#7 大好きだよ
立ち上がってこちらへ向かってきた真海は、彩華に群がっていた男子を押し退け俺の席の隣で腕を組んで仁王立ち
凄まじい気迫に呑まれた二軍の男子は散り散りとなってその場から離れるが、一軍男子は真海には意識を向けず彩華に集中している
────俺、なんかしたか?
いや、思い当たる節がない訳じゃないが
それでも俺の思い当たる節で有力な候補はやはり今朝の連絡ぐらいか⋯⋯
⋯⋯あるいは、昨日の晩に彩華を家に招いた所を見られてしまったからかもしれんが
「⋯⋯なんだよ?」
口元が僅かに歪み、何かを呟きたげに無言で俺を睨み続ける真海
彩華が心配そうな眼差しでこちらを見ているが、一軍男子に絡まれてそれ所ではないって感じ⋯⋯
真海の顔を見ると胸が痛む、俺は目を背けて話を聞く体制に入った
「昼休み、昨日の場所で待ってるから」
言い残して、真海は俺の元から去っていく
やり場のなかった怒りを遂にぶつけられるのかと覚悟した俺だったが、ほっと胸を撫で下ろした
昼休み、旧校舎に来い⋯⋯か
────その一方で、彼女の発言に何やら大きな違和感を覚えた
いの一番に強く感じたのは怒気
しかし単に怒っていると言うよりかは⋯⋯何だろう、上手く言葉に出来るほど鮮明な物ではなかったから⋯⋯なんとも言えん
唖然としてしまい、自分の席へ向かう彼女に掛ける言葉を見つけられなかった
う〜ん、昼休みに、しかもその翌日に真海から呼ばれるなんて思いもしなかった事態だな⋯⋯
しかも呼んだのが振られた方ではなく振った張本人と来た
今までは一緒に昼食を摂っていたが、今となっては気まずすぎてそれどころじゃ無いだろう
そう考えれば何か重要な話がある可能性が高いな⋯⋯
⋯⋯ひょっとしたらこれは過去に縋る自分への戒めとして良い機会かもしれない
目を合わせるだけで落ち込むこの状況下で2人きりの空間に身を投じるなんて自殺行為も良いとこだが⋯⋯
まぁそれもそうなんだが、問題は彩華がこの出来事になんてコメントするかだ⋯⋯
時間を見てみたが一限終わりの15分休憩はもうすぐ終わる
んで、隣の一軍の連中共は未だに彩華に取り付いていると⋯⋯こりゃダメだな
この様子じゃ次の休み時間でも相談に乗ってもらえるか危ういなぁ
とは言え独断で行くのも何だか不安だし⋯⋯う〜ん
「⋯⋯背に腹はかえられないか」
目の前でスマホをいじる俺の親友──現状で頼れるのは雅俊しか居ない
彩華に比べると、コイツに相談した所で⋯⋯と言う思考が真っ先に出て来るって大きな問題があるが、今は猫の手も借りたい状況
まぁこうは言うがこんなんでも恋愛経験を持つ、俗に言うリア充だ
何か的確なアドバイスを出してくれる事を信じて次の休憩時間にでも相談するとしよう
〜〜〜
四限目の終わりを告げるチャイムが鳴った
普段なら解放感を覚えるはずの音が、今日だけはやけに重く響いている
⋯⋯クッソ。結局の所、2限目、3限目も、そして今に至っても雅俊はアイツの彼女に呼ばれてしまい相談できずじまい
「彩華ちゃん放課後カラオケ行かね?!」
「おっ、いいじゃんそれ!俺も行くわ!」
「放課後かぁ、今日は部活動を見て回ろうと思ってて⋯⋯行くならまた今度行こ?」
肝心の彩華も引き続いて一軍の男子に絡まれてるし、昼休みに至るまで会話が続くなんてこいつらはどんだけコミュ力高いんだよ
彩華よ、お前の今の顔⋯⋯すっげぇ面倒くさそうなの気がついてるのか?
「⋯⋯ん?」
こうして重苦しい気分のまま昼休みが始まってしまった訳だが、そこで俺は直ぐに気づいちまった事がある
────真海がいねぇ
彼女の席は収納されず雑に放置されている
もう約束の場所に向かったのか⋯⋯いくらなんでも早すぎだろ
不安と言えば不安だがこのままウジウジしてても何も始まらない
仕方ない、俺も向かうとするか⋯⋯
〜〜〜
俺が告白した場所⋯⋯
それは旧校舎の奥、使われなくなった教室
かつては笑い声が響いていたであろう旧校舎は、今や静寂に包まれている。外壁はひび割れ、所々剥がれ落ちた塗装が年月の流れを見せる
そのせいでチャラい男達の溜まり場にもなっていて、人の居ない旧校舎を利用し、告白する物も多い
後は隠れて如何わしい行為をするカップルもぼちぼち居るらしい
⋯⋯実際に目撃した事は無いけど
────そして
遂に着いちまったなぁ⋯⋯
締まり切った教室の扉から人の気配を感じる
扉に手を伸ばして開けようとすると、手が扉に近付くにつれて心臓の鼓動が早まっていく
「⋯⋯やべぇ」
後には引けないと扉に手を掛けるが、震えが止まらない
今にも心臓が飛び出しそうだ、一旦落ち着こう
その場で深呼吸だ⋯⋯
「ふぅ⋯⋯」
⋯⋯よし、行こ
う
俺は覚悟を決め、震える手を何とか抑え込み、ゆっくりと教室の扉を開けた
「⋯⋯案外早かったね」
迎えてくれたのは真海、教卓の前へ立ち、こちらへ振り向いた
「まさかお前から呼び出しを食らうなんて思ってなかったよ」
何としてもと言う思いで、なんとか平静を装うが俺の声は自分でもわかる程震えていた
真海も、それには気づいているはず
異常な速さの脈、この緊張感⋯⋯居心地の悪さだけが原因じゃない
あの事がきっかけで、それから真海の顔を見ると、どうしても昨日の帰りの出来事をフラッシュバックしてしまう
俺の知らない人物に言っていた俺への暴言
『釣り合ってない』『根暗な奴』『万にひとつも無い』俺に対する陰口が真海の声で脳内再生される
「裕介、話の前にとりあえずこれ」
「⋯⋯⋯」
脳内再生の陰口に耐えていた俺の前に差し出されるひとつの弁当
それは可愛い絵柄のパンダで包まれた、如何にも女の子が作ったと分かる弁当箱
それを早く受け取ってと言わんばかりに、真海は目を逸らしながら俺の前に差し出してきた
しかし、今の俺は弁当ごときにリソースを割けるほどの余裕は無い
真海の口調、彼氏と思わしき人物と話してた時とは似ても似つかわしくない
上機嫌で猫撫で声のあの時と違って、俺に対する口調はどこか棘があり、いつも不機嫌そう
「⋯⋯何で受け取らないのよ?」
受け取らないんじゃない。受け取れないんだ
予想以上に⋯⋯俺の中で大きくトラウマになってる
陰口を言った俺に、なぜ弁当まで作ってくれるのか⋯⋯幼馴染だとは言え、常識的に考えれば赤の他人である人間にそこまで行き届いた事はしない
それが好意を持っている相手なら話は変わってくるけど、その線はとうに消え失せているし
疑問が大きく残っていても、意気消沈していた俺は彼女からそれを聞き出そうにも、口には出せなかった
何故だ?と一言で済む話なのに────
「⋯⋯⋯」
「喋ってくれないと何もわかんないじゃない」
何度も脳内再生される陰口のせいで、俺のメンタルは目にも止まらぬ速さですり減っていく
俺はこのまま膠着状態が続けば流石に危険と、残されたギリギリの体力で勇気を振り絞る
「すまん、俺にもう⋯⋯構わないでくれ⋯⋯」
「えっ?」
拒絶した────
心から好きだった子を、俺は拒絶した
俺は真海の目から光が失ったように見えた
何度も言うが、それに気づいたからと言って、もはや何かを言える程の余裕は無い
普段のように話せなくなる恐れ、また陰口を言われているかもと言う怯え、疎遠になる事への不安
振られた際に込み上げてきた感情はひとつの苦痛に全てを覆される
こうして正面から会話すればする程、俺の心には決して癒える事の無い傷が増えていく
「待って、あんたを振りはしたたけどそれでもただの幼馴染よ?急に何を──」
「身の回りの世話、今までありがとう。俺からは何も返せなかったけど⋯⋯それでも嬉しかった」
「⋯⋯もしかして裕介が登校時間をずらしたのって」
「うん、真海とはあまり一緒に居たくなかったから⋯⋯」
陰口や男関係について、彼女を問い詰める気は出なかった
真実へ近づくにはこの上なく手っ取り早い手段
だけどそれが今後に影響し、万が一にも真海が思い詰めて彼女の周りで何かが起こってしまったらと考えると億劫になってしまった
「ちょっと待ってよ。そんな大袈裟に考えなくても受験終わりに付き合えばいいじゃない!」
⋯⋯⋯
⋯⋯真海の奴、何言ってるんだろ
あの時そう言ってくれれば⋯⋯あの時そう言われれば俺は今頃、ウキウキで勉強してるよ
陰口も聞かずに済んだ、変に人間関係に悩むことも無かった
今じゃ好きと言う恋愛感情を凌ぐ苦痛が、彼女と面向かうだけで昇ってくる
⋯⋯やばい、辛さのあまり吐き気までしてきた
「とにかく特別な事がない限り、今後一切俺に声をかけないで欲しい⋯⋯弁当も家事も、今後は俺一人で何とかするからさ」
真海の幸せを願って邪魔な俺は去ろう、そう考えて最初は拒絶した
しかし結局、それは二の次となってしまい、今じゃ苦しみに耐えかねて保身に走ってしまうクソ男
俺の顔は今頃、溢れ出る涙でとんでもない事になっているだろう
⋯⋯お前の言う通り、俺は真海の隣には相応しくない
俺の後ろで真海が何かを訴えてきているが、もはや苦痛に耐えることに精一杯で耳に入ってこず⋯⋯
────大好きだよ
最後にそう言い残して、俺は覚束無い足取りで教室の外に出ては扉を閉めた
〜
あれからどれだけ歩いただろう
旧校舎から戻ってもうすぐ俺達の教室が見え始める頃
精神から来る苦痛のはずなのに⋯⋯クソッ、視界が霞んできた、肉体的には何も問題ないはず──
意識が⋯⋯飛びそうだ
「お、おいっ!?大丈夫か!?」
雅俊か⋯⋯?良かった、少し肩貸してくれ──
雅俊に助けを求めた直後、霞んでいた視界が暗転
続けざまに足の力も完全に抜け、俺は廊下のど真ん中で意識を失い、雅俊の前で倒れ込んだ
お読み頂きありがとうございました!
序盤では少しシリアスな展開が多いです。
彩華とのイチャイチャを期待している方はらもう暫くお付き合い下さい!
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