#8 粋な計らい
同級生男女の仲睦まじい会話が肌を撫でるたび、あの温もりが遠ざかっていくのを感じた
影でコソコソと言われた罵詈雑言を知った時の怒りも、別れを告げた時の痛みも、今はもう胸の奥で鈍く燻るだけ。
────これまでの思い出は消えない
けれど、それを今になって振り返るつもりはなかった
考えれば考えるほど喪失感は強くなる一方⋯⋯それでも、陰口を知っても確固として揺らがなかったこの想いを最後に伝えられた
俺の事は忘れ、本当の幸せを手に入れて欲しいと思う────
⋯⋯ここは?
閉じられた白いカーテンの隙間から強い日差しが差し込む
俺の全身は何かに包み込まれていた
ふんわりとした布の感覚、体温のおかげかその中は暖かい
目を覚ませば俺は柔らかな物体の上に横たわっている⋯⋯
ああ、そうだ
真海との関係に終止符を打ったその戻り、感傷に浸った俺は強烈な喪失感に襲われた末に体調を崩し、教室の前で倒れて⋯⋯
辺りを見回すと、そこは白を基調とした場所で教室とは一風変わっている
収納棚には医療品が並んでいて、難しそうな書物も沢山ある。
それにここはベッドの上⋯⋯保健室か
目を凝らして見ると、収納棚隣の奥の机には俺の荷物も置かれている
壁に取り付けられた時計に目をやれば、その時間に俺は驚き、目を擦って2度見する
⋯⋯17時
俺の記憶違いじゃなきゃ、確か俺がぶっ倒れたのは四限後の昼休み
旧校舎に向かって真海と会って──
「いっ⋯⋯」
昼休みの記憶を思い返す際、思わずその時にした真海との会話が出てきてしまい、頭にはズキンと強烈な痛みが走った
こんな時間となると、5限6限なんかとっくのとうに終わっている⋯⋯
出席日数が足りなくなる心配はないが俺は欠席ゼロ回の記録を保有してる
正直どうでもいい事だが、体調を崩した理由が理由だ
うぉぉ、マジかよ⋯⋯
って事は要するに俺、2時間以上も気を失ってたって訳か⋯⋯
18年以上の付き合いを持つ幼馴染を拒絶したダメージは並大抵の物じゃなかった
今でも思い出せば、胃から何かが昇ってきて吐き気を催す
その一方で心の中では少し安堵してる自分も居る
これでもう終わり、もう二度と真海との人間関係に悩まされる事は無い⋯⋯と、辛さを押し退けて新しい一歩を踏み出せたあの時の自分に賞賛の言葉を送りたい
⋯⋯よくやった、本当に
「会いたいな⋯⋯」
その場で独白
今は凄く、誰かに甘えたい気分だ
両親も別居、近頃は辛い事があっても1人で抱え込むことも多かった
そして⋯⋯抱え切れない程の悩みが出来て、偶然とは思えないタイミングで現れてくれた女の子
俺は目が覚めた直後からその子の事を考えていた
悄然とする孤独感を無くしてくれる唯一無二の存在を心から求めた
今すぐ、1秒でも早く会いたいと渇望する
未だ本調子とは言えない身体でベッドから立ち上がる
⋯⋯危ねぇ、これじゃ油断したら一瞬でまた気を失うな
ふらっと目眩で体勢を崩しかける
今のは何とか耐え切ったが、頭を打つなどの下手をすればまた2時間気を失う所だった
やっとの思いで机の上にあるスマホを手に出来たし、立っているのは危険だから一旦ベッドへ戻ろう
『新着メッセージがあります』
うわぁ、ALINEの通知の数、偉い事になってるな⋯⋯
その数、何と合計で35件
誰から送られてきてるかの大体の予想はついてるけど、それにしても多すぎじゃないか?
見る必要を感じない程度に、その予想には結構な自信がある
とは言っても確認しない訳にも行かないし、俺はアプリを開いてこの通知が誰による物なのかを確認
⋯⋯やっぱりか
予感は的中だ
真海からのメッセージが30件以上
流石に多すぎだろ⋯⋯もう話しかけないでくれって言ったはずなんだが⋯⋯
苦悩の末にようやく自分の思いに区切りをつけられたんだ
それでも尚、心を打ちひしがれるのは辛抱ならん
未読無視は神経を逆撫でするかも知れないしメッセージは一応、既読した事にしよう
ALINEの機能として、トーク履歴を見ずとも既読を付けられる物がある
俺はそれを使い、全てのメッセージに既読をつけた
更にメッセージを送られれば、またしても決意が揺らぐかもしれないと考え、俺は続けざまに真海からの通知をオフ
「⋯⋯わざわざ話すような事なんて、もうないってのに」
俺に何を伝えたいのか、昼休みの彼女の言動からでは何も予想がつかない
ただ⋯⋯決して俺からしたら良い思いをする物ではない、間違いなくだ
あの時の陰口をそのままぶつけて来るか、『勘違いするな』とかの恨み口だと予想しておく
引き留められたりすると余計辛い、だが彼女の言った通りそんな事"万に一つも無い"だろうが⋯⋯
それに恨み口を叩かれていると考える方が気楽だ
「⋯⋯見るわけねえっての」
そして俺を保健室まで運んでくれたであろう雅俊からは4件のメッセージが届いている
真海のALINEのトーク履歴を表示から消し、今度は雅俊のトーク履歴を開く
そこには長ったらしく、4つに別れた文
『色々とお疲れさん、意識が戻ったら返信してくれ。体調はどうだ?お前と荷物を保健室に運んでやったのは俺なんだから感謝してくれよ』
『それはそうと真海ちゃん、お前の事を必死になって探してた。実は俺、一限終わりのお前と真海ちゃんのやり取り、聞いててな』
⋯⋯アイツ、盗み聞きしてやがったのか
ならあっちから何か聞き出してくれれば相談できたのに⋯⋯後でたっぷりと嫌味を垂れてやる
『お前が昼休みに顔を青くして倒れた時は何事かと思ったが、きっとそういう事だと思って、真海ちゃんにはお茶を濁しておいた』
『以上、俺からの報告だ。普通に心配だから連絡はよこしてくれよ』
⋯⋯何はともあれ、粋な計らいをしてくれた雅俊には感謝はしなきゃだな
1限での盗み聞きは別として、俺の心情を察して真海に対して答えを渋ってくれたのは凄く助かった
5限の休憩時間、6限が終わって時間が経つ今になっても真海は保健室に訪れない
これも全部の雅俊の気配りのおかげだろう
俺のクラスの担任なんだがこれが結構甘い人で、ホームルームに居ない人物への言及はあまりしない
それの証拠として、今朝の一軍男子の騒ぎを咎めようとしなかった
言っちゃ悪いが、あれは教師としては少し生徒に寄り添わなさすぎてると思う
いや、その性格で間接的に俺を助けてくれてるのは事実そうだがな?
だから、恐らく俺が保健室に居ることは雅俊以外の誰も知らないと思う
荷物も雅俊が運んでくれたらしいし、連絡のひとつはしておこう
『今気が付いた。その件で一度お前に相談したかったんだがもう終わっちまった。とにかく本当にありがとう、今度また一緒に飯行こうぜ』
こんな所だろうか、嫌味は会った時にたっぷりと言ってやるとしてお礼は言っておこう
俺はそのまま送信ボタンを押し、メッセージを送った
続けて『ありがとうございます!!』と、いつものノリでふざけたスタンプも送っておく
⋯⋯さて、俺が気になるのはこの1件のメッセージ
彩華からだ
────俺、もしかしたら彩華に対する思いが少しづつ膨れ上がってきてるかも知れん
トーク履歴を開こうとするとドキドキし、鼓動が早まるのを感じる
真海の物とは別で、あちらは失恋の恐怖から来る鼓動の早まり
彩華はそれとは対照的で、かつての真海に
向けていた感情によく似ている
かつての真海ほどではないけど、彩華に対しては結構ドキドキする⋯⋯
⋯⋯よし、見てみよう
恥ずかしながら童貞の俺は、数少ない女の子とのやり取りに緊張しがちだ
あまり取り乱さないよう、昼休みの時のようにその場で大きく息を吸って、心を落ち着かせた
吸った息を吐いた後、唾を飲み込みトーク履歴を開く
すると、そこには短い文が1つ
雅俊とは真逆で簡潔的、送られてきた時間は5限終わりの休憩時間
『私、凄く不安だな?せめて何か連絡欲しいよ』
⋯⋯心配してくれてる
ぶっちゃけ俺の事を思ってくれていて嬉しいけど、昨日の件もあるし、無駄な心配を掛けてしまった罪悪感がすげぇ⋯⋯
文を見て、俺は彼女にどう言った返信をよこそうかと悩む
真海と本格的に区切りをつけた事は口頭で話すとして⋯⋯まずは謝罪だな
ごめんねと軽く入力し終わり、授業中に出れなかった事情を書き込もうとする
だが、そこで新たなメッセージが届いた
『直ぐ向かうから、絶対にそこ動かないでね?』
⋯⋯まるで俺の居場所を見抜いているかのようなメッセージが送られてきた
雅俊からすれば俺と彩華は初対面と認知してるはず
席が隣とは言え、真海にすら教えなかった雅俊が彩華に教えるとは思えない
────どうやって知ったんだろ?
送るはずだったメッセージを一度全て消し、書き直す
そのまま俺は、知り方についてはあまり深く考える事はせず何気なくメッセージを送る
『心配かけてごめん。分かった、待ってるよ』
⋯⋯とりあえず、ゆっくりするか
返信を送って俺がスマホを閉じ、再び枕に頭をつけた
そこから直ぐにだ
何やら保健室の外の廊下から足音が近づいてきている
それは焦っているかのように早く、ドタドタと靴音が近づいてきていて騒がしい
足音に重みを感じないので女子だろうか?
部活動に遅れた奴が急ぎ足で向かってるんだろうなと、そう頭の中で考えつつも全く関心を向けていなかった俺がゆっくりと目を閉じた時だった
「ゆうくんっ!!」
保健室の扉が勢いよく開いた
切羽詰まった女性の大きな声、突然過ぎる出来事の連発で、何だ何だと驚いた俺は身体を起こす
女性の声がした方向に目を向けると⋯⋯そこには何と、涙目で髪が乱れた彩華が立っている
無言で俺を見つめ、溜息を吐いて安心した素振りを見せ、やがて彼女はこっちへ駆け寄ってきた
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