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僕が護衛に!?

「ねぇ、ルル! 父さんがあなたに今すぐ来てほしいって!」

階段の下から叫ぶ母親の声に、二階から転がるような勢いで少年が降りてきた。

「父さんが僕に!? もしかして役場から伝書鳩が来たの?」

「そうよ。よっぽど急ぎなんじゃない? 早く行ってらっしゃいな」

「父さんが僕に役場に来て欲しいなんて! なんだろう! ね、なんだろね!」

父親の職場に呼び出されるという初めての出来事に興奮と嬉しさが抑えきれずに頬を赤くしてぴょんぴょんと飛び跳ねる息子に母親は思わず吹き出した。

「ほらほら、あなたももうすぐ14になるんだから少しは落ち着いて。寄り道しないで行くのよ」

「寄り道なんてしないよ! 行ってきまぁす!」


ルルの家は代々このクリューズ村の村長をしている。今はルルの父親のトビアスが村長で、一番上の兄のマリウスは次の村長になるべく、王都の上級学校の領主科を出たあと、父親とともに村役場で働いている。

二番目の兄のヨハネスは、王都の上級学校の文官科を卒業し、そのまま王都に残って、大きな船で国内外を股にかけ手広く商いをする一流の商会で働いている。

ルルは地元の下級学校を卒業するとき

「僕は王都の上級学校の騎士科にいく!」

と宣言して、家族からも先生からも

「悪いことは言わないからお前は従者科にしなさい」

と説得された。見目の整ったルルならば貴族や豪商が従者として雇いたがるだろうし、そもそも騎士科にいくには身長が足りない。周りから言われてしぶしぶ従者科への進学を了承したかに見えたルルだったが、入学試験当日になって勝手に騎士科を受験しにいき、受付の段階で不合格となった。

「背が伸びたらまた来年おいで」

と試験官に言われてメソメソと帰って来たのだった。

父親のトビアスはあきれながらも、そこまで騎士科にいきたかったのかとルルの一途な思いを知って叱ることはせず

「まぁ来年どうなるかわからないが取り敢えず頑張れ」

と言ってくれた。上級学校は15歳以上の成人は受験することができない。つまり受験資格は14歳までだから、ルルは来年も受けられるのだ。

そんなわけで、今は受験浪人として家事手伝いをしながら独学による騎士の鍛錬に励む日々を送っていた。


父さんが仕事中に僕を呼ぶなんて初めてだ。しかも伝書鳩を使うほど急ぎだなんて! すっごく僕を頼りにしてるってことだよね!

はやる気持ちを抑えきれず、役場の玄関から勢いよく駆け込んだルルは

「こんにちは! 僕、村長に呼ばれて来ました!」

と受付嬢に元気に告げて、そのまま軽やかに階段を上がり村長室へと向かう。部屋の前で兄のマリウスが扉を開けてにこやかに待っていた。

「やぁ、来たねルル」

「マリウス兄さん! 父さんが僕に用事だって! うちに伝書鳩が来たんだよ!」

「あぁ、知ってるとも。私が飛ばした鳩だからね」

「そうなんだ! 僕に用事ってなんだろな!」

「うん。父さんから大事な話があるからね」

期待に目をキラキラさせる15も年の離れたかわいい末っ子の肩を優しく抱いて、マリウスは父親の元へ連れていく。トビアスは立派な執務机の向こう側に座ったままルルに手招きして向かいの椅子に座らせた。

「急に呼び出されてびっくりしたろう?」

「うん、ビックリ! 僕に用事って?」

ワクワクして足をバタつかせたいのをなんとか抑えて座っているルルに父親は微笑みながら話し始めた。

「実は30年ぶりにダルメディア領に領主様をお迎えすることが決まってね」

ダルメディア領はこのクリューズ村を含む7つの村から成る王家の直轄地で、大きな功績のあった人物に一代限りの爵位を与える際にダルメディア領主を任命することがある。村長たちがそれぞれの村をしっかり統治しているので、治安も良く実り豊かなこの土地の領主は、ただ領民税を受け取り領主様として慕われながら死ぬまで安泰で暮らせるという、国からの褒償なのだ。

「領主様!? ってことはあのお城に!?」

ルルの大きな緑色の目がさらに見開らかれた。

領主の住まいとなるダルメディア城はこのクリューズ村にあり、主のいない城を村人たちが交代で掃除し管理している。城の庭は村の子どもたちの遊び場だが、いつ領主様をお迎えしてもいいように手入れの行き届いた庭園を荒らさないよう幼い子でもちゃんと気をつけているのだ。

「へぇーどんなお方だろ……」

ルルはなんとなく優しそうな白い髭のおじいちゃんを思い浮かべた。ここの領主様になれるのは王様からの最高のご褒美なのだと小さい頃から聞かされてきたから、たぶんすごくいい人に違いない。

「その領主様なんだが……」

トビアスはもったいつけるように言葉を切ってひと呼吸おくと

「なんとあのロランド・ベルナール様だ!」

ジャジャーン!という効果音が聞こえそうな勢いで立ち上がり両手を広げ高らかに言い放つ。

「ロランド・ベルナール様って、あの英雄様の?」

ルルはびっくりし過ぎて椅子に固まったまま動けない。

ロランド・ベルナール様といえば、若くして騎士団長に就任し、輝かしい戦績と素晴らしい人柄で国王陛下から英雄の称号を賜り、国民からも絶大な人気があって子どもでも知っている。

もちろんルルも英雄様の大大大ファンだ。村のお祭りで買った、燃えるような赤毛をなびかせながら獅子の頭に片足を載せガッツポーズを決めている筋骨隆々の英雄様の姿絵はルルの宝物で大切に部屋に飾っている。

黙って目を見開いたままのルルの横にマリウスがやって来た。

「まだ若くて騎士として現役バリバリの英雄様がどうして領主様にって思うだろ? それについて父さんの話を落ち着いて聞いて欲しいんだ」

兄の言葉にルルはコクリと頷く。

「うむ。実はな、まだ公にはなっていないが、英雄様は騎士を引退なさる。1カ月ほど前に任務中に大きな怪我をされてね、今は回復されて日常生活には問題ないのだが、もう剣は握れなくなってしまったそうなんだ」

「え、うそ……」

「たとえ剣が握れずとも騎士団長を続けてほしいと陛下はおっしゃったそうなんだが、英雄様は潔く引退することを選ばれた。独身のうえご両親はすでに他界されていて天涯孤独の英雄様を陛下はご心配されてね、ダルメディア領を与えるから領民、特にクリューズ村の者たちには末永く英雄様に誠心誠意仕えてほしいと直々にお達しをいただいて……」

話をしていたトビアスがふと見ると、ルルの大きな目からハラハラと涙がこぼれ落ちていた。

「ルル、大丈夫?」

横に立っていたマリウスが屈んで心配そうにルルの顔を覗き込む。

「うっ、うっ、ぼ、僕は、英雄様に、うんと、うーんと、幸せに、なってほしい。お務めを、頑張って、お怪我、しちゃったけど、だから、クリューズ村で、領主様に、なれて、よかったってぇ、思ってぇ、もらえるぅ、よう、に……うっ、うぅ」

トビアスは椅子から立ち上がってルルの元にやって来ると、しおしおと泣き濡れているルルの手を両手でしっかりと掴んだ。

「そうだよルル。英雄様にはこのダルメディアで幸せに暮していただく。そこでだ! ルル、お前の出番なんだ!」

「へ?」

「英雄様は特に荷物もないからと、供の者も連れずにお一人で馬に乗って一昨日すでに王都を発たれたそうなんだ。だがな、日常生活に支障はないとは言え、英雄様は腕を傷めていらっしゃる。領主様なんだから護衛の者が必要だろう?」

ルルはウンウンと頷き、父親の言葉の続きを息を呑んで待った。

「ルルは騎士科の試験を落ちてから、毎日母さんの家事の手伝いをしているし、自分で考えたアレ、ほら、なんだ、いつもなんだか頑張ってるだろ?」

「騎士の鍛錬!」

「そう、それそれ。だからルルに護衛として、お食事の給仕とか、お着替えの手伝いとか、お客様の取り継ぎとか、英雄様の身辺の諸々を任せたいんだ。言っておくが、英雄様の護衛は大変な任務だぞ。常によく観察して、そろそろ休憩が必要そうならお茶を淹れたり、お疲れの様子なら湯浴みのあとすぐ寝られるように寝所を整えておくとか、寝る前に少しお酒を嗜まれるかも知れないから酒盃を用意しておくとか。とにかくいつでも領主様のご様子に気を張っていないといけないんだ、護衛の者は」

すっかり涙も止まったルルは神妙な顔で父親の話を聴いていた。

「私は家事手伝いと騎士の鍛錬を毎日頑張っているルルこそ、領主様の護衛に適任だと思っているのだが、引き受けてくれるかい?」

ルルは勢いよく立ち上がり

「もちろん!」

と叫んだあと、ハッとして

「身に余る光栄にございます!」

と言ってピョコンと頭を下げた。どんなに困難な任務であろうとも“身に余る光栄”と言って引き受ける。これもルルの騎士の鍛錬のうちの一つなのである。

「そうか! 頼んだぞルル!」

「うん!」

手を取り合って笑う父と弟の横で

今の話のどこに護衛の要素があったと言うんだ、ちょろ過ぎるだろ弟よ……

と一人苦笑いを浮かべるマリウスであった。


「よし! そうと決まれば早速だが、ルルもお迎えの準備を手伝ってくれ。英雄様は今日の夕刻にはダルメディア城にご到着される。時間がないぞ」

その言葉を聞いたルルは

「大変だ! こうしちゃいられない!」

と言って突然くるりと背を向け走り出した。

「ちょっ、コラどこ行く! 待ちなさいっルル! まだ話が」

「だいじょぶー! すぐ戻るからー! お城で待っててー!」

そう叫びながらあっという間にどこかへ行ってしまった。

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