#30 決行日前夜
今回の展開に関しまして、後書きにて追記いたしました。これからの展開に関する重要なものなので、ぜひお読みになっていただけると幸いです。
「電気消すよ〜」
「おう」
俺が返事をするや否や、部屋を照らしていたひとつの明かりがぱちんと消滅。
途端に、カーテンの隙間からこぼれる細く儚い街灯の光
カーテンの僅かな細い隙間を通り、 薄い銀色の線状の微光がベッドの上に落ちた
それまで柔らかく照らしてくれていた物が消えた事で視界は限り無く狭くなり、迂闊に身動きが取れなくなり、それに次いで、彼女の姿が見えなくなる
真海に返信して直ぐ、俺も湯船に浸かって汗を流し、そこからリビングでくつろぎ、その後に彩華の部屋へ移動
そして特に何事もなく現在に至り、彩華が用意してくれた布団に身を入れた
────暗闇の中、横から彼女の足音がじんわりと近づく
そのまま俺の頭の上を通り過ぎ、彩華の己のベッドに身を委ねる音が辺りに流れた
⋯⋯真海とのしがらみを断ち切ってから、数時間
彩華と恋人らしい事は何もしていないが、むしろ互いに腹を割って話せるようになってから時間の経過の速度は凄まじい
そして、同じ幼馴染と言う因果からどうしても思い出す真海との因縁
2人の性格はまるで似ておらずとも、腐っても真海は幼馴染⋯⋯同情はせずともどうしても気がかりではあった
何せメッセージを送って以降、真海から一切の音沙汰がないんだ
即座に返信が来ると言う俺の予想に反したために、現在は何とも言えない歯痒い感情を抱いている
「(とはいえ、後日、矢継ぎ早に質問されるのは勘弁だけどな⋯⋯)」
念の為に確認してみると、言うまでもなく既読はついてる
つまり、このメッセージを見て何かしらの行動に移しているのか⋯⋯もしくは夜も遅いので明日に回されたか
彼女の性格からして不平不満があれば必ず何かしら難癖をつけてきたりするので後者は考え難い
これまでに受けてきた理不尽に関しては枚挙にいとまがないが、日常から欠け落ちると少し寂しい気もする
⋯⋯追って面倒事にならないといいんだが
突き詰めれば、見えない事象に意識を向けても時間の浪費。取り越し苦労かとため息をつき、そっと真海とのALINEを閉じた
考える物事を無駄な物から有意義な物へ変え、真海から夏目さんの一件へと転換
そろそろ頃合と、彩華と今後についての取り決めを行うべく、天井を見ながら声だけで彼女に話しかける
「彩華、明日の夏目さんの件なんだが⋯⋯」
あれ、寝る前に相談し合おうって言ったんだが、返事がない⋯⋯
もしかしてもう寝ちまったのか?
「彩華?」
彩華のベッドの方に寝返りを打った矢先、暗がりの中で彼女を探すように目を凝らす
すると、その途端、彼女が目の前に立っていた
その時──
「──隙ありっ」
身体を倒し、続けて柔軟な蛇のように布団に侵入
体制を整えているのかモゾモゾと俺の隣で動いてから、そこから顔を出した
まさにしてやったぜと言う、これ見よがしな表情⋯⋯
「えへへ、びっくりした?お隣さん同士なら落ち着くし自然とお話できちゃうね」
「び、びっくりするに決まってるだろ。驚かすなよ」
ほんのりと頬を染めながら、俺を弄るように笑みを転がす
二人の間でひっそりと重なる呼吸、そして相手の体温が肌身に染み込む
心臓が高鳴って、一緒に寝ていた昔を思い出して取り乱しこそしないが、顔はかなり火照っている
「でもなんだか、あの時を思い出すよ。今とは打って変わって恥ずかしげもなく手も繋ぎ合う⋯⋯それが今じゃ、こんな具合だ」
「んん?子供の時だけとは聞き捨てならないなぁ」
彩華の小さく柔らかい手と、俺の骨格が少し浮き出た中ぐらいの手⋯⋯
その話をすると、直ぐにそのふたつが繋ぎ合わさる
そのふたつが繋ぎ合わさると、心だけではなく寂しかった手までもが温もりに包まれる
もう離さない、そんな感情を持っていると言わんばかりの堅い握り方
俺もそれに応えるように、強く握り返す
互いの呼吸だけが聞こえる静寂が、早まった心臓の鼓動の音をより引き立てる
明日に迫った、打倒"五十嵐・拓哉"の決行⋯⋯
今日はその前日打ち合わせを予定していたが、様々な出来事が重なり後手後手になってしまった
前日に話しを進めないとぶっつけ本番と非常時に備えられない
⋯⋯しかしだ、俺達は恋人になった直後
彩華とは、まだゆっくりしていたいと察し合い、俺達はこの時間をもう少しだけ堪能する事にした
〜
一緒に雰囲気を堪能し終わってから、俺達は後回しになってしまった作戦会議を始める
お互いの緊張は解け、布団の中は互いの体温でちょうどいい塩梅になり、話しやすくなった
その布団の中で、復讐を望む友達に晴れやかな未来を届ける為、俺達は暗闇に呑まれるひとつ屋根の下で段取りを決め合う
「夏目さんとの作戦、俺達はどうサポートすりゃいいと思う?」
「う〜ん、一先ず関係を終わらせる所を見届けなきゃだから⋯⋯デート中、私達は一切干渉しちゃダメってのがひとつ」
「ふむ⋯⋯となると重要なのはデート明けの余白の時間か⋯⋯」
「拓哉は自尊心が強いから、いざ別れを切り出されたら逆上すると思う。夏目ちゃんを自己顕示の材料としか見てない彼は特にね」
役割としては手筈通り、有事の際の仲裁役
頼りないかもしれないが、請け負ってしまったからには引き下がる訳には行かない
とはいえ、その場で女性に手を上げる可能性がある事がそもそも異常と言うのは突っ込まないでおく
んで、俺達が考慮すべきは別れた直後の介入とその後か⋯⋯
「俺が思うに、あの男を見返すには流石に骨が折れそうだ。無事に別れを切り出した後はどう動く?」
「ふふっ、よく聞いてくれました」
突然、彩華はコホンと声を整える
急に改まる様子、俺は少し身構えた
「最終的に復讐するのは夏目ちゃん本人なんだけど、その復讐には、なんと私の現彼氏であるゆうくんが要になるのです」
⋯⋯⋯
「はっ?俺?」
やはり身構えておくのが正解
舞い降りてきた役割に抑えきれない動揺で声を歪めてしまうが、そんな事よりもだ
「対して私は、言わば縁の下の力持ち。ゆうくんには相当に肝要な立場に立ってもらいます」
夏目さんに協力すると息巻いていたが、おいおい⋯⋯打倒!五十嵐拓哉において、俺が要点になるなんて誰が予想できたか
「まぁ決まった事は仕方ないがよ?しかしそれ程までに重要な立場なんだったとしたら、余計にプレッシャーがかかっちまうな⋯⋯どう立ち回れば?」
「ゆうくんにはね」
「あ、あぁ」
「夏目ちゃんの上辺だけの彼氏になって欲しいの──」
⋯⋯はい?
思いがけぬ光景に魂を攫われ、身じろぎ一つできずに凍りついた。
彩華と交際を始めて数時間、上辺だけとはいえ芽生えようとする新たな交際を前にして硬直
そこから直ぐに首を横に振り、我に返っては質問する
「ちょ、ちょっと待て?それが本当なら、お前はなんでこの期に及んで俺と付き合おうって話をしたんだよ?」
作戦に支障をきたすであろう、今日の告白
気になりすぎた俺は、忖度抜きで答え難い質問を投げかける
「だ、だって⋯⋯初めてのお付き合いは私として欲しかったんだもん」
「あっ⋯⋯」
バツが悪そうな、あざとい姿と回答を見せられて俺はまた顔が火照った
⋯⋯何だか、悪いことを聞いた気がして申し訳ない
いずれにしても矛盾までとは言わないが、その作戦が兼ねてより決まっていた事なら、彩華と実際の交際を始めるのはかなりの悪手
真海へのメッセージが公にされると仮定した上で、その男に夏目さんと交際していると告げれば⋯⋯その未来は想像に難くない
下手をして最悪の想定が2度も起これば、五十嵐拓哉と並んで俺が二股男だと悪評が広がる
可能性がある事自体が問題、彩華の事だから何か策を練ってあるとは思うが⋯⋯流石に学校での立場も危うくなるのは避けたい
「ま、まぁ引き受けない訳じゃない。だけど失敗した時のリスクは考えなかったのか?それにその、なんだ。お前自身は嫌じゃ──」
俺の言葉が、彩華によって食い気味に被せられる
「──そりゃ嫌だよ!仮にもゆうくんが取られちゃうんだし⋯⋯」
声は小さくとも、静かな部屋の空気を震わせるには十分な気迫
彼女となった関係の今、夏目さんとの交際には強い嫌悪感を抱いていると、その発言が感情を如実に表していた
「それでも何より親友の夏目ちゃんの為⋯⋯それにゆうくんにとっても良い経験だと思ってね?」
「⋯⋯お、おぅ?」
「それと失敗とかについては、縁の下の力持ちの私が頑張るから大丈夫!上手く2人の立場が悪くならないよう、影で取り持つのが私の役目!だから心配しないでね」
⋯⋯後先を考えているのか、それともまるで考えていないのか
やはり女の子特有の意地はあるようで、親友の夏目さんと言えども張り合いは見せる様子
そんな彼女に助け舟を出すなど、行動の端々に矛盾を感じるが、それでも一貫して俺への愛情は見せてくれてる⋯⋯
誰かさんとはまるで違う。思わせぶりじゃなく、思ってくれてると心から信用しきれる
それだけじゃなく、当てられた自分の役割にはかなり自信満々で、失敗しないと確信してる
⋯⋯なら懸念点はない、か
「分かった。2人がいいって言うなら喜んで引き受けさせてもらうよ」
「ありがとうゆうくん!それじゃあデート前に夏目ちゃんへ報告するねっ」
「⋯⋯⋯」
う〜む⋯⋯
引き受けたはいいものの、夏目さんと上手く本物らしい恋仲を築けるか自信は正直に言えば⋯⋯まぁ、全くないよ
だって夏目さん、恋愛を尊ぶ生徒会を取り仕切る"生徒会長"なんだからな
彼女に恋心を抱く男性も数多い、それも真海とは比にならない程度に⋯⋯
だがまぁ五十嵐拓哉の件は別として考えれば、これは存外運がいいと捉えられるかもな
変わると決心して狙ったかのように巡ってきた千載一遇のチャンス⋯⋯
ここまで来てしまえば、やる以外に選択肢は考えられないだろう
これを経て、彩華に相応しい男になれば復讐も完遂できて一石二鳥
彩華の為にもなるってのは、モチベーション向上としてかなり大きい
「あっ、でもっ」
ようやく彩華と一緒に床に就けるかと目を瞑ろうとするも、何かを思い出したかのように彩華が声を上げる
何だろうと、再び暗闇に包まれた天井を見上げ、直ぐにそのまま彩華の方に頭を向ける
「見せかけでも夏目ちゃんと付き合うって事は、キスとかしなきゃ⋯⋯だよね?」
俺の手を揉むようにして、手や指をモジモジとさせる彩華
余裕のあった最初とは違い、今だけは頑なに目を合わせようとせず、合わせようとしても避け続けてくる
「ま、まぁ状況によっては⋯⋯考えられるのかもな?」
それにしても夏目さんとキス、か⋯⋯
「じゃ、じゃあ」
偽の恋人となれば、状況によっては迫られる。可能性は無きにしも非ず
そんな下心丸出しな状況を想像した瞬間だった──
彼女の唇がそっと自分の唇に触れた
冷たくもなく、熱くもない
それはただ柔らかく、 抱いていた時と同じ愛情の温もりだけが伝わる
それが触れた瞬間に、世界の音が遠のき、呼吸のリズムが乱れ、夏目さんとの想像は彼女の温もりに全てを掻き消された。
「えへへっ、おやすみっ!」
お読み頂きありがとうございました!
今回の展開は夏目の復讐の一環で、真海への見返しとはまた異なった物です。
タイトルと違った展開になってきたな⋯⋯と懸念をお持ちの方、そこはご安心くださいませ。
全体的に今回は本筋から少し離れた展開でしたが、しっかりとタイトルが本筋になります。
これからも変わらず彩華がメインヒロインで、登場する別キャラクターが復讐への鍵になる人物です。
今回の展開は物語の本筋とは別の、夏目の拓哉に向けた復讐。真海への見返しとは別物と考えて頂ければ、楽しくお読みになれると思います。
勿論、これが意味の無い展開ではもちろんございませんので期待いただければ凄くモチベーションに繋がります。!
長々と語りましたが、以上となります!
続きが気になる!面白い!など思ってくださればよろしければ評価、リアクション、感想やブックマークをいただけますとすごく励みになります!




