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9話



クリスは宣言通り、鈴香に小一時間説教をした。内容は鈴香の軽率な行動と自らを貶める言動についてだ。かなりご立腹だったようだ。彼は怒りに任せて怒鳴ることは決してしないが、淡々と静かな口調で詰め寄られる方が余程怖いのだと、嫌でも理解させられる。


「相手がわたしだからまだ良かったけど、他の男相手に同じことしたらあっという間に食べられてるわよ。危機感を持ちなさい。男は皆狼なのよ」


「…私を襲う人なんていませんよ。不細工で陰気で、身体しか取り柄のない女なんて」


「ん?不細工?陰気?身体しか取り柄がない?誰がですって?」


言いつけを破り反論したからかクリスの声音が数段低くなり、威圧感を纏う。


「…私が、です」


「はぁぁぁぁぁぁ?何処の馬鹿よそんな戯言ほざくのは!目が腐ってるんじゃないの!?」


ドスの効いた声で凄むオネェの迫力は凄く、自分に向けられた怒りではないのにビリビリと身体が痺れる。ひぇ、と怯えて縮こまった鈴香に気づいたクリスがハッとするとコホンと咳払いをした。


「…わたしね、察していたわよ。スズカの自己肯定感が著しく低くて自分を卑下してることも、死にたがってることも」


さらりと告げられた事実に鈴香は驚かなかった。何となく、予想していたからだ。


「わたしもレイラも、スズカの立場になったらって考えた。偉そうに生きろ、死ぬのは辞めろって説教されたら、寧ろ鬱陶しくて逆効果かと思って何も言わなかったわ。時間がかかっても、スズカの傷が癒えるのを待つ方が良いと考えたの。()()()()()()()()()()の深い傷、何年何十年かかるかは分からないけれど、とにかく美味しいものを食べさせて敵の居ない環境、スズカの好きなものを集めて好きなものに囲まれた空間を作って…わたしのやり方が合っているかは正直分からなかったけど、最初は死んだ目をしていたスズカの目に光が戻っていく様子を見るのが嬉しかったわ」


「…知ってたんですか、私が…向こうで死のうとしたこと」


「知っていたというか…迷いびとはね、皆自ら命を絶とうとした者ばかりなのよ」


そう告げられた新事実に鈴香は衝撃で瞠目した。


「わたしは他の迷いびとの詳しい事情は知らない。彼らは全員、死のうとしたのに気づいたら知らない世界に来たと証言してるから、これだけは確かな事実よ。だから…スズカの部屋のぬいぐるみにちょっとした仕掛け…スズカの身に危険が及んだ時にわたしやレイラ、スズカの世話を担当する侍女や護衛騎士に連絡がいくようにしていたの。すぐに駆けつけられたのは()()のおかげ。もし間に合わなかったら彼らが止めてくれるように準備はしてた。監視してるみたいで、気持ち悪いわよね」


クリスの端正な顔が苦しげに歪む。スズカのため、という大義名分があったとはいえ自分の行為に罪悪感を覚えているようだ。スズカは首を横に振った。


「気持ち悪くないです。私が死なないためなんですよね。あの子達が居なかったら、今頃本当にあの世に行ってたかも」


あはは、と軽い口調でで重い雰囲気をどうにかしようとしたが、クリスは硬い表情のままだ。


「笑えない冗談だわ」


どうやら失敗してしまったらしい。もう、ここまで来てしまったら隠しておくことも難しい。クリスは大まかな事情は把握してるようだから、今なら話しても大丈夫かもしれない。彼は鈴香の味方で居てくれる、という絶対的な確信があった。


「…私、この数ヶ月が今まで生きて来た中で1番幸せだったんです。誰も私を見下さない、蔑まないし理不尽に罵倒しない、私の尊厳を奪おうとしないし道具みたいに利用しない。幸せだったから、いつか終わるのが怖くて、だから自分の手で終わらせたかった。幸せのまま死にたかったんです」


死にたいと言った瞬間、クリスの顔が悲痛に歪む。そんな顔をさせてしまっていることに、胸が張り裂けそうなほど痛んだ。でも、今の鈴香を形作った経緯を知ってもらうために事実を誤魔化すことは出来ない。


「…スズカは自分が幸せであることが怖いのね。でもね、わたしはスズカの言う『幸せな時間』を終わらせるつもりは全くないわ。わたしの方から無理矢理頼み込んでおいて、出て行けなんて絶対言わない。スズカがどうしてもわたしと同じ邸に居たくないと思うのなら、仕方がないけれど…そうじゃないでしょ?」


優しい声音で紡がれるクリスの問いに鈴香は無意識のうちに頷いていた。クリスは鈴香が胸の奥に押し込めていた本心に、気づいていたのだろう。鈴香はクリスが、レイラが、皆が居る邸から出て行きたいなんて思っていない。このまま居候という立場に甘んじるのが心苦しいから、仕事を紹介してもらい世話になっている対価を支払うという形を望んでいた。しかし、鈴香は己の望みを叶えてもらったことがほぼ無い。些細な願いですら聞き届けられなかった。こちらに来てから些細な願いを口に出来るようになったが、今までの経験が、記憶が邪魔をする。自分の望みを口に出すこと自体、大それたことなのだと思うようになってしまった。でも、今は。


「…私、出来ればここに居たい、です。でも居候の立場のままなのは申し訳ないので、働きたいと思ってます。私に出来る仕事、ないのかもしれませんが」


「そんなことないわよ?事務仕事をやっていたって聞いたから、王城勤務の文官として何処かの部署に配属出来ればと思っていたんだけど…どの部署もぜひって名乗りを挙げているから時間がかかっているの。もう少し待ってちょうだい」


鈴香は以前、仕事について尋ねた時クリスに誤魔化されたことを思い出す。てっきり鈴香を雇ってくれるところがないのだと、落ち込んでいたが逆だったらしい。クリスの言葉のニュアンスからして、そろそろ働けるようになるようだ。とんでも無く優秀な人間が来ると期待されていたら困ってしまうが。


(就職した時も緊張してたな、でも職場の先輩も同期も皆優しかった、人付き合いを避けていた私のことを気にかけてくれた…元気かな)


鈴香が突然退職すると知った時も心配して何があったのか、部署の皆が尋ねてきた。先輩の1人は鈴香の様子がおかしいことに不信感を抱き、上司に鈴香が退職しなければいけない理由について直接聞きに行ってくれた。その上司も()()()()()を言う訳にもいかないため、追求してくる先輩を半ば恫喝して追い返したと聞く。鈴香が何もしないでくれと懇願したことで、先輩も含めてどうにもならない事情があるのだと察し「何かあったら連絡しろ」と最後まで鈴香のことを案じてくれた。あの時のことを思い出すと泣きそうになる。



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