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粟立つ恋  作者: 猫殿
5/10

5 食事


 「こんにちは」

 「あ、アクランドさん!こんにちは!」

 「こ、こんにちは」

 

 今日もテイオが書庫へやって来た。何だかもじもじしている気がする。


 「ジーンさん、この本をお願いします」

 「はい、かしこまりました」


 リストを受け取ったジーンが奥へパタパタと駆けていく。


 「アラベラには返却を頼んでも良いかな?」

 「えぇ」


 彼が渡してくる本を見るが、机に置く様子がない。ここで受け取らないのは流石に不自然だろうか。彼も彼で私が受け取るのを待っているようだ。


 「い、今返却のリストを確認するわね」


 恐る恐る受け取る。彼の指先、足先?が私の手に触れた。


 「きゃっ」


 勢いよく手を引っ込めたので本がカウンターにパタンと落ちてしまった。


 「あ、あの、ごめんなさい」


 慌てて本を取り手元に引き寄せる。流石に不自然だと思われてしまっただろうか。だが彼の目はなぜか優しげだ。優しい、と思う。


 「ふふ、こちらこそごめんね」


 なぜか穏やかに微笑んでいる。頭の中で今の状況を人間で考えてみた。カッコいい人の手に触れてしまい驚いて手を引っ込める女。どう見てもいじらしい女ではないか。


 嬉しそうなテイオに私は頭を抱えたくなった。そんなつもりではないのに彼を喜ばせてしまったことが嫌なのもあったが罪悪感も覚えてしまう。


 「お待たせしました」

 

 ジーンが帰ってきて彼に本を渡す。


 「ありがとうございます。あの、アラベラ」

 「は、はい」

 「君が婚約を破棄されてそう言う気分になれないのは分かっているんだけど、その、どうかな、今度2人で食事でも」

 「はっ、え、あの」


 なんと答えたら良いのか分からない。あたふたとしていると隣のジーンと目が合った。


 何としてでも行け。と目が訴えている。


 どうしよう、絶対に行きたくない。だけど私は彼に対して何度も嘘をついてしまっている。その罪悪感が誘いを断ることにブレーキをかけている。

 

 「あ、えっと……今度の休みでよければ……」


 あぁ、言ってしまった。


 「本当に!?嬉しいよ!」


 口を大きく開けて喜んでいる。喜ばれたことに悪い気はしないのだが、その大きく開けた口から覗く触手たちを見ると複雑な気分だ。彼と食事をとることが本当にできるのだろうか。


 彼は私の今度の休みをきちんと確認してから書庫を去った。


 「やったじゃないアラベラ!」

 「もう嫌……」


 どちらが食事に誘われたのか分からなくなるほどジーンと私の様子はチグハグだった。


 


 ******




 「やあアラベラ」

 「こんばんは、テイオ……」

 

 テイオは王宮から近いレストランを予約していた。なので、王宮で待ち合わせをしてそこから歩いて行くことにしたのだが。歩くたびに私が離れて行くのでその度にテイオは私の元へ近づいてくる。一緒に食事をするので近くを歩くのは当たり前なのだが、どうしても歩くたびに揺れる彼の腕の軋みが気になってしまう。


 「アラベラ、気分が悪い?」


 彼に心配されてしまった。


 「い、いえ、大丈夫よ」

 「そう?それなら良かった」


 魔術治療院の先生が言っていた通り、彼に歩み寄った方が良いのだろうか。私は少しでも慣れてみよう、と隣を歩くテイオを積極的に見るようにした。


 「アラベラ、その、そんなに見られたら緊張してしまうよ」

 「えっ、あ、ごめんなさいそんなつもりじゃ……」


 これでは正に素直になれない恥じらう乙女ではないか。


 「まぁ君に見られるなら嫌じゃないけど」


 クックッと彼が肩を揺らす。


 なぜそんなに私に好意を持っているのかが分からない。直接聞けば答えてくれるのだろうか。


 「さぁ、着いたよ」


 彼が予約したレストランはとても上品で、私だ居るのは場違いのような気がした。しかし、目の前にはさらに場違いな存在が。


 まるで夢の中にいるようだ。素敵なレストランで美味しい食事をしているが、向かいに座る相手は魔物。夢なら良かったのに。


 「美味しいね」


 ご機嫌にそう言われても、料理の味など分からない。粗相をしてしまわないように意識しすぎて手が震える。


 「え、えぇ、美味しいわ」

 「アラベラは卒業してすぐに王宮書庫に勤めてるの?」

 「そうね、元々知り合いに誘われていたし、私も本が好きだったから」

 

 初めて彼としっかりと会話をしているかもしれない。雑談をしていると気が紛れるのでありがたい。


 「そうなんだ。僕は卒業して一年は他所で文官をしてたんだけど、王宮に来ないかって言われて」

 「学園でも成績トップだったものね」

 「え、アラベラ知ってたの?」


 嬉しそうにこちらを見られて思わず顔を逸らす。


 「が、学園全員が知ってたわよ」

 「君が知っててくれてたとは思わなかった、その、僕君に嫌われてると思ってたから」

 

 学園生活でテイオと会話していたのは最初の一年ほどだ。それ以降一切会話はなかった。卒業の時を除いて。それも無理やり婚約者がいると嘘をついて突っぱねた。嫌われていたと思っていても無理はない。


 「嫌い、とう訳では……」


 彼の性格が嫌いな訳ではないのだ。ただ彼の見た目が生理的に受け付けられないだけで。


 「そう?良かった。君が女子たちに何か言われているのを見た時、僕は自分を責めたんだ。軽率なことをしてしまったって」

 「あれはあなたのせいじゃないわよ。女子の精神年齢が低かっただけ」


 実際大したいじめもされていなかったのだ。それに、彼のせいではないのは私もわかっていた。


 「君は……本当に素敵な人だね」


 突然の彼の甘い言葉に渋い顔をしてしまう。何と返せば良いのか分からない。


 「あの、ずっと疑問だったのだけど……」


 もう思い切って聞いてしまおう。


 「その、勘違いだったら申し訳ないんだけど、なんで貴方は私をそんなに……好いてくれるの?」


 純粋な疑問だ。会ったこともない人、いや魔物に好かれる原因など全く思い当たらない。


 「そ、それは……」


 彼が恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く。


 「いや、それは内緒にしておくよ。言ったら君はきっとびっくりするだろうから」

 「そう……」


 もう魔物だとバレているのだから私に内緒にするようなことなど無いと思ったが、それを彼に伝える勇気はまだ出なかった。


 「でも、僕が君を好きだと言うのはその通りだよ。何だか逆に言われてしまったみたいで悔しいけど、僕は君が好きだ」


 セリフだけで聞けばとても素敵な告白だが、目の前にいるのは腕をギチチと鳴らしている魔物だ。


 「えっと、テイオ、私……その」

 「君が僕を好いていないのは知ってるよ。だけど、僕は諦めるつもりは無いから。でももし、本当に君が嫌だと思ったらそう言って。君を傷つけたくはない」

 

 真剣な目で見られては無碍に断ることも出来ない。彼の中身がとても好ましいのはその通りなのだ。外見だけで忌避している自分がだんだんと情けなくなってくる。


 「私……貴方を好きになれるかは分からない、けど……あなたの行動を制限する権利は私にはないわ」

 「っ……ありがとうアラベラ」


 ニコリと微笑む彼の口の中が見えた。2人はまた食事を再開する。


 初めて彼が何かを食べている所を近くで見たが、触手が器用に食べ物を包み込んで喉奥に運んでいる。気持ち悪いと思うと同時に、何だか便利なような気がしてつい見入ってしまう。


 先生に言われた通りに彼に歩み寄るべきなのだろうか。


 帰り道、私は行きと比べて数センチほど彼の近くを歩いた。



******



 「で、どうだったのよデートは!」

 「どうもしないわよ」

 「何かはあったでしょ!何も無いはずないわ。あんなにイケメンとデートしておきながら」

 「何もなかったってば」

 「えぇ〜〜私だったらキスの一つでもするのに」

 「ジーンはテイオのことが好きなの?」

 「いや?」


 ジーンの節操のなさに呆れてしまう。


 「テイオさんはあなたのことしか見てないじゃない。私の入る隙は無いわ」


 顔はかっこいいけど、とぼそっと呟くジーンを横目で睨む。やはり少しは狙っていたんじゃないか。もしかしたらテイオとジーンが上手く行くのではと淡い期待を持ったが、テイオとジーンの態度を見ていたらそれも難しい。


 「こんにちは」


 噂をしていたら彼だ。


 「こんにちはテイオさん!」

 「こんにちは……」


 先日の食事を思い出してしまい気まずい。


 「この前はありがとう、良い夜を過ごせたよ」

 「い、いえ。こちらこをありがとう。良いレストランだったわ」


 味は覚えていないのでそこに言及することは出来ない。


 「今日は本を借りたかったんだけどリストの紙が無くなってしまって」

 「はい、じゃあこちらをどうぞ。記入もこちらでお願いします」


 ジーンがテキパキと手続きを進めていく。聞きたいことが沢山あるだろうにグッと我慢しているようだ。


 「あれ、そのペン」

 「ん、これ?」


 彼が胸元から出したペンは学園でも使っているのを見たような気がする。


 「ずっと使ってるの?」

 「友達がプレゼントしてくれたんだ。大事なものだから修理しつつ使ってる」

 「そう……」


 虫の様な指で器用にリストに文字を書いていく。


 彼の見た目が魔物だとしても、彼はずっと人間として色々な人と関わって関係を築いてきているのだと、私は改めて実感していた。


 カウンター越しの距離なら学生の時の様に吐いてしまうことも無くなってきている。このまま順調に慣れていけば。


 私が彼の見た目に慣れて、どうなるんだろう?


 自分はこれから彼とどうなりたいのか、彼の愛に応えたいのか自分でも分からなくなり頭がこんがらがってきた。


 「こんにちはお嬢ちゃんたち」

 「あ、ケネスさん。こんにちは」


 ケネスさんの登場で思考は中断された。テイオの対応はジーンがしてくれているので任せよう。


 「この前言ってたスイーツ屋さんには行ってみた?」

 「まだ行けてないんです」

 「それは残念だ。今度おじさんが連れて行ってあげようか?」

 「まぁ、それは楽しみです」


 お世辞に笑顔で返す。横からテイオが睨んできている気がするが、見ないふりだ。


 「ありがとうございました。アラベラも、またね」


 私の名前を強調してテイオが仕事に戻っていく。


 「おや、牽制されちゃったかな?」

 

 ケネスさんが愉快そうに、去っていくテイオを眺めていた。


 「すみません」


 なぜだか謝ってしまう。別に私のせいでは無いのだが。


 「アラベラちゃんが謝ることじゃ無いでしょ。それじゃ俺も仕事に戻ろうかな」

 

 ケネスさんはまたね、と私の頭をポンポンと軽く撫でて足取り軽く去っていく。男の人に触られるのに慣れていないこともあるが、なぜか彼に触れられた途端背中がブワッと粟立った。ブルリとその気持ち悪さを振り払うように体を振るわせる。


 「アラベラ、どうしたの?」

 「う、ううん。何でもない」


 ケネスさんが特に何も考えずに私に触れたのはわかったが、結婚していない男女が、ましてや職員と利用者の距離感にしては近すぎる。


 私は撫でられた感覚を払うように髪を手櫛で整え仕事に戻った。

ありがとうございました!

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