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最終話




クリスと鈴香が晴れてお付き合いを始めたとあっという間に知れ渡った邸の中は、お祭り騒ぎになった。いつも以上に豪勢な料理やスイーツが用意され、全て食べるとお腹がパンクしそうになってしまった。クリスと鈴香が恋人になったことを自分のことのように喜んだのはレイラだ。


「殿下は言わずもがな、スズカ様もどーーーー見ても殿下のことお好きでしょ、でも私の口から言うこと出来ないではないですか。ですのでせめて何かしらの役に立てれば、とあのドレスを紛れ込ませておきました。つまり私が立役者ということですよね。給料上げてください」


ふふん、と誇らしげにボーナスを要求する強かなレイラに何とも言えない目を向ける鈴香。確かにあんな無謀な真似をする決心がついたのはあのドレスのおかげで、結果的にレイラのおかげとも言えなくもない、が…。


(というかレイラにもバレていたのね。この分だと邸の皆にバレてそうだわ)


側から見たらどう見ても両思いなのに中々関係が進まない、とヤキモキしていたのだろう。しかし鈴香はバレてることは全く気づかなかった。悟られないように振る舞う使用人達はやはりプロだと感心してしまう。


「あんたね、あんな破廉恥なドレス仕込んだのは…全く」


レイラの暴露を聞いたクリスは眉を顰めて腕を組む。これは…怒っているのだろうか。鈴香が夜這いを仕掛けるきっかけを作ったレイラに。


「あの、クリス様。レイラは悪意があった訳ではなく」


「良い仕事してくれるじゃない、特別ボーナス出すわ」


「ありがとうございます」


「え」


てっきり怒ってると思っていたクリスはレイラを賞賛し、ボーナスを約束する。わーい、と喜びを露わにするレイラにキョトンとする鈴香。


「でもねぇ、スズカにはもっと上品なデザインが合うと思うのよ。今は使わないけど、()()()()必要になるでしょう?やっぱりわたしがデザインしようかしら…」


とブツブツ呟きながらクリスは考え込む。鈴香はクリスの発言を受けて耳を真っ赤にしていた。


(そのうちって…つまり…初夜とかそういう…いや、恋人だからそういうことをしてもおかしくない…)


こっちの世界では婚約者、もしくは恋人同士なら身体の関係を持っても問題ないとされているらしい。元の世界よりやや厳しいが、想像よりは緩かった。勝手に結婚するまでは処女であることが求められていると思っていたから予想外だった。


そもそも鈴香は処女ではない。もし女性に求める条件がより厳しかったらクリスとの結婚は許されなかった可能性があるので、そこは心底ホッとした。


(クリス様、やっぱり早くそういうことしたいと思ってるよね)


子供のお付き合いではない。とっくに成人した大人同士の付き合いだ。いつまでも清い関係でいられるとは思ってないが、やはり過去の記憶が鈴香を臆病にするのだ。


そんな鈴香の心情を察したのか、クリスは夜になると自分の部屋に招き入れた。ソファーに並んで、いやくっついて座らされる。この恋人の距離感に慣れずにドキドキしている鈴香に、クリスは安心させるように言った。


「結婚もだけど、先に進むこともスズカの意思を無視することは決してしないわ。欲望のまま押し倒すことも絶対しないし、そんな馬鹿な真似をわたしがしたら容赦なく平手打ちを食らわせてちょうだい」


鈴香は平手打ち…とポツリと呟いた。この美しい顔に手形の赤い跡が付く姿を想像すると、複雑な気持ちになってしまう。


「クリス様は絶対そういうこと、しませんよ」


「んもー。スズカは自分がどれだけ魅力的か分かってないんだから。わたし、交際してからその先に進むのは一ヶ月から数ヶ月は必要だと思うのよ。でも、わたしが自分の欲望に負ける可能性もあるからスズカは今のうちに平手打ちの練習を」


「…?そんなに長くて良いんですか」


「ん?」


鈴香の質問にクリスは虚をつかれた顔をした。


「え?数ヶ月ってこっちでは一般的だけど…そうだった。ニホンはこっちより色々と緩いんだったわ。先に進むスピードも早いのね…ねぇ…数ヶ月が長いって…スズカは…その」


心底言いづらそうに、途切れ途切れに言葉を紡ぐクリスの意図を察した鈴香もやはり恥ずかしさからか細い声で答えた。


「…付き合ってから1週間でした。他の人も、大体同じくらいで…」


クリスは青い目が滾れ落ちんばかりに見開き、その端正な顔がみるみるうちに怒りで染まっていく。


正直当時早々に身体の関係を求められた時はまだ相手と関係性をちゃんと築けておらず、戸惑いと恐怖心が大きかった。でも断ったら嫌われると思い我慢して受け入れたが、結果的に良い思い出にはなり得なかったのだ。他の恋人も長くて数週間くらいで身体の関係を求めてきて、やはり断れなかった。鈴香はそういった行為を良いとは中々思えず、最後はわざとらしい、萎えると酷い言葉をぶつけられて捨てられてしまった。


「…あそこが腐ってもげる呪いをかけてやるわ」


クリスが怨嗟の篭った声を漏らす。声のトーンが本気すぎて、本当に元彼達に呪いがかかりそうな迫力がある。


「そんな、もう気にしてないと言いますかどうでも良いんです、あんな人達」


傷つけられて、涙を流したがもう過去のことだ。


「…そうね。相手を大事にしない奴は自分も大事にされないもの。きっとそいつら、今頃惨めに捨てられているに決まってるわ。自分の行いは必ず自分に返ってくるものよ」


クリスが背後に黒いオーラを発しながら笑うが、目が笑ってなくて怖い、と身震いする。彼は女を蔑ろにする男が大嫌いらしいので、自分本位なところがあった元彼のことも大嫌いだろう。元彼達がどうなろうか、鈴香はどうでも良いのだが少しくらい痛い目に遭って欲しい、と願うことくらいは許されると思う。


鈴香はクリスの肩にポン、と頭を乗せると甘える仕草を見せた。クリスが息を呑んだ気配がしたが、彼はそっと鈴香の頭に手を乗せ滑らかな黒髪を撫でる。


恋人らしい触れ合いかと問われれば、微妙なところだが鈴香とクリスの触れ合いは今のこのペースで良い。鈴香は過度なスキンシップは慣れてないからだ。それを理解しているクリスはゆっくりと関係を進めていく。





クリスと交際を始めてから鈴香の環境も大きく変わった。事務員として就職が決まったのだ。しかも職場はクリスが団長を務めている王立騎士団の本部である。恋人と同じ職場…と鈴香は最初戸惑った。しかし、実際働き始めてみると知り合いのいる環境はとても安心出来る事が分かる。レイラも職場に付いてきてくれるので、迷いびとへの物珍しさから不躾に声をかけて近寄ってくる若い騎士などがいると、さりげやくガードしてくれる。余計な注目を浴びるのも嫌だろう、というクリスの配慮で恋人関係であることは伏せているため、職場では鈴香はクリスは保護者兼上司として接しているし彼も同じ。公私混同はしない。


だが、そんな状況を快く思わなかった、というか嫉妬して曰く鈴香に言い寄った若い騎士達を左遷させようと本気で言い出したクリスが「悪い虫がつかないよう公表しましょう!」と提案した事で、鈴香が働き始めて数週間後、クリスとの関係が公になった。すると頻りに声をかけて来た騎士達は全員青い顔をして、それからすっかり近づかなくなった。


クリストファーの名前はそれだけ強力なのだ。彼の身分の高さは勿論、普段のおっとりした雰囲気からは全く想像出来ないが彼が剣を振るう姿は「鬼の騎士団長」と呼ばれ周囲から畏怖と尊敬の念を送られているらしい。どんな感じなのか、と鈴香が興味本位で尋ねてみると。


「うーん…スズカには見せたくないのよねぇ。レイラからは多重人格って揶揄われるくらい別人みたいだから…」


自分の異名を鈴香に知られないよう手を回していたが、流石にこれ以上隠すことは難しいと判断したクリスが顔を顰めてこう言った。話を聞いてより一層見て見たいという欲が高まり、いつになく押しの強い鈴香に折れたクリスが訓練中の様子を見せてくれた。


剣を持ったクリスの普段とは似ても似つかない、荒れ狂う獅子のような獰猛な迫力、しなやかな剣捌きで騎士を叩き伏せる様は凄まじいギャップで、鈴香はいつになくときめいてしまう。そして何度目か、数えるのを止めるほど訓練中のクリスを見学しに行ったある日の夜…彼の部屋に突撃する。


告白してから丁度2ヶ月経ったこの日、クリスと鈴香の関係は()()()に進んだのだった。





()()()()()()事情で1日仕事を休み、復帰した日の夜のことだ。身体が怠い鈴香のことを、いつにも増してレイラが世話を焼いてくれていた。この日は食事の後、部屋は戻らず3階にあるサロンのバルコニーで夜空を眺めながらお茶を飲んでいる。


「殿下って、絶対職権濫用してますよ。怖いですよねぇ。仕事中もスズカ様の姿見ていたいから自分の部署に配属させたんですよ、絶対」


「…あんたわたしが上司だって本気で忘れてないかしら?本当失礼よね、ボーナスなしにするわよ?」


「申し訳ございませんでした」


鈴香にだけ聞こえる声量でクリスを揶揄していたレイラは、音もなく忍び寄って来たクリスに冷ややかな声でボーナスなしを仄めかされると、即座に腰を90度に曲げて謝罪した。漫才を見ているかのような2人の掛け合いは、付き合いの長さを表しているようで少し嫉妬する。遠慮がない関係性というのは鈴香が築けなかったもので、羨望の眼差しで見てしまう。


「…2人って仲良いですよね」


「仲良くないわよ!」


「仲良くないです!」


スッと鈴香の表情が翳ったことで、慌てた2人は大きな声できっぱりと仲の良さを否定した。この反応、鈴香が2人の仲を勘ぐっていると誤解されているようだ。否定しようと口を開く前にクリスの弁明が始まってしまった。


「レイラの母親がわたしの乳母だったから、その関係で昔から一緒にいることが多かったのよ。腐れ縁なだけ。スズカが心配することは何もないわよ!」


「ここで働いてるのも給料が良くて職場環境が良いからです。殿下に対して、何かしらの感情を抱いている事実はいっっさいございません!私枯れ専なんで、正直殿下は対象外も良いところと言いますか男として見たことないんですよね。口開けば化粧水がどうだシャンプーが、オイルがどうだって煩いし」


「そろそろ不敬罪を適用してやりたくなるけど、この通りレイラは何でもあけすけ過ぎるしオブラートに包むってことを知らないの。もうね、女として見たことないわ。ほぼ男よ、こいつは」


「うら若き乙女に向かって酷いですねぇ」


「何がうら若きよ、あんたわたしの一個下でしょ。若い子ぶるのやめなさい」


レイラとクリスの間には男女の情というものが一切存在せず、これから先もあり得ないというのが伝わって来た。疑った訳ではないけれど、ここまで互いが恋愛対象外だと主張し合う姿を見ると自然と笑ってしまう。


鈴香は気の置けない友人が欲しい、と望み始めていた。レイラとはかなり仲が良いが、プロの侍女である彼女はきちんと線引きをしてくる。友人にはなり得ない。寂しいけれど、仕方のないことだ。レイラとクリスのような、遠慮のない言い合いをしてみたい。そんな鈴香の願いを()()で聞いたクリスが色々と手を回して、エルドバード王国にいる迷いびとと鈴香を引き合わせることになるのだが、それはまた別の話。



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