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10話




「…スズカ?」


急に俯いた鈴香を心配してクリスが顔を覗き込んで来た。


「あ、ごめんなさい。向こうの世界の職場の人を思い出して。凄く良い人達ばかりで、辞めさせられた時も自分のことのように怒ってくれて」


「辞めさせられた?スズカが?それは…解雇されたということよね?」


信じられないと言わんばかりに鈴香を凝視する。クリスの目には鈴香がどう映っているのか。仕事の出来る有能な人間に見えているのだろうか。光栄なことではあるが、今は気にしている場合ではない。


「いいえ、実家が手を回して会社を辞めさせたんです。証拠がある訳ではないけど、確かです」


鈴香に解雇を告げた上司は顔色が悪く終始目が泳ぎ、明らかに挙動不審だった。鈴香はタイミング的に自分の父が関わっていると悟った。


「え?実家ってことはスズカの家族が?こっちだと娘は親の所有物だっていうクソの塊みたいな親が一定数いるから、あり得ないことではないけれど…ニホンだとそんなこと許されないでしょう?」


クリスから汚い言葉が飛び出したことについて触れる余裕はなかった。そして彼は日本についてある程度調べているらしい。鈴香はとっくに成人しているから親が勝手に仕事を辞めさせることは出来ない、普通は。血が繋がってるだけの他人である家族は、色んな意味で普通ではない。


「うちの実家、日本でも有数の名家で父親が大企業の社長なんです。私の勤め先は父親の会社より規模も力も、何もかもが下だったから逆らえなかったんでしょうね。まあ、会社としてもあんな厄介な身内がいる私を雇い続けるデメリットの方が大きかったと思います。遅帰れ早かれこうなってましたよ」


「…聞いても良いかしら?スズカの父親とやらは、何故無理を押し通してまで仕事を辞めさせたの?」


鈴香が自分の父親に良い印象を抱いていないと、短いやり取りで察したクリス。「父親」の部分だけ声が一段と低くなり冷気すら発している。鈴香は苦笑しながら理由について教えた。


「私が父の命令に逆らったからでしょうね。会社の経営が思わしくなくて、とある企業の会長に娘を嫁がせれば資金援助をしてやるって言われたらしいです。でもその会長、70過ぎで愛人を何人も囲ってる好色家だって有名でした。父は溺愛してる妹が泣いて嫌がったから、放置して親らしいことなんて1つもしたことない、もう1人の娘の場所を探し出して命令したんです。『伊集院のため、可愛い妹のために嫁げ。醜いお前にはそれくらいしか利用価値がない。何不自由なく育ててやった恩を返せ』って面と向かって言い放ちました」


「は?その男頭がおかしいんじゃないの?」


クリスは眉間に深い皺を刻み、不快感を露わにしている。やはり、鈴香の血縁上の父親はクリスからしても頭がおかしいようだ。そしてその男呼ばわりである。


「頭がおかしいというより、父親の中では私はどれだけ蔑んでも虐げても良い存在なんです。恨まれることしかしてない癖に、私が反抗するなんて夢にも思ってない。流石に頭に血が昇って、もう自立しているから実家がどうなろうか知ったことではない。私より妹の方が散々贅沢な生活を送ってたのだから、恩を返すのは妹の方だ。それが無理なら家族仲良く路頭に迷えば良い、と怒鳴ってしまいました」


「良く言ったわ」


パチパチ、と父親に暴言を吐いた鈴香をクリスは拍手と共に称えてくれた。当時の鈴香も初めて父親に言い返せてスッキリしていたが、去り際の怒りで顔を真っ赤にした父親の自分を見る憎悪の篭った暗い目を見て背筋がスッと冷たくなったことを思い出す。


あの時の父は鈴香を通して、別の誰かを見ていたのだ。憎くてたまらないのに、逆らうことが出来なかった()()()を。


「けど、私が言い返したことで父の逆鱗に触れてしまいました。恐らく母と妹も私に対して激怒したことでしょう。私のことはストレス発散に甚振っていい存在だと見下してましたからね。下に見てた存在から反抗されれば、さぞ腹立たしいでしょう。早速異変が起きました。会社を突然クビになったことです。勿論ショックでしたけど、当時私にはお付き合いしていた恋人がいました。彼には実家のことを話していたので、何があっても私のことを支えると言ってくれて、とても舞い上がってしまいました。この時私の中には結婚して伊集院の名を捨てれば、家族から逃げられるかもと打算的な考えが生まれました。口には出しませんでしたけど、彼には伝わっていたと思います。そんな自分勝手なことを考えてたバチが当たったんでしょう。恋人から突然別れを切り出されたんです。どうやら結婚を回避したい妹が彼氏に接触し、私の悪評を吹き込んだようで。家族と折り合いが悪いと、やんわりと伝えてたんですけど私が妹を散々虐めていたって言い分を信じてしまい、そんな奴とは付き合えないとあっさりと捨てられました。妹は以前にも恋人に嘘を吹き込み、別れさせたことがあります。私が不幸な目に遭うのを見るのが大好きなんですよ、妹は」


一瞬だけクリスの瞳に剣呑な光が宿り、だがすぐに消えた。そして嫌悪感を露わにして吐き捨てる。


「赤の他人の言い分をあっさり信じる男も馬鹿だけど、スズカの妹性格が歪みきってるわね。魔物ですら可愛く見えてくるわ!」


妹は見た目はともかく中身は両親に負けず劣らず腐っているので、魔物扱いは当たっていると思った。


「妹は愛嬌があって可愛らしい容姿をしてるので、周囲の庇護欲をそそって同情を買うのが上手いんです。逆に私は陰気で口下手、何もしてないのに怒ってる、睨んでると誤解されやすく…妹の私に虐められてるって主張を誰もが信じて、私は孤立して学生時代友達が1人も出来ませんでした」


「…話を聞いてると、妹絶対に性根の悪さが顔に出るでしょ?全く気づかない周りの目が節穴なのか、妹の擬態が完璧だったのかは分からないけど…そんな環境で今まで頑張って来たのね」


偉いわ、とクリスは頭を撫でた。鈴香には親にすら撫でられた記憶がない。目の奥が熱くなるが、話が出来なくなるのでグッと堪えた。


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