#21 解放感
真海とその彼氏に押し殺していた様々な負の感情をぶつけて、駆け足で我が家へ帰った
事を終えて帰ってきた俺に対して、普段はお迎えの無い寂しかった我が家も優しくお疲れ様と言ってくれるように感じる
寂しいと家族が居て欲しかった我が家が、今となってはこの静けさが妙に心地好い
ここまでの道のりはいつもと変わらなかった、それなのに家までの距離が無性に長く感じたな⋯⋯
ようやく、自分の部屋に着いた
「⋯⋯やっちまったなぁ」
ドアを閉めたときの「カチリ」という音が、今日はやけに意味深に響く
これまで俺を捕らえていた牢獄の扉が開き、そして何かが始まるような音
普段表に出さない怒りを出し切り、疲弊した俺は一直線に机の前の椅子に座っては、項垂れた
「⋯⋯ふぅぅ」
俺はあの時までずっと押し殺してきた言葉を、爆発するかのように真海に全部ぶつけた
優しさを見せてオブラートに包む事などせず、思いのまま全てをだ
いっそのこと嫌われたって構わない──
そう思えるくらい、限界が底を迎えていたのだ
自分の行動を思えば、これまでは真海に好かれるための極端に媚びた態度だったのかもしれない
心の片隅にあった、もしかしたらチャンスはまだ残されてるかもと言う邪な考え⋯⋯
⋯⋯けど、そんな人にへつらう人生も終わり。俺がこの手で終止符を打ったんだ
交際関係を挑発するように見せてきたり、彩華との関係に口を出してきたりと、アイツの真意がまるで見えなかった
終止符が打たれた今、もはやそんな真意を知りたいとは微塵も思わない
────心が晴れ渡るような解放感
決別したあの日に感じなかったスッキリしたこの気持ち、俺はそれを強く噛み締めている
これからの人生、好きだった幼馴染との関係に囚われない。不思議と、辛いと予想していた事が逆に解放感を与えてくれる
誰も居ない静かな部屋が、その決意を優しく包み込んでくれる
「⋯⋯彩華の奴、今何してっかな」
ふと時計を見ると、既に18時を回っている
俺が校門を出たのが大体17時で、彩華と夏目さんは俺よりも一足先に校門を出ている
話し込んでいなければ、時間が経った今なら彩華は恐らく1人のはず
⋯⋯変な事に、何もかもが過ぎ去ってからずっと気持ちが昂ってる
彩華に向ける思いが上がり続けている
さながら滝を昇る鯉の如く
彩華と話したくて堪らない──真海と言う存在によって抑制されていた恋心が急激に強くなって、衝動に駆られる
かつて真海にも感じた物とは比べ物にならない恋心と、その思いの強さ⋯⋯
痺れを切らした俺は、ポケットの中にあるスマホを取り出し、そのまま彩華のALINEを開いた
この電話マークを押せば、彩華の声が聞ける
⋯⋯出てくれるかな
「⋯⋯⋯」
電話を掛けて鳴るコール音
⋯⋯1コール、2コール、そして3コール
コール音が普段と比べて、やたらと長く感じて仕方がない
それだけじゃなく、その音が寂しさと不安を煽ってくる
まだかまだかと心の中でスマホを急かして直ぐ、遂にコール音が消える──
「もしもし〜ゆうくん?」
今日も何気なく話していたはずなのに、胸の高鳴りが止まらない
彩華との会話でドキドキこそはするが、今まで言葉を詰まらせるには及ばなかったはず
「と、突然悪い!今話せるか?」
「うん、ちょうど今からゆうくんの家に向かう所だし大丈夫だよ〜?どうかした?」
「んいや、これと言った用件はないんだが⋯⋯」
解放感によって抑えられた感情が溢れ出し、彼女の声を聞くと次第に孤独の影が薄くなる
「ふふっ、なにそれ?もしかして、私と話せなくて寂しくなっちゃったりした?」
「⋯⋯っ」
沈黙が、かえって照れくささを際立たせる
電話越しでも伝わる彩華のいたずらっぽい口調⋯⋯
理由らしい理由もなく電話をかけたので、出された挑発に返す真っ当な言葉なんかある訳もなく、俺は黙ってしまった
「そっかそっか。じゃあ寂しがり屋のゆうくんのために急ごっかな!」
「⋯⋯わ、悪いっ」
照れ隠しのつもりで目一杯の威勢の良い返事をしてみたが、果たしてこれが照れ隠しになっているのだろうかと、言い終わった途端に恥ずかしくなる
「ふふっ、今日のゆうくん⋯⋯なんだかちょっぴり変?」
「⋯⋯まぁ、私もなんだけどね」
後半、間を置いて彩華が小さく呟いたように聞こえたが、俺には内容。聞き取れなかった
本来からかわれた俺は、いつも否定するのだが今回だけはしなかった
⋯⋯それどころか、もはや出来ないと言った方が正しいか。真海の時みたいに、また自分に嘘をついて嫌な思いはしたくない⋯⋯
解放感に付随する嘘への嫌悪感────
もう囚われない⋯⋯と、俺の中では真海の一件が強烈なトラウマになっている
真海に振られてから本人に見せていた虚勢と、失恋で感情が壊れた事も相まって、解放された今は物凄い疲労感に襲われている
彩華の前だけでも正直者で居たい、そんな思いだ
「俺も彩華の方、向かうよ」
⋯⋯だけど疲れたからと言って、只々彩華の方から一方的に来てもらうのは流石に申し訳ない
外が暗くて危険ってのもある
それと何より俺が会いたいと言ったのだから、せめて俺から足を運ばなければ
「⋯⋯じゃあひとつお願いなんだけど、今から私の家来れる、かな?」
女の子の家──そういう事を意識してしまい、一瞬固まるが気づかれない程度の速さで我に返る
「いいけど大丈夫なのか?その、親御さんとか⋯⋯」
「大丈夫だよ。お母さんも、お父さんも旅行に行っちゃって、だから3日間ぐらいはずっと私一人⋯⋯だね」
「⋯⋯あ〜」
電話越しでも、彩華が照れているのが伝わる
俺の鼓動も早まり、すぐに返事が出来なかった為に何とも言えない空気に変化
それに彩華の口調⋯⋯
いつもの調子が崩れ、どんどんと喋り方がぎこちない物になってる?
そうなるとお互い緊張してる場面になる訳だが、俺はなんて答えればいいんだ?これ⋯⋯
彩華の方は語尾が曖昧で、少し間を取った話し方だし、ういう沈黙が続いた場合、男の俺が先に喋るべきだと口を動かすべきか⋯⋯?
そう俺が喋ろうと思い立った矢先、彩華が一足先に動く
「その、だからね⋯⋯寂しい思いをしてるのはゆうくんだけじゃないよ〜なんて⋯⋯」
今の発言に、俺は改めてドキッとしちまった
「⋯⋯すぐ行く。場所は前と変わらないんだよな?」
「うん。小さい頃によく一緒に遊んだあの場所、碧羽公園の近くだよ」
あそこから変わってないなら話は早い、幸い記憶も鮮明で近道も覚えてる。
恥ずかしい思いで寂しいって言ってくれたんだし、すぐに会ってあげなきゃな⋯⋯
────好きな子に直ぐにでも会いたい気持ち
その子にだけこちらへ向かわせてしまう事への申し訳ない気持ち⋯⋯
彩華を思う様々な気持ちが、疲れ切った俺の足を軽々と動かしてくれる
疲弊の末に項垂れていた机から立ち上がり、そのまま横の扉に手をかけた
「分かった、10分ぐらいで着くから家で待っててくれ」
「あっ、あと⋯⋯」
「ん?」
何かを言いたげにする彩華
扉にかけた手の動きを一旦止め、彼女の話を聞こうとするが、一向に話が飛んで来ない
⋯⋯どうかしたのかな
俺も緊張してるし、ああ言った手前言いづらい事もあるはず⋯⋯ま、仕方ないか
気長に待とうと、俺が再び椅子に戻ろうとした直ぐの事
彼女の口から、初心な俺の恋心にドストライクな発言が出てきた
「私、今すごく変で⋯⋯1秒でも早くゆうくんに会いたいから、だからさ、急いで来てくれると凄く嬉しいな⋯⋯?あと、電話も切らないで欲しい」
⋯⋯!!
さっきよりも一層強い心臓の昂り、ドキドキが止まらない
彩華が目の前にいないにも関わらず、電話越しなのに俺は顔を赤くしてしまう
「⋯⋯わ、わかった!」
「我儘でごめんね?待ってるよ」
俺は座ろうとした体制をやめ、急いで扉を開いて部屋を抜け出す
遅刻するかのような騒がしい足音を立てながら階段を降りて⋯⋯そのまま、勢いに任せて玄関を飛び出した
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