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領主様の贈り物と視察の旅

ロランドがダルメディア領に来てひと月が過ぎようとしていた。

ルルとロランドが裏庭の菜園に植えたハーブは子どもたちが水遣りをしてくれて青々と育ち、城の図書室には絵本コーナーが設置された。

ロランドは毎日のように役場を訪れてはトビアスやマリウスにダルメディア領についてあれこれ質問したり、役場の仕事を手伝ったりしていた。

「ご用のときは伝書鳩を飛ばすか村の子どもに言付けていただければ、こちらから伺いますのに」

トビアスは恐縮して何度もそう言ったのだが

「どうせ市場に買い物に来るし、私がこっちに来た方が貴殿たちの仕事も滞らず効率的だろう」

と、ロランドの方から来てしまうので、ついに役場の会議室の一つがロランドの執務室として改装された。

部屋をもらったロランドは執務机の椅子に座り

「どうだいマリウス、私も領主らしくなっただろう?」

とご満悦だった。

「どこに村役場へ出勤してくる領主様がいるんですか」

呆れたようにそう言ったマリウスだったが、実際ロランドが投げかける疑問や与える助言はとても的確で

この方は剣の腕と人気だけで騎士団長まで昇りつめたわけではなかったんだな。

と、内心では驚嘆していた。

そんなロランドがある日

「この夏のあいだに領内の他の村々を視察してまわろうと思う」

と言いだした。

「それは素晴らしい。すぐに同行者の選定と馬車の手配をいたしましょう」

トビアスは賛同してそう言ったが

「連れて行くのはルルだけでいい。馬車も不用だ、私の馬で行く。騎士時代に野営の心得はある。この季節なら移動途中は野宿で十分だ」

「まさか! 領主様が野宿などというわけには参りませんでしょう」

困惑するトビアスだったが

「皆を煩わせるのは本意ではない」

とロランドは譲らず、その横でルルは

「野営! 僕初めて! 楽しみです!」

とピョンピョン飛び跳ねた。


視察に出発する二日前、ロランドが一人で役場の資料室で調べ物をしているところにマリウスがコソコソとやって来た。

「領主様、念のためにお耳に入れておきますが」

「どうした」

「明日ルルの誕生日です」

「まことか! よく知らせてくれたマリウス。感謝する」

「いえ。教えなかったらあとで怒られる気がしたんで」

「その通りだ」


翌日の朝、いつものように秘密の通路を通って共同市場を抜け中央広場にやって来たルルは、領主様に

「少しここに居てくれ」

とベンチで待たされていた。

戻って来た領主様は両手にクリームソーダを持っていた。

「今日は特別な日だ。ルル、誕生日おめでとう」

感激して泣きながらクリームソーダを飲むルルとその隣で優しく微笑む領主様を、広場に居合わせた村人たちは温かい目で見守っていた。


その日の夕食はルルの母親がクリームコロッケとマカロニサラダ、サクランボのタルトと、ルルの大好物ばかりを差し入れてくれた。

食事を終えたロランドが

「ルルに渡したい物がある。あとで私の部屋へ来てくれ」

そう言って席を立ったので

渡したい物? なんだろ。

ルルは手早く夕食の片付けをして、急いでロランドの部屋へと向かった。

ノックをして部屋に入ると、ロランドが一本の剣を手にしていた。

「これは私が初めて持った剣だ。10歳のとき、亡き父から贈られたものなんだが、ルルにもらって欲しい」

ルルは驚いて

「いただけません! そんな大切な物」

部屋の入り口で止まったままそう言うと

「私はもう剣を持つことはできない。これは私にとって特別な剣だからこそ誰かに託したいと思っていた。ルルが初めて持つのがこの剣ならば、こんなに嬉しいことはない」

領主様が歩み寄り、目の前に差し出したそれをルルは震える両手で捧げ持った。

そのショートソードは使い込まれて細かいキズがたくさんあり、少年の日のロランドがどんなに努力したかが偲ばれた。

「み、身に余る……光栄……」

片膝をつき、そう言いかけたルルだったが

「こんなのほんとに身に余り過ぎです! 領主様、僕は、僕は、本物の騎士でもないのに。剣を持つ資格なんて僕にはないんです」

ポロポロと涙が溢れた。ルルだって勝手に騎士科を受験して不合格となったことにうしろめたさを感じていないわけじゃない。だけど諦め切れなかった。英雄様のような誇り高き騎士に自分もなるのだと。

その英雄様の大切な剣を賜るなんて、こんなに嬉しいのにこんなに苦しいことはない。

「この剣を持つのに資格が必要と言うなら私がそう望んだから、ではダメなのか? 明日からの視察の旅はその剣で私を守ってくれ」

ルルはやっとの思いで頷いて、剣を胸に押し抱くと涙を拭き拭き自分の部屋へと下がって行った。


ベッドに入ってロランドはなぜ自分はあの剣をルルに譲ったのだろうと考えていた。

父はあの剣をロランドに与えたあと、すぐに遠征へと旅立ち帰らぬ人となった。だから父との最後の思い出もあの剣と共にある。

自分もいずれ騎士になり騎士団長となって、自分も息子を持ち、その子が10歳になったらあの剣を譲るのだと当然のように思っていた。

しかし現実では今や騎士ですらない。

父もまさかあの遠征で自分が死ぬとは思っていなかっただろう。ロランドも自分が騎士を辞めるなんて思ってもいなかった。人生は何が起こるかわからない。

だから、今このときを悔いのないように。そう思ったら、ルルに自分の一番大切な物を渡さずにはいられなかった。

「重過ぎなんですよ領主様。弟もドン引きじゃないですか」

ロランドの脳内マリウスが辛辣なことを言ってくる。

すまんな。不器用な男で。

頭の中のマリウスに小言を言われながらロランドは眠りについた。


明くる朝、ロランドはルルと共に愛馬に乗り、視察の旅へと出発した。

村の人たちへの挨拶は前日に済ませていたので、城での見送りは子どもたちだけだった。

「行って来まーす! ハーブの水遣りと伝書鳩のお世話をたのんだよー!」

手を振りながら叫ぶルルの腰にはショートソードが下げられている。

「わかったー! いってらっしゃーい」

子どもたちが笑顔で手を振り返した。


2人はその日の夕方に隣村へ到着し、村長たちに出迎えられた。

「領主様、先に野営地を決めちゃいましょう」

今夜は楽しみにしていた野宿が出来るとワクワクしているルルに村長が慌てて

「ルル! 何を言ってるんだ、野営なんてするわけないだろ! 領主様とルルの部屋は我が家に用意してある」

「えーーー」

「ルルは視察の間ずっと野宿するつもりだったのか? 移動の途中で夜になったときは野営をするから、村に滞在中はありがたく泊めてもらおう」

がっかりして口を尖らせるルルをよしよしと宥めていた領主様の横に、村長がスススと寄って来て声をひそめた。

「領主様、いちおう部屋は別に用意いたしましたが、もし夜にルルとアレでしたら、その……私どもにはどうぞご遠慮なく」

そういえば村長たちのこの誤解も解いて回らなければならないのかと遠い目になるロランドであった。


視察はひとつの村を一週間ずつ、6つの村を回るので移動も含めると2カ月近くの旅程だった。

どの村でも領主様は手厚く歓待され、村長の家に滞在したが、野営の機会が一度だけ訪れた。その日は出立が遅れて次の村に着く前に日が落ちてしまったため、近くの果樹園でルルの念願の野宿をすることになった。

季節がら夜でも暖かく、水も食料も前の村でたっぷり持たされていたので、それを食べて毛布を敷いてごろ寝するだけだったが、ルルにとっては屋外で眠るのも領主様が隣で横になっているのも新鮮で楽しい。 

「領主様、僕が寝ずの番をしますから、安心してお休みください」

ルルは張り切ってそう言ったが

「ここには敵も危険な動物もいないから見張りは不要だ。しっかり寝なさい」

領主様が肘枕をしながら自分の隣をポンポンと叩いたので、ルルは素直にその場所へころんと寝転がる。

「領主様は危険な野営もしたんでしょう?」

下から見上げるルルの緑色の瞳が、木の枝に吊るしたランタンの灯りを映してキラキラと輝いている。

「そうだな。最後に騎士団で野営をしたのは半年ほど前か。凍える寒さの中、夜を徹して国境を監視し続けた。もう随分昔のことのように思えるが」

「ここは寒くないし平和で草のいい匂いがして星が綺麗で、騎士様たちに申し訳ない気がします」

確かにそうだとロランドは思った。

騎士団の皆からは悲劇の人と思われているだろうが、今こうしていられる自分は皆に申し訳なく思うほど幸運な男だな。

すぐにスゥスゥとルルの穏やかな寝息が聞こえてきて、ロランドは自分の胸元にあるルルの頭に手を伸ばし柔らかい金色の髪を指先で玩ぶ。そうしていると今まで感じたことのない温かな気持ちで心が満たされるのだった。

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