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粟立つ恋  作者: 猫殿
6/10

6 スイーツ


 「ケネスさんがおすすめしてくれたスイーツ店行こうよ!」


 休みが被ったジーンに誘われ、私たちはケネスさんが言っていた噴水近くに新しく出たお店に来ていた。


 「これ美味しい!」

 「ね、人気なのも頷けるわ」


 何十分か並びようやく入れたお店で薄く焼いた生地に包まれたスイーツに舌鼓を打つ。生地は薄いのだが何枚も重ねられていて、中には甘さ控えめのクリームとたくさんのスイーツが入っている。


 「アクランドさんも連れてくれば良かったわね」

 「なっ、何でよ」

 「絶対彼なら喜んでついてくるでしょ」

 「私はあの人と来たくないし」

 「まだアクランドさんのことが怖いの?」

 「……学生の頃よりはマシになってきた、けど……」

 「まだまだ伸び代があるってことね!」


 よく分からない喜び方をしているジーンを置いておいて私は黙々とスイーツを食べ続ける。


 「あんなに愛されてるのに、なんで拒否するわけ?」

 「だって……」

 「まぁ怖いのはわかったわ。でもそれならいっそ完全に断ったら良いじゃない」


 痛い所を突かれてしまった。


 「それは、その、彼が良い人だって言うのは私もわかるの。それが分かるが故に心苦しくて……」

 「いっそ嫌な人だったら良かったって?」

 「う……どっちつかずの態度の方が傷つけちゃうかしら……」


 優しすぎるほど優しい彼を傷つけてしまうのが申し訳なくてこれまで関係をなぁなぁにしていたが、そろそろ本気で拒否した方がお互いのためなのかもしれない。私が彼のことを好きになる可能性も低いのだ。いっそ拒絶してしまおうか。


 「それも一つの手ね。でも私にはあなたが本当に彼を嫌っている様には見えないのよ。それならちょっとでも希望があるんじゃ無いかしら」

 「希望、ね……」


 何を希望と呼ぶのかは到底分からないが、私が彼を嫌っていないという所は合っていて間違っている。彼の中身を嫌っているわけでは無いのだ。ただ、見た目がアレなだけで。


 「おや、こんなところで会うとは」

 「え、アクランドさん!」

 「えっ」


 ジーンが見つめる先には今し方話題になっていた彼が立っていた。タイミングが良すぎて怖くなってしまう。


 「こんにちは。アクランドさんも気になって食べに来たんですか?」

 「こんにちは。はい。友人に誘われて」


 そう言う彼の隣には、金髪を短く刈り上げた男性が立っていた。理知的な瞳が魅力的な人だ。


 「こんにちは。テイオの同僚のマシューです」

 「やだ、私もいるわよ〜」


 2人の後ろには女性がいたようで、2人の肩を割るように姿を表した。


 「エリナよ、よろしくね」


 エリナさんは長い黒髪を美しく纏めている大人の女性という感じだ。色気がダダ漏れている。


 「王宮書庫で働いているアラベラと申します。よろしくお願いします」

 「同じく同僚のジーンです」


 皆んな思い思いにぺこりと礼をする。


 「さ、挨拶も終わったところで私たちも食べましょう」


 エリナが2人の腕を引き別の席へと連れて行こうとしたが、テイオはなぜかこちらを見て何か言いたげだ。


 「あの、よろしかったら私たちと食べますか?」


 ジーンの言葉に絶句してしまう。


 「ちょ……皆さんも同僚同士で楽しみたいでしょ」

 「良いじゃない、せっかくなんだし」


 笑顔でジーンを責めるが彼女は引き下がる気はないらしい。


 「どうする?テイオ」


 マシューがテイオに尋ねる。


 「そうだね。せっかくだし同席させてもらおうか」

 「ちょっとテイオ」


 エリナは少し嫌そうにしていたが、マシューとテイオが私たちの隣に座ってはもう2人に従わざるを得ない。


 「一緒に食事をするのはこの前のレストラン以来だね」


 ニコニコとテイオに話しかけられるが、なぜ彼が私の隣に座っているのか。エリナがこちらを睨んでいるのも居心地が悪すぎる。


 「え、えぇそうね」

 「今度また違うところに食べに行かない?良いお店を知ってるんだ」

 「おいおいテイオ。こんな所でナンパするなよ。普段の冷静沈着なアクランド様はどこ行った」

 「な、ナンパじゃないよ。ただ誘ってるだけ」

 

 きっと普通の人間に誘われていたら嬉しくて舞い上がってしまう所だが、私の両足はしっかりと地面に付いている。むしろめり込んでしまいそうだ。隣の彼の腕が私に触れそうでそればかり気になってしまう。先ほどまで美味しかったスイーツの味が今は全くしない。


 「えーと……そうね……機会があれば」

 「本当?じゃあまた予定を合わせて行こう」


 ジーンが今すぐ予定を取り付けろと目で訴えているのが分かる。それか、嫌なら断れと。やはり、はっきりと拒否するべきなのだ。生殺しにするのが一番酷い。


 「あ、あのねテイオ」

 「君と食べる食事は何倍も美味しいんだ。嬉しいな、また2人で出かけられるなんて」

 「うっ」


 そんなに嬉しそうにされては、やっぱり行けませんとは言えない。はっきりと断れない自分が憎い。彼の口の中が見えてしまいそうになり俯くと、彼の小さな尻尾が揺れていた。ご機嫌だと揺れるのか。というか、尻尾があったのか。ズボンからちょこんと出ている尻尾が何だか嬉しい時の犬のようだ。


 「アラベラ?大丈夫?」

 「お前にそんなこと言われて照れない女性はいないだろ。そっとしといてやれ」


 マシューの的外れな助言でテイオは照れている。

 

 「テイオってもしかして、そういう子がタイプなの?」


 エリナのツンとした声が和やかだった場の空気をピシリと固めた。ジーンがエリナを睨む。


 「エリナ。アラベラは僕の大事な人だ。そう言う言い方はやめてくれ」


 聞いたことのない厳しい声に心臓がどきりと跳ねる。いつもは柔らかい口調とこの見た目なので意識したことがなかったが、彼も大人の男性なのだ。


 「な、何よ。聞いただけじゃない」


 エリナはテイオに怒られたことがショックだったようで涙目だ。


 「ごめんアラベラ。せっかく2人で楽しんでたのに邪魔しちゃったね。僕らはもう帰るよ」

 「2人ともごめんな」


 テイオとマシューはしょんぼりしているエリナを連れ店を後にした。


 「あんなに美人が近くにいるのにアラベラに夢中とは、あれは本物ね」


 静かになったところにジーンが感心したようにつぶやく。


 「本物って何よ」


 やれやれ、と残っていたスイーツを頬張る。


 「あんたがあれを完全に拒否できないのも分かるって話よ。あれだけ想われてたらそりゃあ悪い気もしないわね。例えイケメンじゃなくても絆されるわよ」

 「イケメンじゃなくても……ね」


 人間でさえないのだが、それは言わないでおこう。


 スイーツを食べながら先ほどの会話を何度も反芻してしまう。大事な人。なんで彼は私のことをそこまで想ってくれるのだろう。何度も考えているが全く思い当たる節がない。


 「もう少し……歩み寄ってみても良いのかな……」


 私だけしんみりとした空気でその日は解散となった。


ありがとうございました!

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