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#4 思い

 

 部屋の扉が静かに開く。外から差し込んだ夕暮れの光が、薄暗くなりかけた室内を淡く照らした。


 そしてあれから流れるように、俺は彩華を自分の部屋へと招いた。


「あまり面白い物もないが、とりあえずどっか座ってくれ」


 彩華は部屋を見渡して、軽く微笑んでいた


 全く変わってないまんま昔の部屋だ、と彩華は言った。


 過去の記憶から大きく変わってしまうとそれが遠い存在になったと感じちゃって悲しくなっちゃうらしいが、俺と俺の部屋だけはそう言った物が全く無くて嬉しいんだと


 俺からしたら、それは良くも悪くも⋯⋯なんだけどな。


 部屋を見て歩く彩華を後目に、俺はベッドの端に腰掛けて深呼吸。

 ⋯⋯おかげさまでかなり落ち着いたな


「ふぅ⋯⋯」


 気がつけば彩華はぼんやりと机の上に視線を落としていた。

 部屋に置いてある他の小物とは明らか反応が違う事に俺は不審に思い、彼女の視線の先を覗き込む。


 なんだろう、俺の机の上に何かあったかな⋯⋯

 あぁ、あれは⋯⋯1年前に真海と遊園地で遊んだ時の写真か。

 思い出は大切に!って真海が印刷して置いてったっけ


 もはや今になっては俺にとって辛い置物でしかないんだが、彩華の奴はなんでそれをジロジロと⋯⋯?


「ねぇ⋯⋯ゆうくんはどうしたい?」


 ふいに鋭い声が飛んできた。


 驚いて視線を彩華にやると、そこにはこちらを向いて腕を組んだ彼女が立つ。


 彩華は半開きだったドアを少し乱暴に閉めた。


 彼女は真っ直ぐ俺の方を見据えたまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「何がだよ?」


「⋯⋯部外者だけど、それでも私は真海ちゃんの事が許せない」


 多少の怒気を感じたが、特別大きな声でもなかったのにも関わらず。

 彼女の言葉が、室内にこもった空気を切り裂くように響いたんだ。


 ⋯⋯俺は少しビクっと身体を震わせた



「真海ちゃんには彼氏がいて、ゆうくんを振るのは分かるよ。それは彼氏を持つ女の子のするべき振る舞いだから」


 彩華の手に力が込もってる、握り拳を作っては彼女は震えていた。


「でも⋯⋯その思わせぶりな態度だけはありえない」


 彩華は俺の事を思ってくれていて、今こうして真海に対して怒ってくれてる⋯⋯

 気を使わせてしまう彩華への申し訳ない気持ち、そして俺の為に怒ってくれると言う喜びの感情⋯⋯


 俺は彼女に、彩華にどう声をかければいいのか⋯⋯全然言葉が出てこない


 どうしよう、この場から今すぐ走り去りたいほどに気まずいんだが⋯⋯


「⋯⋯⋯」


 息が詰まるような静寂が、狭い部屋に広がった。窓の外では風が吹いているのか、かすかに木々が揺れる音が鳴っている


「見返そうよ」


 その突然の一言が胸に突き刺さる、まるで鈍く錆びたナイフが刺さったかのように──



 見返すって⋯⋯真海をか?


「えっ?」


 見返すも何も、真海が彼氏と思しき人と話していた瞬間はこの上なく幸せそうだった⋯⋯

 俺と遊んだり、出かけたりする時に見せた笑顔とは天と地ほどの差があるように感じた


 ⋯⋯何より真海の幸せを奪おうなんて、そんな事はしたくないし考えたくもない


 そもそもの話、真海が俺を嫌っていた場合は彼女の性格上、どうやっても振り向いてはくれないだろうし⋯⋯


「ごめん、今の俺にはそんな気力は──」


「──ゆうくん」


「さ、彩華!?」


 言葉を被せられるや否や、彩華に抱きつかれ、俺は抵抗する間もなくベッドに押し倒された


「ちょっ!」


 ────力つっよっ!

 体勢的に彩華が有利なのもあるが、それでも俺は男で力は女の子より強いはずだぞ!?


 胸も思いっきり当たって、何がとは言わないが反応しないようになんて出来るわけが⋯⋯!


「ま、まずいって!」



 条件反射で抵抗する俺の両手は彩華の手と繋ぐように抑え込まれ密着


「一緒に真海ちゃんを見返すためにさ」


 そう耳元で囁かれ俺は慌てた

 ドキドキと恥ずかしさのあまり極力目を合わせないようにするも、彩華は俺を逃がそうとしてくれない


「私と⋯⋯付き合おう?」


「な、なんて──」


 体勢は第三者見られれば危ういもので、俺はその告白に驚くが身体だけは正直に反応してしまう


『付き合おう』その言葉に一際敏感に反応を示したことで、彩華は更に俺の心の奥深くへと踏み込んできた──


 そして、彩華の顔が更に近づく


「んむっ⋯⋯」


 気がつけば俺は彩華の唇と重なり、彼女の柔らかく熱を帯びて誘うような感覚に見舞われ、俺はどんどんと考える力を失っていく


 ドキドキが頂点に達した全身は途端に力が抜け、彩華はそれを見て微笑んだ


「やっぱり可愛い⋯⋯」


 初のキスを奪われた感覚に見舞われ虜になってしまい放心状態⋯⋯

 何も考えられず、されるがままになっている俺を見て、彩華は恋に染まったような熱っぽい目で俺を見つめる


 彩華は満足したのか、やがて唇を離してくれた


「────!!」


 唇が離れた瞬間、俺の理性は途端に復活し、火事場の馬鹿力で彩華を横に振り払う形で拘束から逃れた


「あぅ!」


 彼女から逃げるように立ち上がり、ドアの前へ走り距離を取る


「き、急に何するんだよっ!」


 ⋯⋯唇には未だにあの時の感覚が残ってる

 なんだ一体、家に着いてから彩華の思考が全く読めねぇ⋯⋯


 下校途中は天真爛漫で無邪気な笑顔で会話を楽しむ、純粋な女の子だったはず

 だけど家に入ってからその性格が別人かのように変わっちまった


 俺を押し倒した時のあの目もそうだ

 少し潤んでいたが今にでも襲われるんじゃないかっていう目をしてたぞ⋯⋯!


「ご、ごめんっ!自分でも歯止めが利かなくなっちゃって⋯⋯!でも今ので私の気持ち、分かってくれた⋯⋯?」


 俺が振り払ったせいで乱れた体勢の彩華が身体を戻してはベッドから立ち上がった


「急に押し倒されて、キスされて!情報過多で全然分からねぇよ!」


「え、え〜と⋯⋯じゃあはっきり言うよ?1回しか言わないからよく聞いててね?」


「⋯⋯??」


 彩華が突然えらく身をすくめて、落ち着きがなくモジモジと何かを言う準備をしている



 まさか⋯⋯


 両手を前にして、何かを言い淀む姿⋯⋯まさしくそれは女の子が告白する直前になるものだ

 男勝りの彩華がこんな女の子らしい姿を見せる事に俺は困惑、同時に"()()()"と頭の中で呟いてしまう



 ────わ、私ッ!ゆうくんの事が子供の頃からずっと好きだったの!!


「⋯⋯⋯」


 彩華が一際大きな声で思いを打ち明けてくれた

 告白が終わって彼女は両手で赤くなった顔を隠した


 押し倒されてキスされて⋯⋯そんな事をされた事が影響して告白だけでは動じなかったが⋯⋯。

 逆にそこまでの事をしてなぜ彩華が恥ずかしがるのだと、却って冷静になってしまうぐらいだ


「彩華⋯⋯」


 ただ、こう感情の昂りがなくとも⋯⋯十中八九俺の顔は今、赤くなっている


 内心、俺はすごく喜んでいるんだ

 今すぐにでも抱き締めたい、また⋯⋯今度は俺からキスをして安心させてあげたい


 俺は"彼女(ガールフレンド)"と言う存在をずっと欲しがっていた────たとえそれが意中の相手ではないのにも関わらず承諾してしまいそうになる程に追い求めていた⋯⋯。


 ただそのまま欲に従えば、俺は好きな人に振られて直ぐに他の子へ鞍替えする最低な男


 このまま付き合えば幸せになれる、真海も自ずと忘れられる

 いっその事最低な男になれば良い事づくめだ


 ⋯⋯


 でも⋯⋯まだやっぱり⋯⋯



 そこてま俺を振った時の真海の顔が思い浮かんだ


 その時の出来事が俺の理性を大きく引き戻してくれたおかげで、こうして今首を大きく横に振れる


「彩華、凄く嬉しいよ⋯⋯でもな、今の俺じゃお前の気持ちには応えられない⋯⋯」


 ────断ってしまった。

 再会したばかりで、そして数年間にも及ぶ恋愛感情を必死な思いで伝えてくれた彩華を、突き放してしまった


 もしかしたらあの時の俺みたいに彩華は泣き出してしまうかもしれない。

 それを危惧した俺は直ぐさま彩華に駆け寄る


 ⋯⋯だが、俺が予想していた反応とはまるで違った

 彩華は俺に告白を断られてもなお、笑っている

 その理由は俺が聞かずとも、直ぐに答えてくれた


「分かってるよ。ゆうくん、真海ちゃんがどうしても忘れられないんだよね⋯⋯」


「振られたとは言えずっと好きだったから。その⋯⋯すまない」


 彩華がその場で膝を曲げ、座り込む


「謝らないで、ゆうくんは軽い男じゃないし直ぐに付き合ってくれるなだんて思ってないよ」


 彩華が目を瞑り、大きく深呼吸した


「じゃあ少し相談なんだけどね、ちょっとこっちに来て?」


「な、なんだ?」


 彩華が手招きし、横に座ってくれと言わんばかりにポンポンと地面を叩く


 数分前に押し倒されたせいか、一瞬隣へ行くことに躊躇してしまう。


 だけど思いを打ち明けてくれた今なら何もしてこないだろうと、彼女を信じた俺は言われた通りに彼女の横に座った


「真海ちゃんの事、私と一緒に調べてみない?」


「⋯⋯どういう事だ?」


「ゆうくん、真海ちゃんが一回目と二回目の告白の答えを出さずはぐらかしてたって言ってたよね?」


「ん⋯⋯あぁ、そうだな」


 あの時の反応は忘れもしない。

 真海は俺の告白を聞いて、何かしらの口実をつけて直ぐに走り去った


 その癖、その日の夜や次の日の夜も俺の家には上がり込んで家事はしてくれるし

 それがたとえ真海の習慣だったとしても、気まずくて家に来たいとは思わないはずなんだが⋯⋯


 確かに真海の行動は⋯⋯思い返してみれば矛盾ばかりで全く本心が読めない


「見返したいとは思わないんだよね」


 彩華が真っ直ぐな瞳で俺を見つめる


「⋯⋯まぁな」


「じゃあさ、彼女の本心を知りたいとは思う?ぶっちゃけ私は気になるけど⋯⋯」


 う〜ん、俺も正直すごく気になってはいる⋯⋯


 あの時、陰口を叩いてた時の発言が本心なら一回目の告白できっぱり断らなかったのは何故?

 そして、嫌っていてもなお構わず俺の家に来ては身の回りの世話をしてくれる事にも説明がつかない、習慣になっていたとはいえ他人であるんだし


「⋯⋯そこで私達2人で()()()に真海ちゃんの真意を探るのはどうかなって」


 バレないように慎重に構えればこれからの関係に更にヒビは入らず、本心を知れる

 そして真海の幸せを奪う事にも間違いなくならない


 復讐と言えばそれは間違いなくお門違いだが、別にそれが目的でもないしな⋯⋯


「⋯⋯調べるにしたってどうやるんだ?」


「それなんだけど私に良い考えがあって」


 彩華が突然その場で周囲を見回した

 どうかしたのか?


「壁に目あり障子に耳ありって言うし⋯⋯小さな声で話すから少し耳、貸してくれるかな?」


 彩華の言われるがまま、俺は彼女に耳を貸した


 ⋯⋯


「⋯⋯は?」


 その方法とは⋯⋯女の子に向けてはいけない頓狂な声で反応してしまうほど、俺が話を白紙にしようと考えてしまう程の物だった。



お読み頂きありがとうございました!


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ご近所だしはっきりと断ると後々気まずいから。 単にキープ君 このどちらかか両方でしょうか。
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