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#28 恋仲

 

 彩華に額を預けたまま、どれほどの時間が経ったのか分からない。

 気づけば、さっきまで夕日で赤く染まっていた空が、見れば群青に変わり果てていた。


 彼女を抱く腕に落ちる影も、いつの間にか薄れ、窓から差し込む光は弱々しいものになっていた。


「暗くなってきたしそろそろ離れるな⋯⋯」


 そっと離れると、全身に感じていた温もりが抜け落ちる

 寂しさはなく、そこには遂に付き合えたと、気持ちを人一倍強く噛み締められる程の気力があった


「うん、大丈夫だよ。えへへ、これで正式にカップル成立だよね?」


「そうなるな⋯⋯その、なんだ。これからは恋人として末永くよろしく⋯⋯頼む」


 抱き合っている間は、安心感と暖かさに包まれて心が癒えていくそんな感触

 ひしひしと感た、失恋直後の物の暖かみとは訳が違う。


 ⋯⋯体の芯まで暖かく包まれ、その影響で自然と笑みもこぼれた


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 肌の温もりより、まっすぐな視線のほうがよっぽど恥ずかしい⋯⋯


 彩華が凄く幸せそうに微笑みながらこちらを見つめてくるから、まるで顔を向けられない

 瞳の奥まで澄んでいる、彼女の美しい瞳を少しでも見つめているとなんだか吸い込まれそうで、どうしても照れくさくて、目を逸らすことしか出来ない


 喜びで感情が高ぶると思ってたんだが、いざ恋人になってみると、思いの外恥ずかしくて声も上げられないなんて⋯⋯


「さぁて、余韻に浸るのは事を済ませてからにしないと、だねっ」


 顔を伏せ、照れ隠しで苦し紛れにカーペットの模様を目でなぞっていると、その傍らで彩華が何か思い立ったように腰を上げる。


 それを見て、目でなぞるのをやめて反射的に身を起こした。


「どこ行くんだ?」


「ふふっ!今日は私達の記念すべき日になるんだよ〜?せっかくなら()()()しようと思ってね!」


 扉へと向かう彼女に声をかけると、俺の初めての彼女が口元を緩めた表情で振り返る


「ま、まぁ良いと思うが」


 ダメだ。目を合わせるにはやはり少し慣れの時間が必要かもしれん⋯⋯

 ようやく付き合えたってのに、妙に照れくさくて却ってよそよそしくなっちまってる


「記念日には腕によりをかけてご馳走を作るんだけど、それには相応の時間が必要なのです!」


 気がつけば、月明かりも太陽光も乏しい

 振り向いた時、ふと外の景色が過ぎって時間の経過を再認識させられた所だったんだが、この言い分だと⋯⋯


 まさか付き合って初日でお泊まり、なんて事はないよな⋯⋯?



「帰っちゃ嫌だからね?」


「──!?」


 秘めた思いさえ見破られてしまうような感覚に襲われ、まさかの連続に身がすくむ。

 幼馴染だから何もかもお見通しだとしても、ここまで見抜かれると度肝を抜かれた⋯⋯


「えへっ、図星だったでしょ」


「や、やめてくれよ」


 からかい混じりに俺の頬がつつかれる。


「安心して!彩華、私は絶対にガッカリさせない自信ありますっ」


「う〜ん、お前の料理は凄く美味しいからそこは心配してないんだが⋯⋯」


 それだけじゃない。新しい関係に、彩華は既に馴染んでいた

 頬を赤くして縮こまっていた小鹿のような女の子が、物の数分で誇ったような表情

 それだけに収まらず、軽口を叩ける余裕も持ってる


 彼女を見習うべきなんだけど、ここまで早いと流石に度肝を抜かれる⋯⋯


「⋯⋯私達は恋仲なんだし、彼氏とお泊まりぐらい普通だよ?」


 毎度毎度、彩華の思考は俺の一歩先

 長年話してきた真海と比較しても、彩華の洞察力は凄まじい

 恋仲でもある隠し事もまるで見抜かれそうで気が気じゃない


「3日に1回の真海ちゃんほどじゃないにしても、私とゆうくんは晴れて恋人同士だし問題はないない!」


「そういうもんかねぇ⋯⋯」


 人間誰しも新たな物事には心の準備が必要なはず

 この積極性は、交際期間が長いカップルと遜色ない⋯⋯いや、もしかすればそれも凌駕してるかも


 真海に関しては⋯⋯ノータッチでいいか


「と・に・か・くっ!逃がさないからね!私と付き合うってことはそういうことなんだからっ」


 俺の意識が呆気に取られていると、どうやら業を煮やしてしまったようで、腕をがっちりと掴まれた


「ちょっおい!!ひ、ひっぱるな!」


 強い力に引っ張られてよろけてしまったことで、抵抗する暇も反応した頃にはなくなっていた

 彼女の思うがまま、部屋の扉の前へ連れられる


「問答無用!ほら階段も降りるんだから抵抗しちゃダメだよ!」



 〜



 舞台は変わって彩華の部屋から、彩華の家のリビングへ⋯⋯家族共有の場所だからか、外壁のような目立った装飾は見当たらない

 観葉植物にテレビ、ソファーなどごく一般的な家庭にかなり近い


 そして、キッチンから漂う湯気と香り

 まだ距離の掴めない空気、対して彩華は既に接し方が板についたようで、俺は頭を抱えた


 微かに聞こえる彩華の鼻歌⋯⋯付き合ってから間もないが、いつになくテンションが高い

 よほど嬉しかったんだと、俺も口角が上がってしまう

 だが、それと同時に彩華を前にした時の、俺自身の上がり具合が頭に過ぎってしまう


 今の俺は情けなくもリビングにあるテーブル、その端の椅子に腰を下ろして背中を少しだけ硬くしている


 膝の上で落ち着きなく指先を組んだり離したりして、緊張感を紛らわそうとするも効果はなし⋯⋯


 人生初めての彼女──

 心の底から嬉しいと感じる反面、俺自身がこのままでいいものかと、どうしても頭の中に浮かび上がる


 見た所、真海の彼氏には"ド"がつくほど、どの点においても負けている⋯⋯

 比較対象に挙げたが、やはり悔しいし自分と比べる事も不快に感じる⋯⋯が、今は仕方がない


 とにかくだ。アレを見ちまったら、真海が俺と付き合わなかったの、癪だけど頷けてしまう。


「(容姿のみならず性格も、お世辞には男前とは言えないしな⋯⋯)」


 変わろうにも、俺一人じゃ今のように髪型を変えて終わるのが関の山


 それで行くなら雅俊⋯⋯アイツか、あるいはその友達に身嗜みの教えを乞うのも手か?

 雅俊の友人である、三条魁斗(さんじょうかいと)

容姿が良い奴と絡むと、俺の顔が一層悪く目立つからって接点はない


 しかしアイツは屈指のイケメンで華もある

 性格が竹を割ったような奴だから、嫌な顔ひとつせず教えてくれる


 彩華に相応しい男になるんだったら、それが一番の近道⋯⋯


 ()()()()

 一度は成功したイメチェンの波に乗ると決めて、テンションを無理矢理に上げては、さっと立ち上がった


 ⋯⋯彩華に相応しい男になるためにも、ここは頑張らないと


 いずれこの卑屈な性格も矯正するんだ。笑顔に振る舞う練習と思って、明るく彩華と接しよう


 ⋯⋯とはいえ、立ち上がったはいいものの何もする事がないんじゃ、居ても立ってもいられない

 何か気分転換に行動を移せないか⋯⋯


 ⋯⋯そうだ、あれで行こう──


「──彩華、折角なら俺にも手伝わせてくれよ!」


 俺は駆け足でキッチンへと顔を出す。

 エプロン姿で、鼻歌を唄いながら鶏肉を揚げる彩華の姿。


 ふむ⋯⋯鶏肉を揚げてるって事はまぁ、祝い事の定番である唐揚げで違いなさそうだな


 彩華が料理。ならば夏目さんに手解きして貰った経験を活かす絶好のチャンス

 しかもそれは人生初の彼女⋯⋯

 この機会を逃しては勿体ない!


「んえっ?ゆうくんって料理できたっけ?」


 途端に元気を得た俺を見て、彩華は首を傾げて唖然


「実は前に夏目さんの家に居ただろ?その時に教えて貰ってな」


「あぁね!」


 ⋯⋯ん?


「あの時かぁ」


 一瞬、彩華の手が震えたような⋯⋯?

 疲れか?あるいは俺の気の所為かな


「おかげで少しは自信が出たんだ。まだ人に見せられるレベルじゃないが⋯⋯」


 彩華は俺の申し出を聞いて、唖然としていた表情からいつもの微笑みへと戻してくれた。


「そうだなぁ」


 顔を合わせるのは恥ずかしいのは相も変わらず

 ただ心に決めたおかげで多少は目を合わせられるようになった。我ながら上手くやれてるな


「まっ、自信があるのは悪いことじゃないよ!じゃあサラダに使う野菜、切ってもらおっかな!」


「よし来た!」


 自信たっぷりに袖を捲り、手の指を鳴らし、続いて軽く水で手を洗った後に彩華から渡された包丁を握る。


 そのまま夏目さんの一挙手一投足全てを頭に浮かべて、苦手だった料理へ挑戦。

 彩華に少しでもかっこいい所を見せたい、そんな一心で料理へ臨む。



お読み頂きありがとうございました!


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