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粟立つ恋  作者: 猫殿
7/10

7 ストーカー


 「じゃあねー!お疲れ様!」


 ジーンが私に大きく手を振った。仕事が終わり自分の部屋がある棟まで王宮書庫から歩く。冬が近づいているので日が暮れるのが早い。定時で仕事を終えてもすっかり外は暗くなっている。

 

 王宮の敷地内なので特に危ないことはないが、必然的に歩く速度が上がった。


 外に設置してある廊下に私の足音がコツコツと響く。いつも利用している道だ。普段すれ違う人も自然と同じ顔ぶれだ。仕事が終わったのだろうその人たちとすれ違うたびに軽く会釈をする。


 今日の夕食は何にしようか。ボーッと考えながら歩いていると後ろから足音が聞こえた。重い靴音からして男の人だろう。普段この時間に同じ方向に歩く人はいない。


 気にしないようにしようと思うが、私が曲がるたびに同じ道をついてくるような気がする。


 まさか、私の後をつける人などいないだろう。そう思ったが、だんだん恐怖が胸を支配する。


 不自然に見えない程度に足を早める。後ろの足音も私に合わせるようにスピードを上げた。完全につけられている。


 私は思い切って後ろを振り返った。顔を見てしまえば、逃げられても上に報告することが出来る。だが振り返った先には人影一つ見つけられなかった。


 一気に体が冷えてしまい、私は走って自室に飛び込んだ。普通なら家を知られないように遠回りする所なのだろうが、ここは王宮敷地内だ。ここに居ると言うことは相手は王宮関係者。私の自室などとっくにバレている。


 次の日の仕事は寝不足で行くことになった。




******



 「ストーカー?」

 「まだ決まったわけじゃないけど、気味が悪くて」

 「どうする、上に報告したら部屋を変えてもらえるんじゃない?」

 「でも王宮関係者だったらそんなの意味ないわよ」

 「それもそうね。報告して異動なんてことにもなるかも……」

 「それは嫌!せっかくここで働くことにも慣れてきたのに……それにジーンと離れたくないわ」

 「あら可愛いこと言うのね」


 ジーンがニヤリと笑った。普段軽口を言っているジーナだが心から心配してくれているのが分かる。


 「こんにちは」

 「あ、アクランドさん。こんにちは。良いところに」

 「良いところ?」

 

 嫌な予感がする。また本を借りに来たテイオにジーンが小声で何やら話している。


 「えっ、ストーカー!?」

 「しー、声が大きいですアクランドさん」


 ジーンは他に聞かれていないかと周りをキョロキョロ見渡した。


 「アラベラ、大丈夫なのかい?何かされたり……」

 「いや、まだ確信があるわけじゃないのよ」


 心配気にしているが、怒りに手を握りしめたのか彼の腕がギチギチ鳴っている。その音が自分の骨に響く気がして眉間に皺が寄る。


 「誰かと一緒に帰ることはできないの?」

 「ジーンは方向が違うし……」

 

 私を送った帰り道でジーンが襲われてしまっては本末転倒だ。

 

 「アクランドさんが送ってあげれば良いんじゃないですか?」

 「「えっ」」

 

 私とテイオの声が綺麗にハモる。


 「それは、テイオにも迷惑だし……」

 「いや、僕なら全然大丈夫。時間を教えてくれれば部屋まで送るよ」

 「だってアラベラ」


 2人の期待に満ちた目で見られてしまい、断ることが出来ない。


 「そ、それなら……頼もう、かな」

 「うん、安全に送り届けるよ」


 その日からテイオが私の仕事の終わりを待って送ってくれるようになった。彼の仕事が遅い日もあると思うのだが、なぜかテイオはいつも先に王宮書庫まで来て私を待っている。


 「ねぇ、いつも仕事が終わるのが早いけど、残業とかないの?」


 隣を歩くテイオに尋ねる。文官は特に忙しいと聞いたことがあるのだ。


 「大丈夫。全部終わらせてから来てるから。誰も文句言わないよ」


 彼が優秀なのを忘れていた。きっと他の文官はヒイヒイ言いながら仕事している所を涼しい顔で帰宅しているのだろう。だが彼なら他の職員の分まで手伝いそうなものだが。


 「私を送るようになってから仕事を早めに切り上げてるの?」

 「それは……内緒」


 きっと私の予想は合っている。だが私が気にしないように黙ってくれている。


 「テイオ……ありがとね」

 「どういたしまして」


 夜で薄暗いので彼の姿ははっきりとは見えない。彼に慣れる良い機会かもしれない。私は目を凝らして彼の体を眺めていた。小さい尻尾は今はゆっくりと左右に揺れている。機嫌が良いのだろうか。下半身はどんな感触がするんだろう。乾いたナメクジのような見た目の通り、少しざらついているだろうか。


 昔よりだいぶ彼の姿に慣れてきた気がする。


 ただ、問題は虫のような腕だ。あれに慣れる日が来るのか。


 「じゃぁ、また明日ね」


 部屋の前で別れる。嬉しそうに帰っていく彼の背中に罪悪感が湧いてくる。優しい彼をまたこんな形で、利用するようなことをして。彼に同じほどの愛を返せるわけじゃないのに。


 ごめんね。心の中でテイオに謝りながら私は眠りについた。


ありがとうございました!

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