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領主様との夕餉

今日は領主様もお疲れだろうからと、ルルと馬を預かる厩務の者以外は挨拶を済ませると城を辞去した。

露払いとなって城の中を進みながら、ルルは後ろに英雄様がいることが夢のようで忙しなくチラチラと振り返っては、ロランドと目が合う度に嬉しそうにウフッと笑う。

領主の部屋の前までやって来ると、ルルはくるりと振り返りロランドの顔をじっと伺った。

「領主様! 先に湯に入られますか? すぐにお食事にしますか?」

おそらくルルの中で段取りが決まっているのだろう。その通りに行動してやりたいと思うロランドはルルの表情を探り探り

「そうだなぁ、腹も空いているといえば空いているがぁ……長旅でさっぱりしたいしぃ……風呂? かな?」

と言えばルルは嬉しそうに

「かしこまりました!」

と勢いよく部屋のドアを開ける。

「お湯の用意は出来ております!」

そう言って寝室の奥のパウダールームに進みながら

「タオルはこちらに。ブラシはこちらに。バスローブはこちらに。脱いだお召し物入れはこちらに。お着替えのご用意はこちらに!」

揃えた指先をピンと張っていちいち示してくれる動作が可愛らしい。

「お背中をお流ししますか?」

「いや、それは大丈夫だ。ありがとう」

「では領主様がお風呂のあいだにお食事の準備をして参ります!」

ピョコンと頭を下げて出て行こうとしたルルが「あっそうだ!」と小さく声を上げて戻って来た。

「このベルを」

そう言って差し出された手のひらに小さな金のハンドベルが載っている。

「ご用のときはこのベルを鳴らしてください。浴室の中からでも思いっきり振ったら食堂まで聞こえましたから。けっこう力一杯振ってください」

「承知した」

ロランドがベルを受け取ると、ルルは満足げに軽やかな足取りで出て行った。


3日ぶりの風呂にゆっくりと浸かりながらロランドは、命に代えても守ると言ったルルの顔を思い浮かべて微笑んだ。幼いときから母親でさえ自分が守るべき存在であったロランドが、守ってくれると言われたのは初めてである。

「私の護衛と言っていたが……」

この平和な村で? 従者の間違いではないのか? と、しばし考える。

さきほどは片膝をついて騎士の誓いを真似ていたし、騎士に憧れているルルを、村長は護衛の仕事だと言いくるめてその気にさせたってわけか。

聞かずとも事情を把握したロランドであった。


浴室から部屋へ戻るとルルがタオルと団扇を持って待っていた。

「御髪を乾かしますね。お湯加減はいかがでしたか? あ、レモン水をご用意したので飲んでください」

ロランドをカウチに座らせ濡れた髪を丁寧に拭っていく。

「ありがとう。湯はとても気持ちよかったよ。それにしても至れり尽くせりだな」

「護衛の務めですから!」

「……そうか」

「あの花冠は風通しのいい日陰に干しておきますね。上手く乾かせたらずっと摘みたてみたいにきれいなままなんです」

「ありがとう、あれは私の宝だ。新しい領主が来たらあのように妖精の戴冠式をやるのがしきたりなのか?」

「いえ、あの、あれは僕が、もし新しい領主様がいらっしゃることがあったら絵本と同じように妖精の戴冠式でお迎えしたいなって子どもの頃から思ってたんです。そしたら今朝、父さんからダルメディアの新しい領主様が決まったって聞いて、急いで村の子たちを集めて一緒に花を摘んで作りました。父さんには学芸会じゃないんだぞって言われたけど、マリウス兄さんが領主様はきっと喜んでくださるって言ってくれて」

「いや、素晴らしい歓迎式典だった。感激したよ。子どもたちに機会を設けて感謝を伝えよう」

「ありがとうございます! みんな喜びます」

髪を乾かし終えると、ルルはロランドを食堂へと案内した。恭しく椅子を引いて

「領主様、こちらへどうぞ」

とカトラリーがセットされた席へ座らせ、小さなグラスにシェリー酒を注いだ。

「ルルは食べないのかい?」

「あ、僕はあとで食べますので」

ずっと宿舎住まいだったロランドは給仕されながらの食事はどうにも落ち着かない。

「よかったら、ルルも一緒に食べないか?」

「ダメです」

「……ダメなのか」

「あのぉ、あと2回言ってくれたら……もし領主様から食事をご一緒するように言われても、2回は遠慮しなさいって父さんから言われてて」

「なるほど。ではルル、一緒に食べてくれ」

「ダメです」

「一緒に食べよう」

「身に余る光栄にございます!」

ルルは嬉しそうにいそいそと自分の分のカトラリーを持ってきた。

「これは食事の度に毎回やらなければいけないのかい?」

「はい、たぶん。領主様からお誘いされて一度目でオッケーしていいのは閨のお相手だけだって」

ロランドはシェリー酒を吹きそうになった。

「そんなこともするように父上から言われているのか⁉︎」

「いえ、万が一そういうお誘いがあったときには自分で決めるようにと。嫌だったらお断りしてもいいって……それで僕ぅ、領主様からそういうお誘いをされたらぁ、どうしようかナってぇ」

もじもじしながら顔を赤らめるルルに、ロランドは慌てて

「そういう心配はしなくてよい! 私は未成年に手を出すつもりはないぞ」

「あ、若い子はお好みじゃないですか? マリウス兄さんを呼びますか?」

「いや、マリウスは無理! って、そういう問題でもない!」

「マリウス兄さんは無理なんだ……もしかして女性の方がいいとか? んん〜この村は女の人の貞操には厳しいんで、ちょっと難しいかもぉ」

ロランドは頭を抱えた。この件については明日クリューズ卿としっかり話し合わねば。

「あのな、ルル。閨事の世話は護衛の仕事ではないからお前は気にするな」

「はい!」

素直に返事をして、ルルは二人分の食事を並べていく。

「今日の夕食は僕の母さんが用意しました。申し訳ないのですが調理人が見つからなくて、朝と昼は僕が作って夕食は村の人が交代で持ってきてくれます。色んなおうちのご飯が食べられるなんて楽しみですね!」

「そうか。村の者には世話をかけるな」

「みんな喜んでるし張り切ってますよ! あ、このミートローフは母さんの得意料理なんです。これに合う赤ワインをお持ちしますね。付け合わせのエンドウ豆は僕が庭で育てました」

「美味そうだ。ありがたくいただこう。なぁルル、これからはいつも一緒に食卓に着いて欲しい。これはお誘いではなく私からのお願いだ。主人の願いを叶えるのも護衛の務めだろう?」

「領主様のお願い?」

「そうだ」

ルルは頬張っていたミートローフをゴクリを飲みくだした。

「領主様の願いはこのルルが叶えます!」

「うん。頼んだよ」

「はい!」


食事を終えて部屋へ戻ると、ルルはロランドの寝衣を用意しながら

「父さんから領主様にってブランデーを預かってますが、お休みになる前にいかがですか?」

と聞いてきた。

「そうか。それは楽しみだな」

「すぐ持ってきます!」

ルルは手にしていたロランドのガウンをベッドに放り出すと部屋から飛び出していった。

「ふふっ、まったく。忙しない子だ」

ロランドは笑いながらガウンを拾い上げて自分で羽織った。

間もなくブランデーのボトルと美しいカットグラス、チーズとドライフルーツのプレートを載せたワゴンを押してルルが戻ってきた。

「コルベール産のブランデーか。随分と張り込んだな村長殿は」

「はい! 父さんの取って置きです。こちらはマーテル村の熟成チーズで、ブランデーもチーズもダルメディア領の特産です。干した山桃はサラとニコラが領主様にって」

「サラとニコラ?」

「妖精の戴冠式のとき、領主様に王の台詞をこっそり教えてくれた子がサラで、サラの隣にいたのが妹のニコラです」

「ブランデーもチーズも王宮で出される最高級品の上、妖精のくれた山桃など陛下ですら口にしたことはないだろう。なんとも贅沢だ」

ご機嫌なロランドに、ルルは

「ダルメディアの領主様にとっては贅沢ではありません。これが当たり前なんです。これから毎日ずっとです」

と思い詰めたように言い、瞳が水面のように潤んでいる。

「どうかしたのか? ルル」

「領主様はダルメディアで幸せに暮らすんです。うんと、うーんと幸せに」

「もしかしてルルは、私が悲嘆に暮れてダルメディアにやって来たと思っていたのか」

「だって、お怪我をされて、それでもう領主様は……」

ルルは下を向いてしまった。

「そうか。心配させてしまったね」

返事の代わりにルルの目からポロリと涙がこぼれ落ちる。

「私はね、騎士を引退したことを決して不幸とは思っていないから安心しておくれ。騎士以外の生き方を知らないから戸惑いはしたが、陛下からダルメディアをいただいて、むしろとても幸運だと思っている。違うかい?」

ルルはぶんぶんと首を振った。

「今日ここに来たときから私はすでに幸せだ。だからルル、泣かなくていいんだよ」

その言葉に顔を上げたルルの涙をロランドは指先で優しく拭った。

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