#27 塗り替えられた恋心
垣間見えてしまったタンスの中の目も当てられない、写真の惨状
これまで決して曲がった点を俺に見せなかった彩華の気質からして、並大抵の理由じゃないと思えば案の定、度肝を抜かれてしまう
彩華を問い質した末、あのタンスの中の惨状は彩華の手によるものだと自白⋯⋯
そこから続けて動機を聞くと、彩華と俺が遂に中学生になる時代の話へと発展し、その時に起こった出来事⋯⋯
にわかには信じられない、愛月真海の暴挙を聞かせてもらった
あそこまでの憎悪を抱いた理由は曰く、真海と言う、信頼していた親友に人生の何もかもを狂わされた事に起因する⋯⋯
ただ不思議と感想は、昔から支離滅裂な奴だったんだなと、何故かそれぐらいの軽すぎた気持ちしか出てこず、俺自身も密かに困惑している
愛月家が創業家で、それなりの大企業を経営している事と、加えて真海がその令嬢で会社で高い立場を確立していた⋯⋯
正直、俺が驚いたのはコッチだ
真海が大企業を経営する名門の家系ってのを長年と自慢してこなかったのは気がかりだが、本題はそこじゃないよな
それよりも、陰口と言い名門家系と言い俺に隠してる物、多すぎじゃね⋯⋯?
増すに増してアイツを信じれなくなってきちまったな⋯⋯
「ゆうくん⋯⋯えっと、信じてくれる?」
小さい頃の俺が呑気に暮らしている中、水面下で起こっていた不祥事⋯⋯
真海の、彩華の家族に対して向けられた悪意のある所業
他人事ではないと、振り回された彩華の過去に俺も真正面から向き合って、話を事細かく聞いた
「まぁ、もはや驚きもしないわな⋯⋯」
どうやらこの街から引越してしまった原因は、軒並み真海が手を引いていたよう
彩華はそう言って、真海には強い敵愾心を抱いていると明かしてくれた
真海の常日頃の振る舞いからでは見当すらつきもしない豹変ぶり
子供の頃の記憶ってのは曖昧なせいで、率直に言えば俺は半信半疑状態
⋯⋯彩華が嘘をつくとも思えないんだが、それでも面倒見の良かった付き合いの長い真海だからこそ、信じたい感情が根強い
だけど真海の動機は常々しょうもなかったり、俺の理解が届かなかったりと情緒不安定
極めつきは、あの時に恥ずかしげもなく見せた、あたかも自分が悪くないかのように泣き叫ぶ姿⋯⋯
あれほどの事を言い放った俺が今更、真海を信じて何になるのか
俺の恋心を限界にまで踏み倒して、思わせぶりな行動ばかり見せて⋯⋯
日常の憂さ晴らしとしていじめたかったのか、ストレスの捌け口など考えられる線は様々だが、結局は不透明のまま
しかし、今では知る由もないし、通り越してもはや知りたくもない
俺が今、思いを寄せているのは彩華ひとり──
理由はどうあれ、散々俺を弄んできた真海を信じる道理はない
「⋯⋯ゆうくん?」
しかしまさかタンスの中を見られるとは思ってなかったようで、彩華は終始涙声だった
今もなお、鼻をすすりながら涙を拭い、こちらを見てる
「真海には失望したな。タンスの惨状を見た時は流石にびっくりしたが、彩華の言い分からして無理もない行動と同情しちまう程とは」
「⋯⋯私の事、信じてくれるの⋯⋯?すごく突拍子も無い話なんだよ?」
思いに寄り添って貰えるとは思ってなかったようで、意外にも彩華は驚いていた
真海の奴は、チャラそうな彼氏とつるむ事が多い
それどころが俺の耳の届かない場所で悪口を言っていたし、何より彩華の説得力も高い
⋯⋯あんなことがあったんじゃ、真海を信じ切るなんて不可能だ
「実はな、当人とその彼氏に遭遇しちまって⋯⋯」
彩華が手を口の前にやり、感情が更に強くなった様子を見せる
「んえっ!?」
彩華に隠す必要すら無くなり、真海と決別した事を伝えようと考えた
それが彩華にとって、どう捉えられるかは分からないけど⋯⋯今更、隠し事をしたとて見透かされるのは目に見えてる
「俺は言ってやったんだ。そこでこれまでの溜まっていた鬱憤、全部ぶつけてやったんだよ」
「⋯⋯だ、大丈夫だったの?」
やっぱり⋯⋯真海とは本当に違って優しいな
眉を上げて心配してくれて、思い出してみてもアイツにここまで気を使われたことなんて無かったな⋯⋯
「むしろ不満を出せたおかげでモヤモヤが消えて結果オーライだ。真海への未練は⋯⋯多分、もうないと思う」
「そ、そうなんだっ」
彩華が唐突に赤くなる。目を合わせていたが彼女は顔を伏せてしまった
あっ⋯⋯
俺も意図を察して、気恥ずかしくなって目を伏せてしまった
「「⋯⋯⋯」」
恥ずかしいが一旦、話を戻そう⋯⋯
「まぁ⋯⋯なんだ。彩華の事は心から信じてるよ」
とにかくだ
彩華を馬鹿にしたアイツが悪いのであって、全くの同情はしない。それに溜め込んで来た物を解放できて、なんだかんだスッキリしたしな
「真海ちゃんへの未練は本当にない⋯⋯?絶対?」
お互いが黙った後、先に動きを見せたのは彩華の方だった。
何やら落ち着かない様子で指先をいじりつつ、確認してくる。
「辛いと思うけど、答えて、欲しいな⋯⋯」
聞かれ、ここで軽率な答えを出したくないので腕を組んでは今一度考えを巡らせる
どうなんだろう。今は心から清々しい気持ちだけど、日が経てば思い起こしちゃう可能性は無きにしも非ずって奴だ
⋯⋯そうは言っても次に進むには、そんな事ウダウダ考えてられないのも事実
ここは断言しちまおう、自分の心に踏ん切りをつける意味も込めて
────微塵もない
「今までずっと世話になってた恩も霞む程だ。顔も合わせたくないぐらいで、辛いなんて以ての外だよ」
「えっとぉ、そ、そんなに⋯⋯?」
「手酷く弄ばれたし、ましてや彩華にまで影を落としてたってんなら当然だ。流石に初心な俺でも冷めちまうよ」
中学の頃から、真海にはとことん振り回されたが、密かに恋心を抱いていた自分からすると、それも一興と感じていた
しかし時間は経って気持ちも変わった
俺に対してのみならず他人にまで、それも子供の頃から悪行をしていたとなると、もう言葉は選ばなくていいだろ
⋯⋯意図はどうあれ振ったのはアイツなんだし、もう忖度する必要性はない
「じ、じゃあまた私と付き合って欲しいって言ったら、付き合えるかな?なんて⋯⋯」
「────!?」
しれっと出てきた2回目の告白に平静を欠いて情けなく動揺
その反応を見た彩華は、まるで悟ったかのように手の平を見せて身を引かせた
「む、無理だよね!分かってる!狂気じみた事をしてる自覚はあるからっ」
思ってくれる女の子に2度も告白させて、どうしても恥ずかしくなっちまって答えを有耶無耶にして⋯⋯ダメだな、俺
──もう、真海を気にする必要も無い
それなら⋯⋯変わらないと
「⋯⋯俺も、付き合いたい」
「んえっ?」
さながら好きだったあの頃の真海を前にした時のように、勇気を振り絞る
「俺もだよ!俺も彩華と恋人になりてぇっ!」
全てを言い切ってすぐ、照れ隠しで顔を窓から覗き込む夕日に向けた
あの時以上に顔が熱くなって、彩華の顔を見たくても感情が強すぎて目を向けられない
「⋯⋯嬉しい」
密やかな声に、顔を逸らしていた俺は目線だけを彩華に向ける
そこには、微笑みながらも堪えていたであろう涙をとめどなく流す女の子の姿
「⋯⋯⋯」
立ち上がり、俺の方へと歩み寄ってきては再度座り、ゆっくりと俺を抱き締めてきた
「ゆうくん⋯⋯大好き」
⋯⋯⋯
多分、俺の顔はとんでもない事になってる
羞恥心と、喜びに溢れる思い
「⋯⋯俺も」
1回目の時と打って変わり、強引さはなく、そこには優しさだけが俺を包み込んでくれる
その感触から、"心から好き"と言う思いを切に伝えてきているのだと、初心ながらに感じ取れた
俺もその思いに答えようも、そのまま徐に両手を彩華の背中に回して、抱いた
「もう少し⋯⋯このままで居させてね?」
その瞬間から、俺は彩華の事で頭がいっぱい
「うん、俺もこのままがいいな⋯⋯」
俺の恋愛感情はどんどんと昂って、嫌な事や辛い事⋯⋯そして、彩華以外の事象全てが頭から消えていく
それはもう、かつて好きだったはずの横柄な幼馴染との記憶を、ものの数秒で忘れてしまう程に
先程語られた横柄な幼馴染の、嫌でも記憶に残るはずの、最低な所業さえも頭から抜け落ちてしまう程に──
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