3話
気の毒そうに告げるクリスと後ろにいる名も知らぬメイドも同じような痛ましげな顔をしていた。
「そうですか。大丈夫です、未練とか、ないので帰らなくても問題ないです」
自分でも驚くほど素っ気ない声が出て、クリスとメイドが面を食らう。正直別の世界だとか、ファンタジー過ぎて完全に飲み込めていない。ただ元の世界に帰れないと聞いても全く悲しくないのだけは確かだ。そもそも捨てた命だ。今更帰れると言われても困る。寧ろ好都合だ。
こんな言い方をしたら引かれてしまうかと思ったが。
「そう…スズカもそうなのね、やっぱり」
「え?何か言いました?」
「いいえ、何も言ってないわよ?」
何か言った気がしたが、どうやら気のせいだったらしい。ニッコリとクリスが微笑む。
「それで、ここからが1番大事な話なのだけど…基本迷いびとは見つけた人間が保護して、迷いびとの生活をサポートする決まりなのよ。スズカの場合はわたしね」
尚、平民が保護した場合は保護責任者が貴族に変わることもあるという。迷いびとは希少かつ謎が多い存在で良からぬことを企む輩に狙われやすい。だから力のある貴族が後見人になるのだと。
「迷いびとが保護した人間以外全く寄せ付けない場合はその平民に貴族が後見に付くという形を取るわ」
なるほど、と鈴香は相槌を打つ。突然知らない場所に放り込まれればパニックを起こす人間だっているだろう。最初に保護してくれた人以外怖がって拒絶してしまうのも理解出来る。
「ごくたまーに、自立したいって人もいるの。その場合十分なお金と家を与えて、働き口を紹介してるわ。けど一人暮らしさせるわけにもいかないから、必要最低限の使用人を派遣してる。言い方は悪いけど、監視のためね。誤解しないでね、迷いびとの身の安全のためなの。スズカはどうしたい?」
鈴香は相槌を打ちながら話を聞いている。つまるところ、スズカはこのままクリスの世話になるか、自立(使用人付き)の2通りの道があるということだ。ふむ、と鈴香は考え込む。
(普通に自立一択じゃない?クリスさん明らかにお金持ちだし、得体の知れない私の面倒見るなんて迷惑でしかないよ)
迷いびとといっても所詮は身元不明の不審者だ。居るだけで衣食住が保障されると言われても、そのまま享受するのは気が引ける。そしてクリスは見るからに上流階級の人間だ。不審者である鈴香の面倒を見ているという事実が彼の足を引っ張ることはあってはならない。鈴香は高校を出てからは1人で生きてきた。住む世界が変わってもそのスタンスを変えるつもりはない。
「そうですね、ご迷惑をかけるわけにもいかないので…あの…どうかしました?」
クリスがじーーーっと鈴香を見つめている。それこそ穴が開きそうなほど。照れるを通り越して凄まじい眼力に鈴香は戸惑い始めた。後ろのメイドが何故か気の毒そうな目で鈴香を見ている。何故そんな目で見ているのか、疑問が続々と生まれてきた。
「やっぱり、あなた可愛いわね…決めた!わたしが面倒見るわ!」
「はい!?いえ!私は、ご迷惑をかけるわけにはいかないのでここを出て行って1人で」
突然の爆弾発言に鈴香はつい大きな声を上げてしまう。前半の発言は耳に入らず、後半の発言だけ耳に入ったため慌てて直球に断ろうとするも、勢いよく必死な形相のクリスに遮られてしまった。
「出て行く!?ちょっと待ってちょうだい、決断が早すぎるわ!」
「いや、でも」
「まっったく迷惑じゃないから!それに慣れない世界で急に自立するといっても大変よ?慣れるまではゆっくりした方が思うのよ。それにスズカはさっきも言ったけど衰弱が激しかった、恐らく転移する際に身体に負荷がかかったのね。だから暫くは倒れないか様子を見ないとわたしが、不安なの!自立したいっていうスズカの意志を反対してるわけではなくてね、身体を休めた方が良いという話よ。勿論仕事がしたいなら、わたしが責任を持って紹介するし、ここでの衣食住は保証するわ」
口を挟む隙を与えないクリスの怒涛の勢いに鈴香は完全に押されていた。すると単純なもので確かにすぐさまここを離れるより、身体を休めたりこの世界のことを知るために世話になった方が良いのかも、とクリスに説得されかけていた。
「…殿下、回りくどいですよ。言い訳並べてますけど、スズカ様が可愛いから手元に置いておきたいだけでしょう?」
控えていたメイドが急に口を開いたと思えば、とんでも無いことを言い出して鈴香はポカン、と口を開いて固まった。
「ちょっとあんた!勝手にバラしてんじゃないわよ!」
「いや、あっさり認めてるじゃないですか。せめて否定してください」
クリスが険しい顔でメイドをドスの効いた声で一括するが、メイドは涼しい顔であしらっていた。一方鈴香はクリスの発言が理解出来ず、思考停止に陥りかけている。クリスはこほん、と咳払いをすると弁明を始めた。