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17話



思わず頓狂な声を出してしまう。クリスの兄、つまり国王陛下。一度だけお会いしたことはあるが、クリスがそのまま年を重ねたような容貌で、一国の王たる威厳に溢れた方だった。そして緊張でガチガチの鈴香に気さくに話しかけてくれて、「弟を宜しく頼む」と最後にコソッと言われたのだった。


「兄上は最初からわたしがスズカのこと好きなの知ってたのよ。もしスズカがわたしの気持ちを受け入れてくれた時のために後ろ盾になって欲しいと頼んでおいたわ。この国のトップが許可した婚姻に口を出せる命知らず、居るかしらね」


(もしかして、あの時の宜しく頼むってこのこと言ってた?)


(いずれ結婚するだろうから)「弟を宜しく頼む」の意味だった。そんなの分かるわけない。


「だから反対されたり、横槍が入る心配は一切ないわ…もし命知らずの馬鹿が居たら処分すれば良いだけの話だし」


「?ごめんなさい、後半部分聞き取れなかったです」


「ん?何も言ってないわよ」


(絶対何か言ったと思うんだけど)


本人が否定するのだから追求は出来ない。


「今すぐ結婚したいって訳じゃないわ。スズカがしても良いと思えるまで、いくらでも待てるし。スズカの意思を無視して性急な事を進めるつもりはないから安心してちょうだい」


「それは…我儘では」


周囲は早くクリスに身を固めて欲しいと思っているはず。鈴香は悲惨な家庭で育ったせいで結婚に夢を見ることが出来ず、寧ろ恐れている節があった。結婚に踏み切れないという理由で先延ばしにすることが許されるのか。


「良いのよ我儘で。スズカは今まで散々我慢してきたんだからどんどん我儘になって良いのよ。というかこんなの我儘のうちに入らないわ」


「我儘…」


それは妹にのみ許されていたことだった。家族と一緒にご飯を食べたい、家族と話したい、一緒に出かけたい…そんな()()すら一蹴された。就職してやっと、息が出来るようになったけど本当の意味で息が出来るようになったのはこっちに来てからだ。


クリスは我儘な鈴香でも受け入れてくれるという。ならば、甘えても良いのではないか?


「…あの家で育ってきた私は、仮に結婚して家族になっても…両親のような歪さが出てしまうのでは、あんなに忌避していた家族のように醜くなってしまうんじゃないかって…怖いんです」


両親と血が繋がっているのは避けられない事実。反面教師にしていても、何かのきっかけで()()()()()()()()危険があった。ネガティブな思考に支配され、小刻みに震える鈴香の手をクリスは優しく包み込んでくれる。


「スズカは元家族のようにはならないわよ。だって18年も理不尽に悪意をぶつけられ続けても、決して彼らに染まらなかった。そこから逃げ出して自分の力で生きていこうとした。とても強い人だわ。親がろくでなしだからといって、子供もそうなるなんてあり得ないわ。血の繋がりではなく本心の素質の問題よ」


「…本当に?あんな風に、ならない?」


敬語も忘れて、安心感を得たい鈴香の問いにクリスは応えてくれる。


「ならないわ。もし、もしね。万が一そんな兆候が出たらわたしが何としてでも止める。家族が道を踏み外しそうになったら、家族が止める。当たり前のことよ」


「家族…?」


ポツリと呟く鈴香にクリスはゆっくりと頷いた。


「そう、わたしはスズカの家族になりたいわ。スズカが得られなかった家族を、わたしと作ってくれないかしら」


これはわたしの我儘よ、と彼は付け加える。こういう言い方をすることでスズカが罪悪感を覚えることなく、頷けるようにしているのだ。


「…はい、いつか…クリス様と家族になりたいです」


鈴香はクリスの気遣いに乗っかる形で、プロポーズを受けた。そしてクリスは恐る恐る、鈴香を抱き締める。力一杯抱き締められたが、ちょっとだけ力が緩む。鈴香の格好を思い出したのだろう。こんな時まで紳士的だ。クリスが好んで使うムスクの香水の香りがより強く鼻腔をくすぐった。


クリスはエスコートで手を取ることはあっても、それ以上触れることはなかった。さっきの頭を撫でたり、手を握ったりと今までのクリスからは考えられない変化だった。


今日という日は2人の関係が明確に変わるターニングポイントとなった。プロポーズが成功するという結果に落ち着いたが、何かボタンの掛け違いが発生していたら…。


(もしもを考えても、意味がない。私は前を向く。クリス様と生きて行くんだ。さようなら…元家族の皆)


鈴香は心の中で元家族に決別の言葉を送ると、クリスの胸元に顔を埋めて張り詰めていた糸が切れた反動か、えんえんと子供みたいに泣き出してしまう。


そんな鈴香をクリスは夜着が濡れるのも気にせず「よしよしたくさん泣きなさい」と宥めてくれた。


「…お母さん」


「んんんんん?誰がお母さんかしら!わたし恋人よ!」


クリスの不服そうな声が自室に響いたのだった。



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