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粟立つ恋  作者: 猫殿
2/10

2 体調不良


 「アラベラ!一緒の班だね」


 私を狙うテイオはとことんしつこい。タルラの妨害が及ばないところでは嬉々として私に話しかけてくるのだ。


 「よ、よろしくお願いします」


 授業の課題でまさか同じ班になってしまった。タルラは違う班だ。恨めしくてつい彼女を睨んでしまうが、向こうもこちらを睨んでいた。可能なら班を交換したかったのだが、この授業の先生はそう言うのを許さない。


 「敬語はやめてって言っただろ?緊張してるの?」

 「緊張、してる……かな」


 最近はタルラが引き止めてくれていたので彼と話すのは久しぶりだ。それに、近くで見るのも。横長の机に班になった数人が固まって座っているのだが、なぜか私の隣にはテイオが座っている。彼が笑うたびに私は目を背ける。あの口の中のウゾウゾを想像しただけで気分が悪くなってしまう。下を向くと、彼の下半身が目に入った。


 トカゲのような形をしていると思っていたのだが、よく見ると乾いたナメクジの体表に似ている。この国で見る、人の腕より大きいあのナメクジだ。ぬるぬるしていない分まだマシだが、どんどん気分が悪くなってきた。


 「アラベラ、大丈夫?顔色が悪いみたいだけど」


 テイオに顔を覗き込まれ、私は目をぎゅっとつぶった。このままではお昼に食べたものを吐き出してしまう。それだけは嫌だ。


 「先生、アラベラの体調が悪そうなので保健室に連れていっても良いですか?」

 「ん?大丈夫か?1人で歩けなさそうならアクランドに連れていってもらいなさい」


 優しげな先生の言葉が憎らしい。


 「あ、あの……1人で……行けます」

 「でも顔が真っ青だよ?」


 お前のせいだ、とは言えないので無言で首を振る。側にいられると余計に具合が悪くなってしまう。


 何も言わずに席を立ち1人で廊下を保健室まで歩いた。廊下には涼しい風が吹いていて気持ちいい。吐き気も治ってきたようだ。


 「アラベラ!」


 背後からペタペタと足音がする。お願いだから来ないでくれ。そう願うが、細かい毛が生えた手が私の肩に触れた。


 「ねぇ、やっぱり僕が着いてくよ」

 「お、おねが……うぷっ」


 お願いだから離れてくれ、と言い切る前に私はテイオの足元に盛大に全てを吐き出した。




******




 「アラベラ。アラベラ?」


 優しい声が聞こえる。あぁ、私具合が悪くなって、それで……。


 そこまで思い出して私は瞼をパチリと開いた。横たわっているベッドの脇には案の定テイオが心配そうに立っている。心配そうな顔かどうかは判別がつかないが。


 また吐いてはたまらない、と掛け布団を勢いよく頭の上まで被った。


 「もう大丈夫そうだね。それじゃあ僕は先に教室に戻るから。お大事にね」


 私の返事も聞かずに彼は保健室を出て教室へ戻っていく。足音が遠ざかっていくのを確認して体を起こした。胸元を見下ろすと、先ほどまで着ていた制服ではない。保健室に置いてある清潔な着替えだ。


 もしや、あの魔物が私の服を!?と焦り始めた私にのんびりとした声がかけられた。


 「あら、もう元気そうねぇ」

 「あ……はい」


 保健室の先生だ。おっとりとした女性で、生徒たちはよくこの保健室に来てはこの先生とのんびり雑談をしている。


 「あの子が抱えて来てくれたのよ」

 「は、はぁ……」

 「安心して、着替えさせたのは私だから」

 

 と、お茶目にウインクされた。


 疑ってしまったことに少し罪悪感を覚えるが、彼に抱えられたという事実が私の体を震わせる。想像しただけで鳥肌が止まらない。彼の腕の感覚を覚えているわけではなかったが、彼の細かい毛が自分の腕についているような感覚がして私はしきりに腕をさすった。



******




 今日もテイオはめげることなく私に話しかけてくる。朝の授業が始まる前の教室で、彼は私の前に立っていた。タルラは少し離れた所で友達と話しているようだ。なぜ助けてくれない。


 「アラベラ、体調は大丈夫?」


 絶賛あなたのお陰で急降下している。


 「え、えぇ、大丈夫。その、昨日はごめんなさい」


 魔物相手でも、失態には謝らなければいけないだろう。 


 「ううん、全然大丈夫だから謝らないで。というか、謝られるより、ありがとうって言われた方が嬉しいかな」


 何だか照れたように頬をポリポリと掻いているようだが、そんな姿も見ていられずに目を逸らしてしまった。お礼を言わなければいけないのはわかっているのに、彼の目を見ることさえできない。きっと親に見られたら叱られてしまうこと間違いなしだ。


 「あ、ありがとう……それじゃ」


 聞こえるか聞こえないか定かではない声量で短く伝え彼の前から足早に立ち去ってしまった。


 流石の私でも薄々分かっている。彼は悪い奴ではない。誰にでも優しくて、差別をせずに全員に平等だ。それは分かっているのだが、どうしても彼の見た目には慣れることが出来ない。それに、なぜ私に積極的に話しかけてくるのか分からない所がまた恐怖を増大させていた。


 午後1人で廊下を歩いていると、向こうからタルラ達が歩いてくるのが見えた。明らかに怒っていて既に私を睨みつけている。


 「アラベラ様!」

 「は、はい」

 「今朝のあなたの態度は何なんですの!?」

 「え、今朝のと言うと……?」

 「あなたのアクランド様に対する言動です!あんなに心配してくださってるのに、あなたの態度は失礼なのではなくって?」

 「お、おっしゃる通りです……」


 返す言葉もないとはこの事だ。


 廊下を通る生徒たちの目が痛い。チラリと廊下の先を見ると、テイオがこちらを見ていた。何やらショックそうな顔をしている、ように見える。


 「これ以上アクランド様を無碍にするようなことをしてみなさい!私本気で貴方に注意せざるを得ませんわよ!」


 フン!と息を大きく吐いてタルラは大股で私の横を通り過ぎていった。


 後からテイオもこちらへ歩いてくる。


 「あの、アラベラ……本当にごめん」


 苦しげに告げられ、彼は去っていく。何を謝られたのかは分からないが、その日からテイオが私に話しかけてくることはなかった。


ありがとうございました!

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