#32 動き出す令嬢
夏目さんと真海について相談し合うと、拓哉に報いを受けさせた暁には、今度は彩華の報復に手を貸すと宣言
未だ真海に対して釈然としない俺
いずれにしても、彩華には恩もあるので彼女の味方をするの事には変わりない、
まぁ、その内容によっては協力を躊躇するけどな⋯⋯
「────みんな〜!」
おっと、もう集合時間ぴったしの10時半か
いつも時間に余裕を持つ彩華には珍しい、ドンピシャな時間
全力疾走でこちらへ向かう彩華、元運動部だからか物の数秒で到着し、その場で膝に手を置いた
「お、おまたせっ」
肩で息をして、そこから間髪入れずに俺達の座るベンチにへたり込む
「す、少し休んでくか?」
「う、ううん大丈夫っ⋯⋯この程度、直ぐ、回復するからっ」
彩華と起きた時間は朝の8時、長いと言われる女性の身支度時間を多く見積っても、ゆとりがある
尋常じゃない疲れ方に、俺と夏目さんはお互いに目を見合わせて困惑するも、彩華が言うので無理に休ませる訳にも行かず、渋々と腰を上げた
「でしたら拓哉とのデートまで少し時間もありますし、集合場所近くのファミレスにで話しましょうか」
俺と夏目さんは同時に頷き合う
そこから疲弊した彩華を立ち上がらせるため、勇気を出して手を差し出すと、彼女は笑顔でその手を取ってくれた
「ありがとっ」
〜
天井には丸みのあるペンダントライトが均等に並び、柔らかな黄色い光がテーブルや椅子を優しく照らす
俺の向かいに座る夏目さんと彩華
別れる前提でもデートなので洒落た姿
そして彩華の方は⋯⋯
「わぁ美味しそう!夏目ちゃんっ、このいちごパフェ、本当に奢って貰っちゃっていいの?!」
「ええ、私からの囁かなお礼と思って遠慮なく食べてください」
今日の彼女は、淡いクリーム色のブラウスに、ひらりと揺れるデニムのプリーツスカート⋯⋯
腰までのライトグレーのカーディガンを羽織り、駆け足で向かってきていた時、小さなポシェットが軽く揺れていた
足元は、元気に駆け出せそうな白いスニーカ一であるが、赤いカチューシャだけはいつも通り
⋯⋯ぶっちゃけ俺も若干デート気分だったが、コーディネートへの熱量は俺の比じゃない
「裕介くんはコーヒーだけで良かったんですか?」
「え?あぁ、大丈夫です。お腹はまだ空いてないんで⋯⋯」
「それならいいんですけどね」
夏目さんは協力のお礼として、好きな料理を頼んでいいと言い、彩華はいちごパフェを、俺は遠慮も込めてコーヒーを注文
一方の彩華は、お構い無しにいちごパフェを頬張る⋯⋯
夏目さんと仲がいいからだろうが、尾行を前にして少し緊張感が無さすぎる気も⋯⋯
服装から鑑みるに、今日の決行日をデート気分で遂行する気のようだ
とまぁ、俺らは夏目さんに危害が及ばないよう、尾行しては監視するだけの任務
特に問題が起こらなければ、俺達の出る幕なく一日を終える
⋯⋯そう、起こらなければの話である
厄介なのが、相手はプライドの高い人間
潔く、はい分かりましたと別れを認めるとは思えない
食事を囲んで、こうしてファミレスに寄ったのは、その起こりうる未来に備える最後の打ち合わせの為だ
「夏目さん、拓哉の方はどうなんです?」
「待ち合わせ場所に向かってる所みたいです。私達、あれからまるっきり接触を絶っていましたからね。ALINEの文面で分かる限りでは、久しぶりのデートですごくテンションが高い⋯⋯と言った所ですかね」
付き合っている事も顧みず、堂々と真海と一緒に登下校する辺り、危機管理能力はまずないだろうな
関係を絶っていても深く言及してこないのは、それほど真海との浮気が浸透してると考えるのが筋か
「⋯⋯夏目ちゃんと破局が迫ってるのに、バスケ部のエースくんは随分と能天気だね?」
「いいんですよ。これから、あの薄汚れたニヤけた面も二度と出来ないようにしてやるんですから」
なんと凄い執念⋯⋯
上品で言葉遣いも丁寧だった夏目さんの口から出る、恨み言
目の奥が少しも光っておらず、決して只では済まさない、そんな強烈な底知れない憎悪を感じる
「そうそうゆうくん、拓哉の浮気相手が真海ちゃんってのは聞いた?」
食べているいちごパフェをそっと横へずらし、会話対象を俺に変更した彩華
「聞いたぜ。驚きはしたが、まぁそこまでショックではなかったのが正直な感想だな」
一瞬、彩華が目線を落とす
「⋯⋯ゆうくん、真海ちゃんの事、まだ気になる?」
そして数秒もかからず、俺の方へと向け直す
「いや⋯⋯振り向いて貰えるならそれが一番だったけど」
目の前に置いてあるコーヒーを口にし、そのまま頬杖をつく
「彩華と付き合えた今、これまでの行いの真意を知りたいかな⋯⋯アイツの行動、思い返せば破綻してばっかだし」
彩華がその返事を聞くと、そのまま深呼吸
何かを心に決めたように、勇ましい表情で俺の前に彼女のスマホが差し出される
「⋯⋯見て?」
「ん⋯⋯?」
熊のような耳がついた何とも年頃の女の子らしいスマホケース
それに目がいくが、それよりもスマホの画面に意識を集中させる
⋯⋯これは、真海と誰かのALINE?
「相手は私の友達、真海ちゃんについて調べ上げたら出てきた内容だよ。見せるつもりはなかったけど、どうしてもゆうくんには見て欲しくて⋯⋯」
ALINEに書かれたひとつの文
それに目を通すと、俺は数秒固まり、文を目で追うのを辞めてしまう
『彩華が、貴方の事を見るに堪えない不細工って、顔に点数までつけてたわよ──』
どうと言う事は無い女性同士の、恋愛や人間関係などの人前には見せづらい生々しい会話
そこで出てくる、彩華の名前
「こんな事、言ってないよな」
「⋯⋯言うわけないよ」
真海と彩華、2人の共通の友達に送られてきた衝撃の文⋯⋯
彩華の立場が危うくなる、事実無根の事をまことしやかに密告している場面
付き合ったと宣言した事への逆恨みか、それとも単なる人違いか⋯⋯様々な考えが、俺の頭を巡る
「どうやら真海ちゃん、今日の朝から誰彼構わず、私の評判を下げる事を言いふらしてるみたいなの」
きっと、逆恨みだ
アイツの性格からして、人違いであれば訂正するので選択肢から外れる
⋯⋯これは全部、お前が招いた結果なのに逆恨みも甚だしいな
「俺と彩華が付き合った腹いせか⋯⋯?」
「分からない。調べて見たけど、詳しい動機は本人を探らない限りは、多分⋯⋯」
彩華がこれ以上の情報はないと、力を抜いたように首を横に振る
「じゃあ彩華が遅刻しそうになったのは⋯⋯」
「うん。その報告を友達から受けちゃってその話をしてたの」
⋯⋯真海、とことん意図が読めないやつだ
俺を振ったと思えば曖昧な答え、更にはその裏に陰口と彼氏の存在。挙げ句の果てには彩華の嘘を吹聴か
「これは酷いですね⋯⋯。一体何が目的なんでしょう」
俺の隣でALINEの内容を見て、眉をひそめる夏目さん
「⋯⋯ここまでするなら、とことん対抗するしかないだろ。彩華、確かお前⋯⋯真海に復讐するんだったよな」
「え?う、うん」
「夏目さんの一件が終わったら手伝わせてくれないか。学校の居場所まで奪う行為を見過ごす訳にも行かないからな」
「ゆうくん、私、そんなつもりじゃ⋯⋯」
「知ってるよ。だからこそお前の助けになりたいんだ」
仏の顔も三度まで⋯⋯俺は彩華には関わるなと睨みを効かせてたはず
だけど、それを無視して評判を落とすのはつまり相当な覚悟が有ると捉えていい
────真海の口から出た彩華の悪口、その拍子に俺の頭の中で何かがキレる瞬間
それと同様のものが起こり、彩華への積極的な協力を心に決める
幼少期だけに飽き足らず、1度ならず2度までも人生をお釈迦にするつもりなら、こっちも手段を選ぶ必要は無い
⋯⋯あの時と違って、俺には物心がついてる。それが唯一の救いか
「とにかく、まずは拓哉を懲らしめないとな。彩華、肝心の真海はその後でもいいか?」
「⋯⋯うん、でも本当にいいの?私だけならともかく、ゆうくんにとって真海ちゃんは──」
彩華の発言に被せ、続きの言葉を遮る
「──恋人の危機で、みすみす助けない訳ないだろ。それに幼馴染なのはお前も同じだ」
⋯⋯勢いに任せて、少々らしくもない発言をしてしまったが、それはよしとする
「ゆうくん⋯⋯」
その言葉を聞いた彩華が潤んだ瞳を見せて、見えないよう途端に顔を下に向ける
そして一言、彼女は呟いた
⋯⋯ありがとう
お読み頂きありがとうございました!
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