収穫祭は家族で過ごすもの
全ての村の視察を終えてクリューズ村へ戻って来た二人を、中央広場で人々が出迎えた。その中にロランドの知らない、金髪に青い瞳をした華やかな容姿の青年がいた。
「ヨハネス兄さん!!」
ルルは馬から降りるとその青年に飛び付いて行き青年は笑いながらルルを抱きとめたあと、ロランドに向かって跪いた。
「領主様、お初にお目に掛かります。村長の次男ヨハネスにございます」
「貴殿がヨハネスか。よろしく頼む。そうか、もう収穫祭か」
秋になると王国中で収穫祭が催され、王都の商売人たちもこの時期は休業し、帰郷して家族と過ごす。
「領主様お帰りなさいませ。さぞお疲れでしょう。すぐにお寛ぎいただけるよう城を整えてございますので、どうぞ今日はごゆっくりなさってください」
トビアスがにこやかに労った。
「ありがとう、そうさせてもらおう。ルルは今日は家に帰りなさい。久しぶりに家族が揃ったんだ。水入らずで過ごすといい」
ロランドにそう言われてルルは絶望的な顔をした。
「嫌です! 領主様をお城に一人にするなんて。僕は帰りません」
「そんなこと言うものではない。母上が待っているだろう? 旅の話を聞かせてあげなさい」
たしかに母さんには会いたいしヨハネス兄さんともゆっくり話したい。でも領主様が一人でお城に戻るなんて絶対嫌だ。
どうしようかとウーウー唸っていたルルが、パッと顔を輝かせた。
「領主様、うちに来てください! 他の村長の家には泊まったのにうちには一度も来てくれてないじゃないですか」
するとマリウスが
「なるほど、それはいいかも。我々も領主様から視察のお話を伺えるし、ルルも母さんやヨハネスとゆっくりできる」
と言えば、さきほどは城でゆっくりしろと言ったトビアスまでも
「領主様、お疲れのところを申し訳ありませんが、少し旅が延びたと思って是非とも我が家へお越しいただけませんでしょうか」
と誘ってきて、他の村長の家には行ったのにと言われると断るのも憚られ、かくしてロランドも一緒にそのまま村長宅へ向かうこととなった。
トビアスが領主様とルルを連れて帰って来たのを見てルルの母親は大喜びだった。
「我が家にお越しいただけるなんて感激ですわ。ルルにも今日は会えないと思ってたのよ」
「突然来て申し訳ない。そういえば、マーテル村では奥方の御母堂にお会いした」
ルルの母親イネス・マーテル・クリューズはチーズの名産地であるマーテル村の村長の娘だった。今は兄が村長となり母と同居していた。
「私は髪と目の色しか似なかったけれど、ルルとはそっくりでしたでしょ?」
ルルの母親は美人というよりは可愛らしいタイプだが、ルルの祖母は年を取っていても目を見張る美貌の持ち主であり、ルルは祖母の容貌を受け継いでいた。
「おばあちゃん元気だったよ。領主様のこと素敵だ素敵だって大ファンになっちゃって」
ルルの報告にヨハネスが
「まったく、村一番の色男といえば俺だったのに、帰ってきたらみんな領主様ファンに鞍替えしてるんだもんなぁ」
と拗ねてみせる。
「僕も思った! ヨハネス兄さんもカッコいいと思ってたけど、領主様の前じゃ霞むなって」
「アハハ、相変わらずルルは素直だなー」
色男ヨハネスの笑顔は引きつっていた。
家族の会話に耳を傾けながら、ロランドはこんなふうに収穫祭の時期を誰かと過ごすのはいつぶりだろうかと思っていた。
帰郷する仲間に代わり、家族のいないロランドは率先して収穫祭シーズンの仕事を請け負っていたため、騎士になって以来この時期はいつも任務だった。
「その素敵な領主様がお戻りになられたので、明日から本格的に村の収穫祭の準備に掛かれますよ」
マリウスがそう言うとルルはハッとして
「領主様、収穫祭が終わるまではうちに居てくださいね。収穫祭は家族で過ごすものなんですからね。一人で過ごしちゃダメなんですからね」
ルルに押し切られてロランドは収穫祭が終わるまでの一週間を村長宅で過ごすことになった。
収穫祭の当日、ルルは領主様と中央広場に何重にも並んだ屋台を見てまわった。
「王都以外の収穫祭は初めてだ。王都の収穫祭も子どもの頃に行ったきりだしな」
「今日は楽しみましょう! 領主様、何が食べたいですか? 僕のお薦めはクレープです! マーテル産の生クリームたっぷりのクレープなんてダルメディアでしか食べられません。しょっぱい系ならトウモロコシのチーズ焼きとか、香草ダレの鶏の串焼きとか、ワカサギのフリットも美味しいです!」
ルルは領主様の手を引っ張って目に入った物を次々と説明して行く。
「あ! あれ見て! 領主様がいっぱい!」
ルルの指差す方へロランドが目を遣ると、額に入った姿絵を売る屋台だった。近付いて見ると、花冠をつけて芦毛の馬に乗るロランドや、花冠をつけて役場で執務をするロランドや、花冠をつけて手にクリームソーダを持つロランドの姿絵まであった。
「さすがに今年の姿絵はちゃんと本物に似てるなぁ。僕が昔買った英雄様の姿絵は、ご本人を知ったあとだとあんまり似てなかったんです」
「ルルも私の姿絵を買ったことがあるのか?」
「はい! ずっと宝物にしてたから、本物の領主様と似てないってわかってからも大事にお城の自分の部屋に飾ってます」
あの頭が火事のゴリラ男……私だったのか。
人知れず衝撃を受けているロランドを余所に祭りの夜は更けていった。
収穫祭のクライマックスである各村でいっせいに打ち上げる花火の時間が近付くと、ルルは領主様を水車小屋へと連れて来た。
「どうしたルル、せっかくの花火を見ずに城へ戻るのか?」
「いいから、着いて来てください」
ルルは悪戯っぽく笑って秘密の通路を駆け抜け、城門近くの兵の待機場の出口へとやって来た。この待機場から物見櫓へと登れる階段があるのだが、子どもたちが登ってしまうと危ないためいつも施錠されている。
ルルは鍵を取り出すと階段への扉を開いた。
「さ、領主様、こっちです!」
「いつの間に鍵を」
階段を上りながらロランドが尋ねるとルルはパチリとウインクした。
「ヨハネス兄さんが持って来てくれました。着きましたよ!」
狭い階段から物見櫓に出ると、中央広場のざわめきが遠くに聞こえ、クリューズ村全体とその先まで一望できる。
そのとき、ドーンという音と共に最初の花火が打ち上がった。櫓からは同時に打ち上げられた近隣の村の花火まで見渡せる。
「きれー!」
「これは、壮観だな」
夜空に次々と打ち上げられる花火を見上げる二人のあいだにしばしの沈黙が流れた。
「僕、自分の家よりも、ここに来て初めて帰って来たんだなって感じがします。母さんに怒られちゃいそうですけど」
そう言って花火を見上げるルルの横顔を見ながら
「今まで何処にいても、騎士団の自分の部屋でさえ、野営と同じ仮の寝床のように感じていた。けれど今初めて私にも帰って来たと思える場所ができたよ」
ロランドが独り言のように呟いた言葉は花火の音にかき消され、ルルの耳には届いていなかった。