6話
薄紅色の裾にフリルがついているが主張し過ぎなず、可愛すぎないデザインのドレスに身を包み髪も編み込みで纏めてもらった鈴香はジャケットとシャツというラフな格好のクリスと共に馬車に乗って街に繰り出した。
最初に向かったのは王都で一番大きい書店、次に他国から輸入してる珍しいデザインの小物や日用品を扱ってる店、ジュエリーショップに靴屋と色んなところに連れて行ってくれる。クリスと2人だけというわけではなく、ここからでは分からないが護衛が付いていると教えてもらった。騎士団長たるクリスが側にいるのだから護衛はいらないのでは?と思ったがすぐに考えを改めた。
(そもそもこの方王族だわ。私じゃなくて、クリス様の為の護衛よ。勝手に自分の為だと思っていたなんて自意識過剰だわ。恥ずかしい…)
黒髪黒目という外見以外何の価値もない鈴香より、高貴な血筋のクリスこそが守られるべき対象だ。見えない護衛達も添え物の鈴香よりクリスの護衛の方がやる気が出るだろう、とネガティブな方向に思考が傾いていた。道行く人々もクリスを見た瞬間熱っぽい瞳を向けて、横にいる鈴香や自分の連れの存在が目に入らないかのように見つめている。そして鈴香の存在に気づいた彼女達の不躾な視線、嫉妬や妬みの籠った視線がグサグサと刺ってきた。
(ですよねー、釣り合ってませんよねごめんなさいごめんなさい)
鈴香は心の中でひたすら卑屈な謝罪を繰り返していた。
微妙に鈴香の表情が翳ったことに気づいたクリスが「疲れたでしょう?この近くに人気のカフェがあるのよ、行きましょう」と誘ってくれたので鈴香は頷いた。
そのカフェは外観が可愛らしいデザインで、女性客の目を引きそうだと思った。実際お客は着飾った女性が圧倒的に多い。クリスが店に入ると店長らしき人が出て来て、ひたすら頭を下げたのち奥の方に案内される。向かった先は個室だ。
「こういう店はだいたい個室があるの。人目を気にせず好きなだけ食べられるでしょ?わたしは大体個室を使ってるわ」
そう言うクリスは椅子を引いて鈴香に座るよう促す。内心恐縮していた鈴香だが、彼の厚意を無碍には出来ず恐る恐る腰掛けた。
メニューを開くと様々な種類のケーキやアイス、パフェやドリンクがズラリと並んでいる。聞き慣れない果物の名前が書かれたスイーツについて尋ねるとクリスが詳しく教えてくれる。味や見た目の特徴を知ると。
(向こうの世界のイチゴやブルーベリー、桃に近いのかな。名前も似ているし)
と色々と想像しながら、何を頼むか考える。
悩んだ末鈴香はキグラムベリーのタルト、クリスはトゲモモのケーキを頼んだ。暫くして運ばれて来たタルトは見た目はラズベリーに味も見た目も似ていて、甘酸っぱくて美味しい。クリスの邸でも度々甘いお菓子は出されていたけれど、普段と違う場所で食べているからかより美味しく感じる。ティータイムの時間はクリスが仕事で不在なのでほぼ1人だ。誰かと食べているから、美味しく感じるのかもしれない。
「このタルト、美味しいです…私、実はあまり食に関心がなかったと言いますか…お腹が満たされれば良いって思ってたんです。でも、こっちの世界に来てから久しぶりにご飯が美味しいって感じるようになりました」
以前の鈴香は栄養が取れれば良い、と野菜炒めやカレーなど、決まったら料理をルーティンで食べていた。友人からは「ロボットか」と突っ込まれたことがある。物心ついた頃から1人で食べていたから、食事を楽しいと感じたことがなかった。こちらの世界に来てクリスと食事を共にするようになると、段々と食事の時間が楽しみになり食べることそのものも好きになっていった。かつての鈴香はおかしかったと感じていて、でも引かれることを恐れて誰にも打ち明けてなかった。しかし、気がついたら口から溢れていた。
「そう!それは良かったわ。うちのシェフやこの店の味が口に合ったのかしら。料理は美味しく食べることが一番だものね」
鈴香の発言にクリスは引くことも、追求することもなく心の底から鈴香が食べ物を美味しいと感じてることを喜んでいるように見えた。クリスは鈴香に対し腫れ物に触れるような態度は取らない。だから鈴香の分厚かった心の壁はゆっくりと取り払われていく。
たった1ヶ月しか経ってないのに、向こうで過ごした24年間よりも幸福だと感じることが出来るようになった。