#35 氷山の一角
拓哉と夏目さんの関係に終止符が打たれた日より、早くも3日ほどの時間が過ぎ去った
あらかじめ相談してた通り、登下校など独りで動いていた場面は俺と彩華が付き添い、最後まで帰宅を見送る生活が順調に続いている⋯⋯
四限も軽く終え、今の時刻は12時半で束の間のひととき⋯⋯そして、すっかり日課になった彩華との屋上での昼食
流石の俺も隣に座り合う事には慣れが生じて、それだけではもう頬を染めたり、照れることもなくなった
────彩華の作った豪華なお弁当を手に、箸を進めて他愛もない会話で盛り上がり、笑顔が絶えない
かつて真海と過ごしてきた数年の間とは笑う回数も比較にならず⋯⋯
隣に座る人間が変われば、こうも充実した学園生活を送れるのかと、その場で強く噛み締める
「えへっ、卵焼き貰い〜!」
「ちょっ、それ俺が楽しみに取ってた奴!!」
真海とのしがらみを断ち切った日を境に、俺達は遂に恋人同士になれた
1人の彼女として振る舞うようになった彩華は、いつになく明るく綺麗で眩しい
だが、それに付随してそのからかい具合には拍車がかかり、毎度俺を弄り倒しては反応を楽しむようになってしまった⋯⋯
まさに今みたく、俺の好物であるおかずを仕込んでは横から箸を入れる行為が、それを分かりやすく示す
「そんなの知りませ〜ん!これはもう私ので〜す」
俺の必死な制止は意味を成さず、口に入れる瞬間をわざとらしく俺に見せる
口に含んだ途端、必要以上に口を動かして見せびらかし、その次は幸福感の滲む顔
「ん〜我ながら最高の味付け〜!」
彩華は取り上げた卵焼きの味に心底夢中
一方で今の彼女の防御は皆無。仕返しを想定に入れていない無警戒状態
このままやられっぱなしは癪と思い、これまで受け身のみであった俺は、一矢報いようと反撃を決意
──油断し切った今⋯⋯そこだっ!
「隙ありっ」
俺の箸が颯爽と彩華の弁当目掛けて向かっていく
それを見て、彩華ら己の弁当箱に箸の侵入を視認する
「──!!」
ハッと反応し、箸を避けようと弁当箱を動かして対応するが、既に俺の箸が彼女のタコサンウィンナーを掴んでいた
「ダメッ!ゆうくんダメっ!それ残しておいたんだから〜!」
「いつもの仕返しだっ!」
立場は大きく逆転──彼女は身体を揺さぶり妨害するも、俺はそれを物ともせず、さながら先程の彩華のように口に含む
そのまま、存分に頬張ってやった
「あぁぁ〜!!」
彩華は大事に残していたおかずを奪われ、両手で頭を抱えて絶句
狙い通り、仕返しされて悔しさも覚えているようで、彩華は隣でフグの如く頬を膨らませた
残る昼休みは、15分
⋯⋯⋯
そんな仲睦まじいやり取りを広げていると、楽しい時間は光のように進む
昼食を終え、彩華とは別行動
彩華が夏目さんのクラスを訪れる他方で、俺は席に戻り、意味もなくスマホをいじっている
一緒に行っても良かったんだが、聞けば拓哉に関連する重要な話ではなく、同級生の女子達と軽い女子会的な物をするらしい
輪に入りたくとも入れないだろうなと、俺は流石に同行は拒否し、教室に戻った
思えば、夏目さんと彩華、俺の3人で結託してからもう一週間が経過⋯⋯
夏目さんとの計画は未だ実行するまでには達しておらず、各々が平穏な日々を満喫
拓哉との離別に心を痛めてしまった夏目さんも、現在に至っては完全な立ち直って復讐に積極的だ
⋯⋯強いて挙げるとすると、今の大きな問題は真海ただ一人
アイツ、三日経ってもなお未だに彩華に関連する嘘を言い広めてるみたいなんだ
根気があるって言うか、なんて言うか⋯⋯
とにかくそこはまだいい
俺が気がかりなのは、嘘の告げ回り方が、行動の意図がまるで読めない特殊な物って所
彩華の悪口を言い広めた対象に絶対に口外するなと告げたり、噂にさせるのは禁止と強く睨みを利かせている⋯⋯
彼女の言動からして、その釘を刺す発言はかなり矛盾している点が俺の頭の片隅に残り続けてる
それが彼女の意図が読めない、謎たらしめる理由だ
冗談でも口にはしたくない
が、もし彩華の悪い噂が流れればいとも容易く居場所を奪えるんじゃないかって、真海の立場なら、俺はそう考える
そうじゃなきゃ、なぜ根も葉もない嘘を広めてるんだって話だろ?
大きく悪評が広まればその分、手っ取り早いし何より無駄な労力もかける必要が無い
おのずと噂が流布するのを座して待てばいいだけだからな⋯⋯
思考を重ねれば重ねるほど、真海の動きには首を傾げる始末⋯⋯
幸いにも拓哉の方が目立った動きを見せていないおかげで、真海のこの一件に集中できる
⋯⋯果たして、どう動いたものか
せめて真海の嘘を鵜呑みにしていない人が見つかれば情報収集できるんだけどな
4組にも及ぶ3年全員の中から割り出すなんて至難の業⋯⋯闇雲に聞き出しては逆に告げ口もありうるから難しい
友達の少ない俺一人じゃ何も出来んし、今の所は2人の指示待ちだな⋯⋯
「⋯⋯はぁ」
「んお、お前がため息なんて珍しいな」
長い付き合いの幼馴染が人間関係を混ぜ返し続ける現況に疲労を感じていた俺は深く息を吐く
すると、前の席でスマホゲームを楽しんでいた雅俊が溜息に反応し、俺の方へ振り向いた
「厄介な出来事に巻き込まれちまってな。少し考え事してたんだよ」
「恋煩いってやつか?」
片眉を上げて鼻で俺を笑った間もなく、笑い話で元気づけようとする雅俊
あながち間違っていないのかも知れん。だから厄介なのであり、面倒なのだ
恋煩いと言葉を聞き、俺は顎を机に置く
そのまま表情を暗く落とし、再び溜息
「⋯⋯もしや、また真海ちゃん関係か?」
冗談直後の、俺が項垂れた光景を目の当たりにして、流石の雅俊も姿勢を正して態度を改める
彼の視線が一瞬だけ真海の座る席に向き、数秒して俺の目に戻った
⋯⋯正直、あのALINEを送ってから真海とは一向に顔を合わせられずにいる
彼女が何をしていて、現在はどんな顔をしてるのか俺の知る所ではない
特段問題視はしてないが、事の元凶が身近に居ると言う現実はストレスがやばい
一挙手一投足、気を使わなければならないってのが特に煩わしさを増してる
「⋯⋯まぁ、そうだな」
「でもよお前、真海ちゃんに振られたんだろ?まだ引き摺ってるのか?」
「前はそうだったけど、今はそうでもない。親友のお前には話してやりたいが、俺だけじゃ判断しかねる問題でよ」
3年間親友をやり続けた雅俊なら信用に足るし、俺達が直面してる問題を話してやりたい所存
俺の意思に反して、夏目さんとの計画は情報の漏洩が命取り⋯⋯真海や拓哉の耳に届けば、逆に報復の可能性も否定できない
⋯⋯だがなぁ、俺達三人だけの現状は手が非常に余っている
彩華の印象の取り繕いや登下校の同行
不満がある訳じゃないけど、各々の自由時間を切り詰めてるから少し身体に堪えてる
加えて、男手は俺1人のみ⋯⋯プレッシャーもえげつない
「まぁ話せないなら無理に話させるつもりは無いぜ?」
⋯⋯⋯
雅俊なら、夏目さん自身も顔見知りだしよく会話する間柄
真海や拓哉は、言わば氷山の一角だ
それに追随する拓哉の部活仲間と、2人のファン。脅威度で言えば、むしろそっちが高い
連中は数でも俺達を圧倒してる。真海の懐柔が入る前に仲間を引き込んでおきたいと思うのは多分、3人も同様
ここはひとつ、夏目さんにALINEで許可を取ってみるとしよう
流石に独断専行は夏目さんのお叱りを受けるからな⋯⋯
「雅俊、ちょっと待ってくれるか?」
「ん?何がだよ?」
俺は持っていたスマホで、覗き見を警戒して背中に注意を向けながらALINEを開く
ふと目に入る新規メッセージ一覧
真海からの新規のメッセージが未だないのは、嵐の前の静けさか⋯⋯何か、嫌な予感は感じるが、それは後だ
夏目さんのLINEは⋯⋯よし、これだな
メッセージは〜、この際簡潔でいいか
『水を差すようですみません。拓哉との悶着の件、雅俊に話そうと考えてます。夏目さんから見て、どうでしょう?』
夏目さんの場には彩華も一緒
少ない時間の楽しい女子会の最中で負い目を感じるから、謝罪文は入れておこう⋯⋯
文章に問題ないと再確認後、俺は送信ボタンを押す
その直後に何だか後方から不思議と強い視線を感じて、俺は慌ててスマホを隠した
俺を見る雅俊は、目線的に俺の死角が見えてる
彼に確認するべく、彼だけに聞こえるように声を小さくして話す
「おい、俺達のこと⋯⋯誰か見てないか?」
「⋯⋯ん?」
雅俊は俺の囁き声に声量に合わせ返事
俺の後方を、悟られない程度にそれとなく見回している⋯⋯
「席に座る真海ちゃんが、裕介をジロジロと見てますな⋯⋯」
それを聞き、監視されていると認識した俺は教室にかけてある時計を凝視
残りの休み時間は7分、場所を移す余裕は無い
仕方がない。話すとすれば、3人での帰宅途中に雅俊を入れて、だな⋯⋯
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