表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/39

#26 権利

 

 心の中で「変わろう」と決めたその日、いつもの食卓で椅子に座る私の視界。

 心做しか部屋が少し明るく見える。


 蛍光灯の光も、テーブルの木目も、昨日までと同じはずなのに、 どこか柔らかく見えて、空気が少しだけ軽い。


 今日は私の感情の起伏が激しい、1日だけで様々な感情が出てきた


 悲しみ、恐れ、孤独感、絶望⋯⋯

 そんな今日、そんな自分とはもうおさらばする記念日──


「ご馳走様でした!」


「はぁい、お粗末さまでした」


 お母さんが作ったお手製のハンバーグ、いつも以上に喉の通りが良く、味も深く感じられた

 大きな揉め事が起きた直後でも、お父さんとお母さんは仲良く談笑


 私もその会話に参加して、いつもの何気ない日常に戻れて⋯⋯日々のありがたみが身に染みて、笑みがこぼれる


美由紀(母さん)が戻ってきたら予定通り話を始めようか。確か彩華が先に話したい事、あるんだっけか」


「うん。お話と言うよりも、私からお父さんとお母さんにひとつだけ言う事があるだけ、だけどね?」


 スーツ姿から普段着に着替えたお父さん

 先程よりも物腰も柔らかで、食事の時もいつになく笑ってた


 怖い所もあるけど、私は頼り甲斐のあるお父さんが大好き


「⋯⋯本当に話しちゃっていいんだな?」


 そろそろかなとお母さんがダイニングに戻って来ないかと台所を見ると、その傍らでお父さんが心配そうな表情で私を覗いていた


 だけど、妙に心配症な所は少しお節介だと思う節も

 お父さんの優しさ故だから、煙たがらないしむしろ嬉しい感情もある


 だけど今は、私を信用してくれないかな?


「そこまで渋られて話さないとなると私、夜も眠れなくなっちゃうよ?覚悟は出来てるし、ここまで来たらちゃんと話して欲しいな」


「す、すまん」


 ⋯⋯覚悟が出来てるなんて、真っ赤な嘘なんだけどさ

 見通しが立ってないから覚悟もできっこない。やっぱり人間関係?と言うのも深く考えても、よく分かんない


 だからと言って、気を抜いて話を聞く気はないよ

 それでも今ならきっと笑顔を貫き通せると自信を持ってる



「────ごめんなさい、待たせちゃったかしら。飲み物用意しといたわよ」



 話していると、お母さんが台所から戻ってきた

 湯飲みに注がれたお茶が私の前、次にお父さんの前へと置かれる


「さてとお父さん⋯⋯あの話、始めるわよ?」


「あっ、おかあさ──」


「──んいや、その前に彩華から何かあるそうだ」


「あらそう、それじゃ彩華から先に話させましょっか」


 切り出す暇がなく、タイミングを逃しそうだった所にお父さんが助け舟を出してくれた


 ⋯⋯恥ずかしいけど、ちゃんと謝らないとダメだからね


 何かを発表する際に席から立つように、それに倣って私は椅子からゆっくりと立ち上がる


「今日は本当にごめんなさい」


 次に、深々と頭を下げて謝った


「⋯⋯⋯」


 数秒、居心地の悪くなる沈黙が流れる


 私の言う事がそんなに予想外だったのかな⋯⋯?

 2人は目を見開いて、口を動かさないでいた


「え〜とその、改めてちゃんと謝りたくて⋯⋯」


 す、すごく気まずい⋯⋯


 数秒して、お父さんとお母さんがそのままお互いに目を合わせては、口元を緩くしてこちらを見た


「⋯⋯大丈夫よ、元はと言えば私達がちゃんとしていればよかったの」


「美由紀の言う通りだ。だけど、彩華がわざわざ場を設けて言ったその言葉、お父さんはしっかりと受け取っておくからな」


「もちろん、お母さんもよ。わざわざありがとうね」


「う、うん。私も⋯⋯ありがとう」


 謝った事で胸のわだかまりも取れて気持ちは晴れたけど、やっぱりなんだか恥ずかしい⋯⋯

 でも、不思議と嫌な感じはしない⋯⋯


 そのまま頬を赤らめて、私はゆっくりと椅子に腰掛けた


「それじゃ、俺達の方も話すとするか」


「ええ、私は気が進まないけれど、ひとつの経験にはなるわ」


 呆気なく私の番は終わり

 それから程なくして話が次の段階に進むと、2人の緩んだ口元はすぐに引き締まる


 雰囲気はやにわに変わり、いつもの明るかった私の家の食卓は少し重く、そして静かになった


 私は流石に緊張して唾を飲み込む先で、2人がお互いに目配せしあい、ゆっくりと頷き合う



 ⋯⋯愛月真海ちゃんって子、わかるわよね



 肩透かしを食らい、あの時のお母さんとお父さんのように目を見開く

 友人の名前がこの場で、しかも両親の口から出てくるとは、微塵も思ってなかったから──


「う、うん⋯⋯どうして?」


 あの時、私が見た光景は私のお父さん、そして真海ちゃんのお父さんのやり取り

 それに何か関連性があるのかな⋯⋯?


「まだ推測の域を出ないが、実を言うとお父さんが異動するに至った最大の要因は──」



 あの子の可能性が極めて高いんだ



「ん、え?ど、どういうこと?」



 ⋯⋯何を言ってるの?そんなの、ありえるはずがないよ

 なんでお父さんの仕事が、私と同じ子供の真海ちゃんが関係してくるの⋯⋯?


 いやいや、一旦落ち着かなきゃ

 また取り乱しちゃ元の木阿弥、さっきの決心を無駄にしちゃダメッ


 私は首を横に振り、深呼吸⋯⋯



「⋯⋯さや、大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 更に深呼吸して、心を落ち着かせる

 もう大丈夫かなと、私は話の続きを聞き出す


「⋯⋯だけどなんで真海ちゃんが?」


 今気づいた。よく聞いたらお母さん、いつの間にか呼び方が戻ってる⋯⋯

 余裕がなかったから日々の習慣も忘れちゃってたのかな

 じゃあ尚更、私がここで挫けちゃダメだね


「愛月家は()()()()を経営していてな、それもその業界で指折りの大企業。お父さんはその企業の支社で働いてる」


「⋯⋯え、えーと?」


 よ、要するに⋯⋯どういう事なのかな

 少し難しすぎてちんぷんかんぷん、真海ちゃんの家が豪邸で凄くお金持ちなのが関係してるのかな?


「あなた、そんな説明の仕方しても分かるわけないじゃない」


 「す、すまん。こういうの苦手でな⋯⋯」


 私はお父さんの言うことに理解が及ばず、頭を搔く

 お母さんはお父さんに呆れて、ため息をついていた


「つまりね、さや。真海ちゃんのお父さんは凄く偉い人で、お父さんをお店で雇ってる人なの」


「うん」


「真海ちゃんのお父さんが願えば、お父さんをクビにしたりもできる。今回、お引越しするのも真海ちゃんのお父さんからの()()


 だから真海ちゃんの家は豪邸で、お弁当も日頃から豪華なんだなぁ

 漫画で言う、いわゆるお嬢様⋯⋯なのかな?


 真海ちゃんのお父さんが、私のお父さんに指示を出すのは何だか不思議な感覚

 立場的には普通だと思うんだけど、やっぱり友達のお父さんからって言うのが凄く違和感


 だけどお父さんの仕事の為なら、仕方ないのかも⋯⋯


「真海ちゃん、凄く偉い人の子なんだね」


「⋯⋯さや、問題なのはここからなの」



 ⋯⋯??



「真海ちゃんはね、大きな会社の()()()なの。彼女は我が家のお父さんと比べても、かなり高い地位に立ってる」


 え、そ、そうなの⋯⋯?

 普通は大人の方が立場が上だと思ってたんだけど、違うのかな?


「真海ちゃんが⋯⋯」


「じ、じゃあ真海ちゃんがお父さんを会社から追い出すのも?」


「俺よりも上だから立場上は可能だ。そんな事をすれば世間体も悪くなるから普通の会社じゃ行使力は勿論、社員以上の権利も持たされてないんだけどな」


「けどそれは、常識ある会社で、うちのような普通の家庭ならではの話。さや、もう言いたいことは分かるかしら⋯⋯」



 私は真海ちゃんの置かれる立場が予想以上に高く、一縷の不安が生まれてしまい、俯いてしまう


 まさか⋯⋯ね?


 2人には聞こえない程度の小さな声で、言葉が口に出ちゃう


「そんな事⋯⋯」


 真海ちゃんが⋯⋯

 うん、するはずがないよ


 確かに私に対しては異様な冷たさがあったけれど、それでも私と一緒に遊んでくれた

 ゆうくんと手を繋いでも、何も言わなかったし⋯⋯物凄く気まずくはあったけど、それでも少しは二人で話す機会はあったもん



「いいか、俺の異動を命じたのは、代表取締役の父親の方じゃなく、他の誰でもない真海ちゃんなんだ」


 否定したかった事実を、さらに突きつけられて、私は現実を逃避できなくなってしまう


 嘘、そんな事あるわけない

 一体、何のために⋯⋯


「⋯⋯そんなことが会社の人間に漏れれば印象はガタ落ち。退職者も現れて倒産もありえる。だから表の内容は全部、社長の辞令になってるがな」


「ねぇお父さん、それって⋯⋯普通なの?」


「いや、明らか異常だ。情けない事に抗議をすれば職を失って2人を支えられなくなるから何も言えずにいる⋯⋯証拠もないしな」


 私は真海ちゃんに対して、強い懐疑心を抱き始めた。


 私のお父さんを異動させたことに怒りたい気持ちもある

 今はそれよりも、なぜ私のお父さんを異動する指示を出したのか


 友達がいなくなって悲しいのは、私だけじゃない⋯⋯そう思える仲の良さだったからこそ、純粋に気になっちゃう


 れっきとした理由があるなら、真海ちゃんには何も言わない。それがお父さんの会社を支える為なら、辛いけど我慢もする


「お父さんはどうやって真海ちゃんの指示だって分かったの?その、バレちゃダメなら表立って教えられないよね?」


「⋯⋯偶然だ。コンビニ帰り、真海ちゃんが公園にいてな、友達に全部言いふらしていたのが耳に入った」


「えっ、でもそれって公にしちゃダメなんじゃ」


「多分ね、さやとは違って私達の想像もできない甘えられた環境で育ってるんだと思うわ」


 甘えられた環境⋯⋯

 確かに真海ちゃん、ゆうくんの隠し事を仲の良い女の子に言いふらして怒られてた⋯⋯

 そういう癖なんだろうけどさ、ゆうくん優しいからすぐ許しちゃって、微塵も反省はしてなかったと思う


 ⋯⋯私も流石にダメって窘めたかったけど、内気だったから⋯⋯


「なぜ真海ちゃんがその行為に及んだかは分からん。子供の悪ふざけかもしれんし、何か理由があるのかもしれんし」


 お母さんは肘をついて、再度ため息をつく

 先程とは違って、それは凄く不満そうで、明らか真海ちゃんに嫌悪感を抱いてる感じ


「どちらにせよ、一会社の社長ともあろう人が娘の勝手な判断を容認するのもどうなのかしら。それでよく経営が成り立ってるわよね⋯⋯」


「⋯⋯俺も言ってやりたいがこのご時世、他に働き先が見つからんからな⋯⋯不甲斐ない父親で、本当に悪い⋯⋯」



 真海ちゃん⋯⋯私、悪い事したかな?

 直ぐにでも聞き出したいけど、これは大人の話だから子供の私は首も突っ込めないし⋯⋯下手にやれば2人に迷惑をかけちゃう

 だけど凄く、ムズムズする


 ゆうくんに相談しようにも、ゆうくんはそういうの無頓着だから意味が無さそう⋯⋯



 私、どうすればいいのかな




お読み頂きありがとうございました!


続きが気になる!面白い!など思ってくださればよろしければ評価、感想やブックマークをいただけますとすごく励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
真海は当然として真海の親も親だな やはり真海はバスケ野郎とお似合いだわ 股緩ビッチで欲しい欲しい病とか救いようがない 勘違い逆恨みもするし 彩華ちゃん両親は立場上仕方ないし責めないでやってほしい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ