#25 心持ち
お風呂で温まった感覚がまだほのかに肌に残っていて、部屋に戻った瞬間、空気がひんやりと心地よく触れてくる。
さっきまで胸の奥でざわついていたものが、 ふっと力を失って静かに沈んでいくようなそんな感じ
お風呂に入り、思いの外と気持ちの整理がついて先程までの途方もない恐怖と震えは消え去ってくれた⋯⋯
微々たる程だけど、募る悲しみも晴れてきてくれてる
前向きに生きようって私なりの決心が効いてきてる⋯⋯のかな?
「⋯⋯⋯」
それとなしに机に向かい、目を閉じて、楽しかった思い出を脳内に描いて、没入する。
「大人、かぁ⋯⋯」
私は今の今まで、お父さんお母さん、そして先生にまで随分と達観してる大人な子と言われ続けてきた
果たしてそれが私を喜ばせる為の方便なのかは分からない⋯⋯
私は自分が大人びてるとは冗談でも思えないよ。お母さん達の言う大人な子は、あんな取り乱し方しない
────ゆうくん、真海ちゃん
閉じていた目を緩やかに開けて、机の上に飾ってある3人の集合写真を手に取る
並び方は
私、真海ちゃん、ゆうくん
本当はゆうくんの隣が良かったなぁ
今よりも更に内気だったから口に出せなかったんだっけ⋯⋯
「私が離れてても、2人は覚えててくれるかな?」
真海ちゃんと出会ってから仲良くできた節はそんなになかったけれど、それでも私にとっては失いたくない大切なお友達
それこそお母さんの言う立派な大人として成長して、またこの写真の時みたく三人で立てれば⋯⋯すっごく嬉しい
今みたいな引っ込み思案な性格を更に直せれば、きっと真海ちゃんも、ゆうくんと同列として扱ってくれる⋯⋯そう信じたい
「⋯⋯違う違うっ」
──ううん、前向きに!
信じるんじゃなくて絶対に扱ってくれる!いいや、扱わせてみせるよっ
それに真海ちゃん、意外と優しい所あるしね!
「⋯⋯よしっ!」
ご飯が出来上がったら直ぐ食卓につけるよう、私も下で待機しないと!
先生がよく言う、5分前行動!
新しい自分を作る前に改めてお父さんとお母さんに謝りたいし、お父さんからのお話もあるから、急がなくちゃっ
持っていた写真を定位置へと戻し、立ち上がる──
そこからすぐ隣にある部屋の扉に手を伸ばし、部屋を出ようとすると、その先に人の気配を感じた
ご飯、できたのかな?
「お母さん?」
「⋯⋯あ、気づいちゃったか。お母さんじゃなくてすまん、お父さんの方だ」
う〜ん、お父さん?
私の部屋に顔を出すなんて珍しい⋯⋯何かあったのかな?
前に私がお父さんに避けられてる気がして、相談した際にお母さんが、彼はシャイだから年頃の女の子の部屋には近づこうとしないって言ってたんだけどなぁ
まぁ私自身はまるで嫌悪感なんて抱いてないけどね⋯⋯家族なんだし
「と、とりあえず開けるね?」
「突然すまないな⋯⋯ん、どこか座ってもいいか?」
「どこでも大丈夫だよ。言ってもベッドの上か、私の勉強机の椅子ぐらいしかないけど⋯⋯」
「悪いな、ベッドは少し気が引けるから椅子に座らせてもらうぞ。床は少し腰を痛めそうでな」
⋯⋯なんだか、お父さん元気ない?
一緒に帰宅してた時は、もっとこう⋯⋯なんて言うんだろう、お父さんらしく背中が逞しかった
変わって今は何故だか背中が丸く、語り口が重くて生気が入ってない⋯
「ううん気にしないで。それでお父さん、どうかしたの?」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯お父さん?」
手に力が⋯⋯?
お父さんは両手で握り拳を作って、身体が震わせてる
かと思えば直ぐ深呼吸し、肩の力を抜いては顔を上げ、私に目を合わせた
⋯⋯すっごく、引き締まった面持ちで
「お前に話したい事があってな。物凄く大切な話、これからの人間関係⋯⋯その一点において重要になる話だ」
お父さんは机の上の、私が定位置に戻した写真を手に取り、眉間に皺を寄せた
「正直に言えば将来の道が幾千本もあるお前には、少なくとも高校までは⋯⋯人間関係なんて考えず、のほほんと暮らして欲しかった。だからこそ、迷ったんだ」
いくせんぼん、と言うのはよく分からないけど、とりあえず道が多いって事かな
人間関係は多分、友達に関してだと思うけど⋯⋯ゆうくんの事かな?
「⋯⋯??」
話がまったく見えてこないのは、それは私がまだ子供だからかな⋯⋯
ためになるお話なら、私は喜んで聞きたいな
⋯⋯でも多分、この感じだと私のためになるだけの話じゃないよね
「そこで、お前には選んで欲しい」
打ち明ける事がお父さんにとって苦しい事なら私は無理に聞きたくない⋯⋯
それより、話さないで欲しい気持ちの方が強いかな
「先に言うが、子供のお前にはまだとてつもなく早い話だ」
手に持ち眺めていた写真を、元の場所に戻し、お父さんは姿勢を正した
「これは⋯⋯彩華の為にもなる。聞くか聞かないかは、彩華次第なんだ」
分からない
お父さんの話す内容は、多分私には嬉しいことではないとだけは分かるけど⋯⋯
「私にはよく分からないよ。話すことでお父さんが苦しんじゃうなら私は聞きたいとは思わないし⋯⋯」
「彩華⋯⋯」
「でも、私はお父さんとお母さんが好き。迷惑だってかけちゃったから」
前向き、明るく──誰にも負けない快活な子になる
お父さん、実はね、私はもう限界まで絶対にくよくよしないって決めたんだ
どんな話かなんて、全く分かってない
予想すらつかないけど⋯⋯そんな心配は要らないって断言できらぐらい、自信だけは出てきてるんだよっ
「だから2人の言うことは聞く!これから新しい場所で頑張らなきゃなんだし、何でもこい、だよっ!」
「⋯⋯ふふっ、そうか。俺が知らない間に随分と、成長してたんだな」
お父さんは、引き締まった表情を崩した。
ふと手を見ると、力も抜けていて丸まっていた背中も元に戻ってる
ため息をついてすぐ、お父さんはいつもの少し緩んだ表情へと変わってくれた
「それじゃ、母さんと一緒に夕飯の後にでも話すとしよう」
座る時の力が抜けたあの瞬間とは違って、立ち上がった時はお父さんらしい力強さを感じた
「うん、あっでも!その前に私からもひとつ伝えたいから、先に話させてね!」
お父さんの元気が無い姿を見て、私もすごく不安になったけど⋯⋯
立ち上がる時に見えた緩んだ口元を見て、心からホッとできた
感じてた胸のざわめきも、スっと抜けてったし安心できそう
私が元気な姿を見せれば、お父さんも元気になってくれた⋯⋯それだけでも更なる自信に繋がるよ
「⋯⋯おう、もちろんだ。それじゃ、お父さんは戻るからな。あ、それと」
するとお父さんは、私にはあんまり見せてくれない笑顔で、私の喜ぶひとつの言葉を送ってくれた
「今日は美由紀特製のハンバーグだ。楽しみだなっ」
「⋯⋯うんっ!」
子供はハンバーグが好きってよく言うけど、私が好きなんだし絶対に間違いないよ
お母さんはどういう所を見て、大人な子って言ったのかすっごく気になるけど⋯⋯私はまだ大人になれない子供だから!
いずれ、誰にも負けない立派な大人になる!
⋯⋯⋯⋯
想定よりも早く進んでおりますので、先んじて公開をさせていただきます!
変わりまして次のお話が「11月7日」となる予定です!
お読み頂きありがとうございました!
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