#31 偽りと本当の関係 ※キャラ挿絵あり
各々にはそれぞれの準備が必要
彩華の家には、彼女の父親が着る男物のパジャマはあれど、高校生が着れるような服はない⋯⋯
デート当日は土曜日であり、学校は休み
部活動で何らかの特別行事がある連中は今頃登校中だろう
特に予定の入っていなかった俺と彩華、そして生徒会長の夏目さんは休日を謳歌できる
あのまま彩華の家を出て、一緒に集合場所に向かう事も出来たんだけど、流石に制服のままでは目立って仕方がない
尾行するにはまず溶け込む必要がある
制服なら周りの目もこちらへ向きかねないしな
そういう訳で身支度が必要だったので、俺は一度家に赴いては服装を一新
3人で決めた集合地点は碧羽繁華街前の広場にある噴水前
現在時刻は10時をきっていて、肝心の集合時間は10時半だ
俺の方は既に到着してて、今は2人を待つべく近くのベンチに腰かけている
「綺麗だな」
風の気配まで見えそうなほど、ひたすら清らかな青空
お昼時だからか噴水の音が満足に耳に届くぐらいには静か
騒ぐ人はおらず、広場のベンチには腰掛けて何かをつまむ人が多い
「⋯⋯早く来すぎちまったなぁ」
尾行すると言うのに、今日の服装は変に気合を入れてしまった
何せ美人の二大巨頭と出かけるのだから、多少のオシャレはしていかないと⋯⋯
目立ち過ぎは避けたい所なのでかなり地味ではある。それでも普段着よりかは思考を巡らせた俺なりのコーデ
ネイビーのマウンテンパーカーに、薄いグレーのスウェット。派手じゃないけど、まあ無難だし、これなら彩華の隣にいても浮かないはず。
下は細身のダークグレーのパンツに、白いスニーカー。歩きやすいし、長時間歩き回る日にはちょうどいい
「裕介く〜ん」
退屈しのぎにALINEでも見返そうかと、スマホを開くが、手の動きを止めさせた俺を呼ぶ声
「あ、夏目さん!おはようございます」
噴水の奥側の街道から現れた夏目さん。俺の姿を認識すると、駆け足でこちらへ向かってきてくれた
「すみません。もしかして待たせちゃいましたか?」
「ああいえ、俺も今来たばかりですから⋯⋯」
やべぇ、語彙力低下する程にすっげぇ美人⋯⋯
なんだかんだ言って、夏目さんの私服をこの目で拝むのは初めて
普段は学校で、その制服姿で会ってるから拝む機会がなかった
だけど、元が良いと着飾ればこれまで以上の輝きを放つとは圧巻の一言⋯⋯
⋯⋯⋯
「ジロジロと見てますけど、どうかしました?」
「っ!なんでもないですっ」
「⋯⋯?」
淡い光をまとったような、やさしい雰囲気
膝までの上品なワンピースは、淡い色合いが清楚さをひき立て、動くとふわりと柔らかく揺れる
肩には薄手のカーディガンをそっと羽織り、 全体の空気を静かに整えていて、大人の女性のような趣を感じさせる
靴は控えめなバレエシューズに、小物は小さなショルダーバッグ⋯⋯
総じて気取らない雰囲気で、清楚でお淑やかな夏目さんにピッタリのコーデ
思わず、見とれちまった
首を傾げて不思議がる夏目さん、見惚れていたと勘づかれるのは恥ずかしいので、目線は彼女の目の先とし、平静を振る舞う
そうすると、夏目さんが俺が座るベンチに座ってはすぐに頭を下げてきた
「それはそうと、今日はありがとうございます。私の私情の為に彼氏役まで引き受けてもらいまして⋯⋯本当に」
「いえ、こんな不甲斐ない俺に彼氏役が務まるかは分かりませんが、精一杯、役は務めさせてもらいますよ」
友人としての同情の思いが強かったから引き受けた⋯⋯それだけの事
傷心してて誰かに頼られることが、もしかしたら心の拠り所になっていたのかも
「え〜と、彼氏役が必要となるのは拓哉と別れた後なんですよね?」
「はい。お恥ずかしながら拓哉との交際が公になってるのはご存知だと思います」
「了解です。いざって時は俺が割って入るので任せてください」
公も何も、学校中を探しても知らない連中は指で数えられる程度
噂に疎い俺でも知ってるぐらいだからな
「⋯⋯拓哉の浮気、そして私との破局は両校で話題になると思います。しかし彼もバスケ部屈指のエース⋯⋯意外に、私達の学校にも女性のファンが多くてですね」
「俺達、運動部全般弱いですからね⋯⋯スポーツ好きのファンが向こうに行っちゃうのは必至なのかも」
聞いた話によれば、拓哉の女癖が悪い事は知られてないんだもんな
別れたバスケ部マネージャーの事件の内容も、表沙汰にはされず揉み消されたって言うし⋯⋯そもそもそんな性格に気づかれていれば人気も出る訳もない
「ですので、別れても声は上げないつもりです。私達の口からは何も言わないでおきましょう」
「⋯⋯もし拓哉が別れたと周りに告げたらどうします?」
「いえ、それはないですね。別れたとなればあちら側の人間で理由などを探る人が出てきます。浮気と気づかれれば、彼の自尊心と評判に傷がつきますから」
大きなファンを抱えると、拓哉も却って自由に動けない⋯⋯
ファンってのは俺達の障害にもなるし、厄介な奴らだ
「重要なのは、拓哉の周りに居る女性陣自ら真実を探らせる事です。私が内情を晒してもいいんですけど、私が拓哉の彼女だからか敵対視されてて⋯⋯」
「まぁそうなると俺達には聞く耳を持たないか⋯⋯そこで、俺の出番って訳ですか?」
「そうです。私達の間柄が学校で噂になれば、波及してあちらにも届く。そうなったら独占欲の強い拓哉は必ずボロを出すはず」
拓哉のプライドの高さ、それを逆手に取って自爆へ追い込む作戦か⋯⋯
ファンが多ければ、その分浮気が暴露された時の世間体は悲惨なものになる
夏目さんの狙いは恐らくそれだろう
「そこでなんですけど、裕介くん⋯⋯」
会話の途中、夏目さんが急に俯く
口が開きそうで開かない、暗い表情への急な変化に⋯⋯俺は首を傾げた
「は、はい?」
「少し、耳の重い話になるのですが聞いてくれますか?」
⋯⋯??
何とも今更感が強い。拓哉の悪業を聞いた後ならば、何事も霞んで見える
俺にとって耳の重い話は、真海に関連する物だけだ
「もちろんです」
「⋯⋯彩華ちゃんと話したんです。拓哉が今、誰と浮気してるかって」
浮気相手の女性⋯⋯そういえば考えた事がなかったな
妙に思い口ぶりなのが気がかりだけど、浮気相手の女性も被害者の1人って訳だよな
そうなると⋯⋯アイツは凄い数の女性を敵に──
「──愛月真海、彼女の口から出た浮気相手の名前です」
「⋯⋯⋯」
⋯⋯えっと、なんだ
どう、言えばいいんだろう⋯⋯
心底驚きはしたし、以前なら多分固まってまた家で泣くなりしてた訳なんだが
彩華と付き合えたおかげか、向かってきた事実に余裕綽々と質問が出せる程度にはダメージが薄い
「じゃあ真海も被害者なんですか?」
「⋯⋯先程も言った通り、私と拓哉の関係は他校にも話が及ぶ程。真海ちゃんが知らないとは思えません。ただ、流石の彩華ちゃんもそこまでは分かっていないみたいで⋯⋯」
夏目さんがこちらを見ると、彼女は眉を落として俺を案じてくれている
真海が浮気していたと、その話が俺の心を傷つけると思った様子⋯⋯
「驚かないんですか?」
「⋯⋯もう、慣れちゃいましたね。彼氏がいるのは知ってましたし、それじゃ真海の彼氏は⋯⋯」
この流れで行けば答えは聞かずとも分かる
それは火を見るより明らかで、ひとつの答え以外⋯⋯考えられない
「はい⋯⋯私の彼氏でもある────五十嵐拓哉その人です」
まぁ、そうなるのが道理か
そうときたら夏目さんと同じく、真海が被害者となるか⋯⋯
とにかく、気の毒に思う
もし真海が浮気なのを分かっておらず、夏目さん自体も知らない口なら、気づかれたその日には拓哉が日の目を拝めなくなるだろう
アイツが令嬢である点を考えれば、その権威で相応の仕打ちを受ける⋯⋯
真海の奴、子供の頃から少し過激で感情的なところが目立ってたからな
しかしそれも真海が百も承知なのだとすれば、拓哉本人には何も影響がない
少なくとも俺自身はかなり失望するがな⋯⋯
幼馴染として向けていた尊敬の念、恋心、同情。築き上げてきた感情全てが無に帰す程には
「⋯⋯それと裕介くん、彩華ちゃんと付き合い始めたんですよね」
「えっ」
「彩華ちゃんから告げられたんです。裕介くんは私のだけど、真海ちゃんが関わってるならとことん手伝うって」
彩華⋯⋯結局夏目さんに教えたのか
偽りの恋仲とはいえ、彩華は夏目さんにかなり釘を刺してるようだ
尤も、釘を刺したところで夏目さんが俺のような男を好きになるとも思えないけど⋯⋯
「彩華ちゃん、裕介くんと付き合って、たっぷりと見せつけてやると意気込んでました。相当、憎んでらっしゃるんでしょうね⋯⋯」
「話せば長いです。事情は知ってましたが⋯⋯まさか、彩華の告白が報復の建前だったって信じられません」
やはり俺には交際など早かったんだと落胆すると、それをフォローするかのように夏目さんは俺の肩に手を置く
俺の言葉を否定するかのように、首をゆっくりと横に振った
「いいえ、恐らく私達のとは異なり嘘偽りのない本当の交際です」
「⋯⋯そうだと嬉しいんですけどね」
「私が保証しますよ。その証拠に、彩華ちゃんったら口を開けば裕介くんの話ばかり⋯⋯本当に、心から好きなのだと感じます」
お読み頂きありがとうございました!
未だ裕介の心境は変わらず、真海への復讐にはあまり興味を示しておりませんが、いずれ彼の心境に大きな変化が訪れます。
また改めて、タイトル通りの流れになりますのでご安心くださいませ!
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