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14話




「大学進学の金は出さないと宣告されたので、奨学金を狙って必死に勉強して大学に合格したのと同時に家を飛び出しました。手切れ金としてそれなりのお金を持たせてくれたことだけは感謝してます。両親は疎ましい娘が居なくなって清々していたと思いますよ、妹は違いましたけど。ストレスをぶつける相手が居なくなり使用人を罵倒し、それだけでは収まらず暴力まで振るうようになったらしいです。でもその使用人が入院するほどの大怪我を負ったことで、流石にまずいと両親は妹を諌めたそうです」


「自分の感情がコントロール出来ないのかしら、社会に出したら駄目なタイプね。甘やかしすぎるとモンスターが生まれるという良い手本だわ。それにしても妹、まるでおばあさまの生き写しのようね」


勘が鋭いクリスは両親が気づかなかった、いや気づかない振りをしていた事実を嘲笑混じりで指摘した。


「何をしても肯定されて、両親から嫌悪される私を見て育ち『自分は何をしても許される存在だ』と思うようになってしまったんです。皮肉ですよね、あれだけ嫌っていた私ではなく溺愛してきた妹が祖母に似てきてしまったんですから。それで、ストレスが溜まった妹は今度は出て行った私に矛先を向けました。あの子はなんというか、人身掌握術にたけてるんですよね。あっという間に何とか築いた友人関係も、恋人との関係も壊していきました。それからも恋人が出来たと知ると、嘘を吹き込んで関係を破綻させていき、妹に壊されることを恐れて上部だけの人間関係しか築けなくなりました。そもそも恋人も私の…身体とお金目当てだったり、あっさり妹の嘘に騙される人だったので見る目がなかったのだと思います……?」


何故か話を聞いているクリスから一瞬殺気が放たれたように見えた。けど、すぐいつもの柔和な雰囲気に戻ったので気のだったと思うことにした。


(怒ったかと思ったけど、怒る要素ないよね今の話に。さっきからたまーに冷気発してるけど気のせいだよね)


鈴香はかぶりを振って、記憶の奥底から学生時代の記憶を引っ張り出す。思い出してみると小中高よりマシとはいえ、孤独な大学生活だった。その分勉学に励み、就職に役立ちそうな資格をいくつか習得した。大学卒業の年、祖父が亡くなったが当然のように事後報告で葬式にも出れなかった。鈴香としても周囲から白い目で見られるために、碌に関わりのなかった祖父の葬式に出たいとも思わなかったのである意味助かった。祖父は祖母亡き後、父に後継の座をさっさと譲り自由を謳歌していたと聞く。酒と女に溺れ、あっという間に身体を壊したらしいが、それでも遊びを止めることはなく時折祖母への恨み言を叫びながら騒ぎ使用人の手を大層煩わせていたと人伝で知った。


祖母が存命の際は共通の敵が居たことで、それなりに仲が良かった父と祖父だが、鈴香が中学に入る頃にはすっかり険悪になっていたらしい。祖母の存在は確かに彼らにとって呪いのようなものだったが、ある意味では仲を繋ぎ止めていたのだと、妙に虚しい気持ちになったことを思い出した。


卒業後は内定を貰った会社で事務として入ったが、簿記の資格を持っていたことでゆくゆくは経理部での活躍を期待している、と仄めかされた。あのことがなければ、ずっとあの会社に勤めたかったくらい居心地が良かった。妹は鈴香を甚振るよりも男遊びの方が楽しいと気づいたらしくパッタリと来なくなったのは幸いだった。このまま何事もなければ良いと願っていた、のに。


家族という、逃れられない呪いのような枷のせいで全て無くしてしまった。未練はないと思い込んでいたが、会社のことだけは心残りだったようだ。彼らに鈴香は生きてることだけは伝えたいが、帰る術がないのだから連絡を取ることも不可能だろうと諦める。


気がつけばクリスの部屋に来て1時間近く経っていた。クリスはそろそろ眠る時間だ。彼は聞き上手なので、ついダラダラと気分が悪くなる身の上話を聞かせてしまい、急に申し訳ないという気持ちで一杯になり慌てて深く頭を下げた。


「ごめんなさい!こんな一方的に身の上話を聞いていただいて…」


「謝らないでちょうだい。わたしはスズカのこれまでの人生を知ることが出来て、良かったと思うわ」


優しいクリスは全く迷惑そうな素振りは見せない。しかし、一転して冷たい笑みを浮かべたが一瞬で消して温かい笑みを鈴香に向ける。


「取り敢えず、元家族は死ぬよりも苦しい目に遭うように、と心から願ってるわ…ふふふ。それはそれとして。こういう言い方するのどうかと思うけど…鈴香がこっちに来ていえ、()()()()()()()が出来てわたし嬉しいわ。本来わたし達出会えなかったんですもの」


そうか、と鈴香は目を見開いた。自分は自ら死を選んだのではない、あの悍ましい家族から逃げたのだとクリスに言われてストン、と腑に落ちた。そう思った方がずっと良い。もう、家族と会うことはない。洗いざらい話したことで、両親にとっての祖母のように鈴香の中に呪縛として残っていた家族への怒りや憎しみ、悲しみといった色んな感情が薄れていく感覚がする。


(あの人達は私がいなくなっても私を憎み、見下し続けるのかな。死ぬまで永遠に…)


そうしないと精神を保って、家族の形を保っていられない。でも哀れだと同情出来る時期はとうに過ぎてしまった。不幸になれと願う親不孝な娘にしてしまったのは他ならぬ両親なのだから、自業自得だ。


「本当に、ありがとうございました。完全に吹っ切るのは時間かかると思いますけど心の中に巣くってたものが軽くなった気がします。クリス様、お優しいですよね。私が言うのは烏滸がましいですけど…恋人がいらっしゃらないの不思議です。こんなにも素敵な方なのに」


自分で言っていてズキリ、と胸が痛む。蓋をして見ないふりをしてきた己の気持ちに否応なく向き合わなくてはならなくなる。だって、万が一にもないのだから。クリスは優しくて親切で紳士的な人だから、保護した鈴香にこんなにも良くしてくれる。相手が鈴香でなくても、心に傷を抱えている迷いびと全員に同じ接し方をするのだ。恐れ多くも勘違いしてはいけない、と自分に言い聞かせた。


「わたしが優しい?うーん、それはスズカ相手だからよ。だって下心あるもの。少しでも好きな子には自分に気持ちを向けてもらいたいじゃない?」


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