15話
なのに、今自分にとって都合の良い言葉が聞こえた気がするのはきっと聞き間違いのはずだった。ポカン、と呆然とした鈴香は「…え?…え?」と目を大きく見開いて固まってしまった。
「…え?」
「もー。動揺し過ぎよ。まあ、焦ってるところも可愛いけど」
「!?え、あの、ごごご冗談ですよね。今好きな子と聞こえた気がしたのですが」
「冗談じゃないわよ、本気。わたしスズカのこと好きよ」
「……?」
「信じてない顔ね。一目見た時から可愛いと思ったけど、今にも消えてしまいような弱々しい姿に守らなければという庇護欲が沸いたわ。今にして思えばほぼ一目惚れね。それからわたしやレイラ達と話すようになって、少しずつ元気になっていく姿を見るのが嬉しくて、一緒にご飯を食べる時間が心地良かった。それにあなたはうちの使用人達にも丁寧な態度を取る、優しい子。好きにならない理由がないわ。というかわたしこんなタチの悪い冗談言う男だと思われてたの!ショックだわ!」
およよよよ、と大袈裟なくらい肩を落とすクリスに鈴香は更に焦ってしまった。そんなつもりは全くなかった。ただ…。
「違います!そんな人だとは思ってません。わ、私なんかを好きだなんて信じられなくてつい」
「はいダメー。私なんか、は禁止用語ですー」
突然入ってきたクリスの理不尽チェックに鈴香はオロオロするしかなかった。
「え、あ、その」
「次言ったらそうね…お仕置きかしらね…」
「え!」
お仕置き、という単語が飛び出した瞬間鈴香の顔が茹で蛸みたいに真っ赤になった。何故かいかがわしい映像が鈴香の脳内に流れ始める。思ってた反応と違ったのか、一瞬戸惑った後一転して意地悪く、妖艶に微笑んだ。
「あらぁ?顔が真っ赤よ?お仕置きって、何をイメージしたのかしら?」
「あ…ごめんなさい」
ふしだらと母に罵倒された記憶が蘇り顔から血の気が引く。ハッとしたクリスは慌てて弁明し始めた。
「違うわ、馬鹿にしたとかそういうのじゃないの。スズカはそういった方面の話に忌避感を抱いてると思ったから意外だったの。ほら元恋人もといクズから、その、心無い言葉をぶつけられたと言っていたでしょ?」
確かに鈴香はトラウマから性的な方面の話が苦手だった。それは事実だ。
「わたし達は保護した側と保護された側。どうやっても上下関係が発生してしまう。スズカの性格上わたしが好きだとか付き合って欲しいと言ったら、意にそぐわないことでも受け入れてしまいそうだと思ったわ」
「…それは…」
ない、とは言い切れなかった。クリスに好意を抱いてなかったとしても、必要とされたという事実だけを重要視して受け入れていたと思う。
「そんな一方が我慢して強要される関係、あっという間に破綻するわ。だから気持ちがバレないように注意していたの。まあ、レイラ達にはバレていたけど。わたしはね、スズカと相思相愛の関係になりたかったのよ」
「…」
「正直ねぇ、あなたがわたしの前でカーディガンを脱いだ時、危なかったわ。もうね、こっちの気を知らないでって押し倒してやろうと一瞬だけ思ったの。でも、スズカはとても傷ついた顔をしていた。ここでわたしが欲望のままに行動したら、取り返しのつかないことになるって分かったわ。だから鋼の理性で己を律した」
褒めてくれても良いのよ?とクリスはふふん、と誇らしげだ。あの時のクリスは冷静に見えて、実はそんなことを考えていたなんて全く分からなかった鈴香は衝撃を受けると共に、クリスが自分をそういう目で見ていた事実に、傷付いたままになっていた自尊心が少し回復した感覚がして不思議と気分が高揚した。