#34 解放
俺は顎をわずかに上げて、相手に向ける体の角度を変え、気配で“これ以上は踏み込ませない”と主張
あからさまに敵愾心をさらけ出し、夏目さんのもとから離れるよう暗に伝え、眉間に皺を寄せて圧を送る
自身の心情に迸る恐怖心を夏目さんを助ける気概をもって掻き消し、威風堂々に拓哉の前へ立ち塞がった
「無惨に振られた真海の馴染みがどうしてここにいんだ?部外者が口を挟んでくんじゃねえよ、てめぇには関係ねぇだろうが」
俺が現れたことによってか、拓哉のイライラがヒートアップ。彼の声色が更に低く沈む
「俺と真海の関係に横槍を入れてきたその口で言えた事か?公衆の面前で知人が騒ぎに巻き込まれてて黙って引き下がれるかよ」
拓哉があざけ笑うかのように吹き出す
らしくもない俺の発言が、よほど彼のツボにハマった御様子
「真海にも振られた根暗な奴が言うようになったなぁ。なんだ、夏目を助けて英雄気取りかぁ?」
顎を上げて目線を高くし、俺を見下す
つくづく俺の神経を逆撫でする奴だ⋯⋯
見え見えな挑発に乗れば、拓哉含めた3人だけの間だけで収拾がつかなくなる
浮気の事実を突きつけて白日の下に晒してやりたいけど、今は堪えるしかない
「⋯⋯誰もが知る公認カップルが破局、正当な理由にも構まわず彼氏が逆上⋯⋯これ、俺が周囲に言いふらせばどうなると思う?」
「なっ」
争い事が嫌いな温厚な夏目さんは、それをみだりに言い広める事は絶対にしない──世間体を気にする彼にとって、それは大きな利用価値
俺達は、それを逆に利用させてもらうことにした
拓哉は顎を引かせては顔を強張らせ、歯を食いしばりながら言い返せない悔しさに震える
「何も貶める為に割って入ったんじゃない。お前が夏目さんから手を引くなら口外しないと約束する」
⋯⋯少なくとも、今はな
膝の上に手を置き、俺達の会話を静観する夏目さん
立ち上がっている拓哉を見上げていて、その反対にいる拓哉は俺達に舌打ちをかまし、夏目さんの方をチラ見
周囲の目もあり流石に分が悪いと悟ったようで、彼はテーブルに置いてあった自身のバッグを急いで回収
「ハメやがったなクソアマ⋯⋯!覚えてやがれ!」
そこから矢継ぎ早に捨て台詞を吐き、逃げるようにしてカフェから去っていく
その瞬間、俺は人知れず安堵のため息をついた
彼が去ってから数秒と立たず、店員が夏目さんを気遣い、心配する素振りを見せる
一方で、俺の方には公衆から拍手喝采
柄にも無い事をしたので、嬉しいと言うよりかは変に目立ってしまって恥ずかしい感情が強かった
その場で身体を周囲の人々に向け、お騒がせしましたと一礼
続けざまに、あの時の彩華に向けた時と同じ感覚で、夏目さんに手を伸ばした
「ここだと目立ちますし、行きましょ」
「⋯⋯はい」
若干の笑みを見せた表情をして、優しく俺の手を取る
勘定を済ませようと、手を握り合いながらレジへ向かうと直ぐ、そこに立つ店員さんが粋な計らいをしてくれた
騒動を起こしたにも関わらず、その人は代金は無料にしてくれると言い、俺らは悪いと思いながらもその言葉に甘え、ショッピングモールの通路へ出た
「⋯⋯ありがとう、裕介くん」
ボソッと、夏目さんが一言
酷く弱々しい声⋯⋯心配で彼女の目を見ると、それは赤くなり潤んでいた
強い復讐心と、恋人から貰い受けた心の暖かみは別で存在できる
顛末がこれでも、拓哉と夏目さんは長年付き合った間柄
裏切られてもなお、思う所があるのだろう
「いいんですよ」
涙する夏目さんの詮索はせず、無駄な事は何も聞き出さない
あれこれ聞かれるよりただ話を聞いてもらったり、只々肯定される事がメンタル回復に作用する
失恋の時に温情を受けた、彩華からの受け売りだ
「────夏目ちゃん、大丈夫だった!?」
涙を拭いながら鼻をすするその音が妙に俺の耳へ届く中、コンビニに到着
待機していた彩華が、すかさず心配そうに寄り添った
「⋯⋯とりあえず、どこかに座ろ?」
彩華の発言を聞き、俺は周囲を見渡す
そうだな⋯⋯腰を労るなら、合流場所の吹き抜け広場のベンチがよさそうだ
人目も多いが、広すぎる分悪目立ちはしないだろう
夏目さんの片手は俺が握り、そして空いていた彼女のもう片手は彩華が。
ゆっくりとした夏目さんと足並みを揃えながら、下へ繋がるエスカレーターへと足を運ぶ
〜
「大分落ち着きました。2人とも、本当にありがとうございます⋯⋯」
拓哉との決別から程なくして、夏目さんの心もようやく落ち着きを見せた
涙ぐんでいたから目は赤いまま、しかし表情は戻り、心做しか晴れた表情にさえ見える
頃合いだなと、俺は握っていた手をそっと離した
「⋯⋯結局、別れられたの?」
夏目さんに次いで彩華が口を開き、聞く
「ええ、ようやく⋯⋯」
「思えば浮気を目撃して半年、夏目ちゃんは本当によく耐えたよね⋯⋯私なら、立ち直れないよ」
優しい性格が災いして別れを切り出せずに居た夏目さん
長い間に受けてきた屈辱と失恋、交際関係のない俺の物とは比じゃない程のダメージ
いよいよ感じられた解放感からか、夏目さんもため息をつく
「おかげさまで、これで心置き無く彼に制裁できます」
「うんうん、夏目ちゃんもとことんやってやろうね!」
「⋯⋯ええ、勿論」
しがらみは断ち切ったが、目的は達してない
夏目さんの復讐はこれからで、言えば決別は二人の間の戦いの火蓋が切られた瞬間
「それはそうと夏目ちゃんの身の危険も考えなきゃね。あの男、多分素直に諦めるほど潔くないし⋯⋯」
彩華が顎に手をつけ、思案する
彩華の言う通り、拓哉の捨て台詞、あの様子じゃアイツもただ黙っていそうにない
別れようとした女性を襲った前例
別れた当日から、少なくとも二週間は迂闊に行動するのは避けた方がよさそうだ
後は一番危険なひとりの時間を、どう対策するかだな
「⋯⋯それじゃあ夏目さん、俺と彩華、3人で登下校するのはどうです?」
学校内なら教師や他生徒の目もあるから、無闇に手は出せない
となれば奴が狙うのは、日が暮れる登下校のタイミング
「ゆうくんそれ名案っ!」
「ちょっと待ってください。お気持ちは嬉しいですが、裕介くん⋯⋯私の家から真反対じゃ?」
驚くと同時に申し訳なさそうな顔で、こちらを向いて俺に質問する夏目さん
「んいや、いいんですよ。彩華だけって訳にも行かないですし、何やかんや料理を教わったりと夏目さんにも恩がありますから」
「そ、そんな⋯⋯」
方角が同じ彩華と夏目さんが2人で帰るのも手だが、相手はバスケ部のエース
その気になれば女性2人なんて、人数をかけて拉致だなんて手段も使ってくるだろう
そうなれば、夏目さんのみならず彩華の身も危うい
そこで俺が入れば、多少の抑止力にはなる
アイツに舐められていても、そして頼りなくとも、男手があれば夏目さんも安心できるはずだ
「ゆうくんは頑固だからね。一度決めた事は納得させない限りは折れないと思うよ?」
「おいそれは言い過ぎだろ⋯⋯とはいえだ、それ以外に登下校の穴を埋める策があるか?」
「う〜ん、それもそうだよね。確かに思い浮かばないや⋯⋯」
夏目さんは生徒会長、しかもこの整った顔付きと容姿⋯⋯更には、表向きは彼氏持ちを貫く予定
夏目さんは校内でもカースト最上位、関われる人と言えば生徒会の人間⋯⋯
しかし生徒会の人間は信用こそできるものの、知られれば大事になりかねない
皆、恐れ多くて関わるのを避けてる節があって、それこそこうして何気なく関わってるのは俺と雅俊ぐらいか
「夏目さん、俺達の事はあまり気にしないでください。俺の方はそもそも暇してますから⋯⋯」
「そこまで言っていただけるなら、お言葉に甘えますね」
「はい、是非」
夏目さんは俯いていて、やはり申し訳ないと思っているみたいだ
「私の方も夏目ちゃんの安全も確保出来て、ゆうくんと一緒に帰る時間が増えるし、一石二鳥!私は逆に嬉しいぐらいだよっ」
彩華は本当に嬉しがっているみたいに笑っている。励ます事はやはりお手の物か⋯⋯
それはそうと俺と言う本人の前で堂々と言うメンタルもすげぇよ⋯⋯付き合い始めたからお構い無しって事か⋯⋯
思わず顔を見られないよう、そっぽを向いちまった
「ふふっ、彩華ちゃんからしたらっ、そうかもですね」
その笑顔に感化されたのか、夏目さんは鼻で笑い、少し茶化すような返事をした
「何その言い方〜!ゆうくんも私と帰れて嬉しいよ絶対!そうだよね、ゆうくん!」
「え?あ、あぁ勿論!」
⋯⋯ああクソ!勢いに流されちまったっ
「ほら〜!」
重苦しく暗かった空気が、気がつくと冗談も口に出来る明るく軽い物に一変
夏目さんの口元も大きく緩んでいて、彩華との対話を楽しんでいる
俺は、2人が談笑し合う横で肩の力を抜いた
ひとまずは一件落着と、何気なく吹き抜け広場の上を見上げた
⋯⋯拓哉もそうだが、未だしつこく絡んでくる真海との決着も、いずれつけなくちゃならない
1度は突き放したはずなんだが、意味をなさず性懲りも無く俺達に絡んでくる
それだけにとどまらず、真海は恐らく現在に及ぶまで、彩華に関する根も葉もない嘘を広め続けてる
休む暇なく心身共に酷使する生活を前に俺はかつてなく深い、そんなため息をついた──
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