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16話




「…あの時…てっきり、品のない行為をした私を軽蔑して怒ったのかと」


「怒ったのはスズカの軽率な行動と、自分自身を傷つけていることに対してよ。軽蔑してないわ。ああ、でもスズカが自分を大事に扱わないようになったであろう元凶に対しては怒ってた。話を聞いて、元彼と元家族に対する殺意が更に高まったわ。元彼には、嫉妬もしたの」


鈴鹿は小首を傾げる。クリスの口から大凡似つかわしくない言葉が飛び出したからだ。彼はどう見ても嫉妬される側であって、する側ではないと鈴香は思った。


「…嫉妬」


「そうよ、誰が好きな子の元彼話聞きたがるのよ。スズカは彼らが好きだったからお付き合いしたんでしょ?」


「そうですね、向こうから告白された形にはなりますが…好きだったと、思います」


愛情を受けてこなかった鈴香とはいえ好いてくれる相手なら誰でも良かったわけではない。告白されて嬉しくて舞い上がってしまった部分もあるが、彼らに好意を抱いていたから付き合ったのだ、と思いたいが正直過去の自分が信用出来ない。


「…まあ、男性を見る目は全くなかったですけどね」


身体目当てに金目当て、おまけに妹の虚言にあっさり騙される男ばかりだった。鈴香の中では既に黒歴史扱いだ。


「結果がどうであれ、スズカがかつては好きだった元恋人ってだけで嫉妬の対象なの。わたしも驚いてるわ、こんなに自分が嫉妬深いなんて」


クリスはこの歳になって自分の新たな一面が分かるなんてね、と驚いていた。


「…嫉妬する必要ないですよ、彼らに未練なんて全くありません。捨てられた時は悲しかったけど、冷静になったら本性が分かって寧ろ良かったと思ったくらいです」


晴れ晴れとした顔で鈴香が告げてもクリスの表情は険しい。


「わたしもね、頭では理解してるのよ。でもね、分かってちょうだい男心は複雑なのよ」


そういうものなのか、と鈴香は疑うことなく納得し頷きつつ内心クリスが嫉妬した事実が嬉しかった。それはすなわちクリスの告白が嘘ではないという裏付けにもなるからだ。クリスが冗談を言う人ではないと分かっているし、どうでも良い人間の交際遍歴を聞いたところで嫉妬しない。


コホン、と気持ちの整理が付いたのかクリスが咳払いをして真っ直ぐに鈴香を見据える。美しく、そして確かな熱を孕んだ青い瞳が射抜く。


「それでね、さっきも伝えたけれどわたしスズカが好きなの。自惚れでなければ…スズカも同じ気持ちだと思ったけれど…」


クリスの焦げ付くような視線に耐えられず、鈴香は顔を背けてしまった。お仕置き発言での鈴香の反応から、クリスは鈴香の気持ちを察していただろう。もしかしたら以前から察していたが、鈴香を慮ってこちらから行動を起こすのを待っていてくれた可能性もある。


鈴香は愛情に飢えている。飛び降りた時、生まれ変わったら誰か自分を愛して欲しいと願っていた。こちらの世界で出会ったクリスは身も心もボロボロだった鈴香を保護してくれて、忙しい身の上なのに鈴香に優しく接し寄り添ってくれた。実の家族から憎しみしか与えられず、最後は尊厳すら踏み躙られかけたのに偶々保護してくれただけのクリスは、鈴香に安らぎや誰も自分を傷付けない環境を与えてくれた。その気になれば鈴香を思い通りに出来る力と立場を持っているのに、決して強要することなく尊重してくれた。心配をかけてばかりのお荷物だったのに見捨てなかった。そんな人を好きにならずにいられる訳がない。


勿論、気持ちを伝えるつもりは全くなかった。身の程知らずも甚だしいし、一縷の望みもないと思い込んでいたからだ。


しかし、そうでないと分かった今ならば。


ゆっくりと鈴香は顔を上げ、クリスと目を合わせた。黒い瞳と青い瞳の視線が交わる。鈴香は大きく息を吸い、そして。


「…私、クリス様のことが、好き…です」


蚊の鳴くようなか細い声で紡がれた鈴香の返事を聞き、クリスの表情が真剣なものからパァァっと明るいものへと見る見るうちに変わっていく。


「よ…良かったわ〜もしわたしの痛い勘違いだったら、恥ずかしくてこの部屋から飛び出していたわ」


ホッとしたように大きく息を吐くクリス。鈴香もだが、彼も相当に緊張していたことが窺える。するとクリスは鈴香の手を取り、ギュッと握った。


「ありがとうね、スズカ。わたしの気持ちに答えてくれて。これからよろしくね、まずは恋人として」


「こちらこそ、宜しくお願いします」


嬉しそうに微笑むクリスに釣られて、鈴香も自然と笑顔になる。もう、過去の呪縛に怯える自分は居なかった。


「それでね、わたしとしてはその…いずれは…」


クリスは急に口籠ってしまう。どうしたのだろうか、と鈴香は怪訝に思った。


「クリス様?」


「いずれは…け…結婚したいと考えているんだけど」


「え?」


「あーー!言っちゃったわ!」


ポカンとする鈴香と掌で顔を覆い身悶えるクリス。対照的な反応をする2人だった。暫くクリスの言葉の意味を理解出来なかった鈴香だが、理解した途端声を上げた。


「け!結婚!も、もしかしなくても私ですか!」


「あなた以外に誰がいるっていうのよ」


何を当たり前のことを、と言わんばかりのクリスに鈴香は耐え切れず立ち上がった。


「お付き合いするのは100歩譲って良いとしてですよ?結婚?私何の身分もないですよ」


「迷いびとは居るだけで幸福をもたらしてくれる王族にも勝る尊い存在よ?」


そういえば年下のメイドがそんなことを言っていたな、とぼんやり思い出す。


「いや、でもですね。忘れかけてましたけどクリス様王族ですよね」


「名ばかりよ」


「だとしても、王族であることに変わりはありません。そんなクリス様が迷いびととはいえ、得体の知れない別の世界から来た人間と結婚なんて許されないです」


本人は王位継承権が低く、結婚を急かされても無視してると話していたが、かといって突然鈴香と結婚すると宣言しても受け入れられるとは到底思えなかった。普通ならば身分の釣り合った令嬢と結婚するべき人だ。交際程度なら目を瞑ってもらえても、その先の関係を認められる可能性は低い。


「許されないって、誰がわたしの結婚に口を出すのかしら。兄上からはとっくに許可をもらってるわよ」


「はい?」



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