く目を閉じながら迫りくる火球に体が焼き尽くすのを待った。
だが、いつまで経っても、体を焦がす感覚はなかった。
代わりに訪れたのは体を包むような浮遊感だった。
固く閉じていた目を開くと、私は誰かに抱きかかえられていたのだった。
私はそれがすぐに、融合召喚騎だと分かった。
だがそれはメイ先輩のものとは違った。
青い甲冑は全体的に丸く重そうな印象があったのに対し、その召喚騎は闇夜のような漆黒で全身が剣のような鋭利な造形をしていた。
だがそれよりもっと、私の目を引いたものがあった。
漆黒の召喚騎の下半身と完全に融合していた、蒼白い獣の姿だ。
メイ先輩が融合していた精霊とも、帝国騎士の召喚騎が使う強力な魔族の霊とも違う姿。
それは大昔、母が私に読み聞かせた寓話に描かれた姿に似ていた。
このロアナ王国建国神話に出てくる、初代国王とともに魔族の王を打倒した狼の姿をした守護神。
「フェンリル……?」
そう。
その姿は、たかが学生如きが融合召喚することなど絶対に不可能な神獣、フェンリルそのものだった。
「怪我はないか」
神獣と融合した黒い甲冑から声が聞こえる。
男の人の声だった。
年は私とさほど変わらなそうだけど、少し低めの声が耳に心地よかった。
「あ、は、はい」
私がそう言うと、甲冑の主は優しく私を腕から下した。
「よし、ならそこから動くんじゃないぞ」
黒い召喚騎の主はそう答えると、腰に携えていた二本の片刃の直剣を引き抜く。
そこからは、一瞬の出来事だった。
融合してた神獣が体制を低くしたと思った瞬間、その場から姿を消した。
そして少しの静寂ののち、鈍く小さい音がした。
それはいつの間にか漆黒の召喚騎によって切り付けられ、一瞬のうちに落とされた魔族の首が地面に転がった音だった。
まるで糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる魔獣。
完全に静寂に包まれ広場。
そして少しののち、そこかしこから歓声が上がった。
「やったぞ!!助かった!!」
「神獣様だ!!神が俺たちを救ってくださった!!」
「すげぇ!!一体どこの騎士団の召喚騎だ!?」
熱狂を帯びた学生たちは、この広場の争乱を沈めた英雄に殺到しようとする。
だがその前に神獣を纏った漆黒の召喚騎は、大きく跳躍してどこかへと去っていった。
そこかしこで漆黒の召喚騎をたたえる声が聞こえる。
でも私、ティナ・プルトーネにとってその声は届いていない。
ーー私を救ってくれた、漆黒の騎士様。
たった二言声をかけられただけなのに、その言葉が私の耳から離れなかった。
「お礼、言いそびれちゃった……」
私は確かに、自分の頬が高揚しているのを感じていた。
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「えー、みなさんの入学を祝う華々しい祝典の前に魔族が現れたことについては、大変遺憾ではありますが講師陣が全力で原因究明に当たり、再発防止についても警備の強化をここにお約束いたします。生徒の皆様に被害が出なかったのは不幸中の幸いとも言えるものであり、えー……」
校長先生の祝辞に先ほどの事件の説明も混ざった関係で、入学式は思った以上に長引いていた。
大講堂に集められた新入生の中の数人は、すでに睡魔に負けて舟をこぎ始めている。
緊張から解放された私も、校長先生のありがたーい話の長さにだいぶ眠気を誘われていた。
そういえば、さっき校長先生は生徒に被害はなかったと言っていたけど、私の隣の席は空席になっていた。
病気で欠席になったのか、実はだれか怪我したのか。
そんなことを朧気な意識の中で考えていると、いつの間にかすぐ近くに男の人が立っていたことに気づく。
「悪いが、通してもらえるか」
その人は式典の邪魔にならない声の大きさで私に語り掛けてきた。
一瞬思考が止まっていたが、つまりこの人がこの空席に座る予定の人だと理解した。
「あ、すみません」
私はあまり目立たないように身を丸め、その男の人を通した。
静かに隣に座った男の人を改めて観察してみる。
短く切られた黒い髪に、目立つところはないが整った顔立ち。
そしてみるものを吸い込むような、湖のように澄んだ青い瞳。
私が彼に目を奪われていると、彼は静かに笑った。
「俺の顔なんかより、校長の祝辞をちゃんと聞いたほうがいいんじゃないか?」
急に彼に指摘されて、私は恥ずかしくなって顔をそむけた。
(な、なにもそんな嫌味っぽくいわなくても……)
そう思っていると、私はとあることに気づいた。
ーーこの声、聴いたことある。
ーーそう、それもつい最近。
頭の中の記憶を手繰り寄せて、ようやく気付いた。
「え……?ええええええええええええええええ!?」
思わず絶叫する私に入学式にいる生徒や先生全員の視線が向く。
あまりに恥ずかしくなって縮こまる私をみて、彼は怪訝な顔をしていた。
――この隣の彼と、先ほど私を助けてくれた漆黒の騎士様。
――その声が、似ているのだ。
(この人が、漆黒の騎士様!?)
さっきよりもっとまじまじと彼を見てしまったからか、今度は彼がバツの悪そうな顔をしていた。
「俺が君に何かしたかな……?」
「い、いえ別に……」
あまりに恥ずかしくなって、今度は一切顔が見れなくなってしまった。
「あ、貴方の、名前は……?」
恐る恐る聞いてみると男は頭を掻きながら答えた。
「アキ。アキ・ガーフィールド。君は?」
「……ティナ・プルトーネです」
「ティナか、よろしく」
まだ式典の最中ながら、彼はそう言って握手を求めてきたのだった。