#2 再会
昔、よく真海と遊んでいた公園⋯⋯時間的に誰も居ないな⋯⋯それなら大分好都合かな。
「⋯⋯⋯」
夕暮れの公園はかなり閑静としている。 夕日の光が長い影を落とし、遊具の影が伸びていた。誰もいないブランコが、風に揺れてわずかに軋んでいて、俺の居場所に相応しい。
「⋯⋯懐かしいなぁ。昔ここで鬼ごっこなんてしたっけ」
ベンチに腰を下ろし、ぼんやりと公園を遠目で眺める。
真海との出来事を思い出せばどんどんと胸の奥が重く、鉛のように沈んでいく。
陰口を言っていた幼馴染への想いはそれでも揺るがないが、想い自体はもう届かない⋯⋯諦めるべきであると。
そう悟ったはずなのに、胸の奥は俺の意思に関係なく焼けつくように痛む。
〜
『ねぇねぇ裕介っ!一緒に大人になったらさっ、私達もお母さん達みたいにケッコンしよーね!』
『ケッコン、ってなに?真海ちゃんと何すればいいの?』
〜
小さい頃、まだ意味も分かってもいないのに結婚しようなんて言ってたなぁ⋯⋯
勿論、これまでずっとその言葉のみを真に受けてた訳じゃないけれど、真海は俺が思う以上に大きな存在になっちゃっうなんて
じゃなきゃこうして思い出の地に訪れて、昔を思い出す事なんてしないし⋯⋯
「ブランコ、かぁ。これも沢山の思い出があるっけ⋯⋯」
⋯⋯もう少し真海のタイプになれるよう努力できれば違っていたのかも知れない⋯⋯
ベンチから腰を上げて、俺が思い焦がれる真海とのまた違った思い出に浸ろうと近くのブランコに目をやった。
未だに覚束無い足取りで向かおうと、立ち上がろうとしたその時──
「────ゆうくん⋯⋯?」
「ん⋯⋯?」
「ねぇ!君ゆうくんだよね?!」
⋯⋯俺の事か?
辺りを見回すが誰も居ない、やっぱり俺に対して向けられてる?
俺の視界に入った制服姿の小さな女の子。
駆け寄ってくる彼女のスタイルは抜群で、その⋯⋯胸もかなり大きい。
真海も相当だがそれ以上だ
整った容姿を見て、俺は唖然とするだけ
まさに眉目秀麗と言う四字熟語が似合う、後ろ髪は小さなリボンで結ばれたポニーテールの女の子
うちの高校にこんな美女⋯⋯いたっけ?
「え、どなたですか?」
「えっ!私の事分からない⋯⋯?えぇっとじゃあ⋯⋯すみません、人違いかも知れないので改めて」
俺の元に駆け寄ってきた女の子は1度畏まり、頭を下げた。
「私は桜木彩華と言います。実は貴方が昔によく遊んでいた幼馴染によく似てて⋯⋯確か名前は小鳥遊裕介って言うんですが⋯⋯」
桜木彩華⋯⋯?
待てよ、彩華⋯⋯!?
「お、おい彩華って!?中学2年ぐらいの頃、突然都心へ引っ越しちゃった彩華か!?」
「────!!やっぱりゆうくんだよね?!ほら間違いじゃなかった!そうだよその彩華だよ!」
桜木彩華──俺が昔よく遊んでいた真海とはまた別の幼馴染。
あの頃は男勝りで髪型もショートヘアでスポーツ万能、俺がいじめられてた頃はよく彩華が助けてくれたっけ⋯⋯
いや、それよりも引っ越した彩華が何でここに居るんだ!?
それに容姿⋯⋯変わりすぎじゃね!?
それに俺の顔をジロジロと眺めて⋯⋯何だ?
「ゆうくん、全然変わらないなぁ⋯⋯!中学生の頃をまんま大人にしたって感じっ!あっ、悪い意味でじゃないよ!」
⋯⋯なんか急に褒められたな
「それにしてもよかったぁ、忘れられてなくてひと安心だよぉ⋯⋯私、ゆうくんに忘れちゃってたらその場で泣いちゃうからね?」
「あはは⋯⋯すまんすまん、昔の彩華の面影が全くなくてさ。そっちは元気にやってたか?」
俺は気まずくなり軽く頭を掻いた
「う〜ん⋯⋯元気にやってたってと言えば嘘になるかなぁ。周期一年でお父さんのお仕事の関係でお引っ越しを繰り返してたし、正直クタクタだよ。お父さんが悪い、って訳でもないんだけどね?」
「じゃあつまりこうしてここに居るってことは⋯⋯」
「うん、3日前からここに住んでるよ。今日は入学手続きとかで制服姿なんだけどね⋯⋯嬉しいな、同じ高校みたいだし」
俺の制服を凝視して、どこか嬉しそうに微笑んだ彩華は俺の隣に腰を下ろした
────近い⋯⋯
「それにお父さんのお仕事も今は落ち着いてきたし、これからまたどこかに引っ越す事とかは無いと思う」
⋯⋯⋯
「⋯⋯ゆうくん、どうかした?」
「ああいやなんでもないっ!」
彩華の首を傾げた姿を見て我に返った
ボーイッシュな幼馴染が見ないうちに、超絶美少女に変わり果てて突然目の前に現れちゃって⋯⋯もう釘付け
デカくなりすぎだし、あの頃の彩華と同じだとは思えない⋯⋯
それどころか腰までもが抜けそうだ
「ひひっ、もしかして変わった私の姿に見惚れてた〜?このこの〜」
「か、からかわないでくれよっ」
俺の頬を指でツンツンと突き、からかってくる。
真海が清楚系の女の子と例えるなら、彩華はかなり小悪魔的な女の子⋯⋯
見た目は大きく変わっても中身は全く変わらず⋯⋯イジメから助けてくれた時、弱虫ってよく小馬鹿にされてたなぁ
子供ながらに、その言葉によく腹を立てていたから鮮明な記憶として残ってるが⋯⋯
あっ、でも少し男勝りな喋り方は落ち着いた気がする
「ふふっ、ゆうくんったら可愛いなぁ。それにしてもこうしてゆうくんをいじるのも何年ぶりかな」
「可愛いってお前⋯⋯」
失恋の後だからか、彩華の言葉の端々に反応を示してしまう⋯⋯可愛いと言うからかいの言葉に対しても恋愛的な意味を考えてしまったりと。
「っ!そうだっ!」
俺が頬を赤くしてる事がバレないよう目を逸らしていた時、不意に彩華が勢いよく立ち上がり、俺の前に立つ
「ゆうくんのおうち!久々に行ってみたいな〜!そうと考えれば決まり!さっ、今から行こ〜う!」
矢継ぎ早に俺の家の方角へ向かおうとする彼女の手を取り、引き止めた
「か、勝手に話を進めるんじゃねぇ!こっちにだって色々事情が!」
ヤバい、今から俺の家に向かえば確実に真海と鉢合わせしちまう!
あんな話を盗み聞きした今、どうやって面向かって話せばいいか⋯⋯!
絶賛明日だって彼女が作ってくれるお弁当をどうやって断ろうか悩んでる所だし⋯⋯
「ゆうくん⋯⋯その、手がちょっと⋯⋯」
「ん────あっ、悪いっ!!」
手を掴んだ後から明らか顔を赤らめて目を逸らした彩華。
あまりに反応が異常だと、不思議に感じた俺は彩華にそれとなく示され、ようやく気がついた
俺は咄嗟の反応で小さな女の子の手を必要以上に強く握ってしまっていた────
気づくや否や直ぐに離すも、今度は俺が顔を赤くしてしまい、お互いが赤面する気まずい沈黙が流れる
⋯⋯
「あ、ありがと。でもなんだかすごく必死だね?もしかしてお部屋でも散らかってる?」
「あ、いやそうじゃなくて⋯⋯ごめん。少し話せない事情なんだ⋯⋯」
また気まずくなってまた目を逸らしてしまった
失恋しただなんてこんな事、再会したばかりの彩華に話せる訳ないよな⋯⋯
「よく分からないけど、そこまで言うなら今だけは追及しないよ。でも、気になるから今度にでもちゃんと説明してね?」
「⋯⋯気が向いたら、な」
今日は心臓に悪い出来事ばっかだ⋯⋯
とりあえず最悪の事態は免れた
今のこの状態で真海との遭遇だけは避けておきたいし、何とか今は引き止められて心から安堵した
ただ部屋が散らかっていると勘違いされたままってのも何か嫌だな⋯⋯
「それと今後の印象に関わるからひとつ言わせてもらうが、部屋に関してはこの前真海が家に来て──」
──ズキンと、調子を取り戻しかけていた心に大きな痛みが迸った。
塞がろうとしていた傷口は大きく開き、心に穴が空いたような苦しみに襲われる。
彩華のおかげでせっかく少しずつメンタルがマシになってきたってのに
余計な事、考えちまったな⋯⋯
「なんかゆうくん、さっきから変だよ?何だか顔色悪いし」
「な、なんでもない⋯⋯体調が悪い訳でもないし大丈夫だ」
「あ〜絶対何か隠してるでしょっ!それ、もしかしてさっきの話せない事情と何か関係ある?」
⋯⋯何年経っても相も変わらず勘の鋭さは変わらないか。
いっその事全て話して気持ちを楽にするか?
反応はどうあれ、誰かに話せば楽になるとは言うし⋯⋯
⋯⋯いや、これは俺と真海に起きた──主に原因が俺の問題であって彩華が絡むべき物じゃない
「か、関係ないよ。とりあえず少し時間を置いてくれたら俺の家、行ってもいいから⋯⋯今は何も聞かないでくれ⋯⋯頼む」
「⋯⋯⋯」
心配するような面持ちで俺の表情を覗き込んできた
メンタルがやられる前なら、この近さにはさっきみたいに初々しく反応したんだろうが⋯⋯ダメだ、完全に墓穴を掘ってしまった
クソッ⋯⋯
「⋯⋯悲しい出来事なら私の胸で泣いてもいいんだよ?」
彩華がゆっくりと俺を抱き寄せてくれた。
暖かい、彼女の体温が近くで感じられて凄く落ち着きを与えてくれる⋯⋯
────何で、こんな事になっちゃったんだろう
本当に全部、俺が悪かったのかな⋯⋯
真海の奴、ずっと俺の事をあんな風に思っていたのか⋯⋯?
考えたくもない色んな邪推が俺の頭で渦巻く。
彩華の胸に顔を埋めた俺はその温もりに包まれて消えていた感情が蘇り、生涯で1番に悲しみ、一番に沢山の涙を流した。
それを近くで眺める彩華は、ただただ優しく⋯⋯赤子をあやすかのように俺の頭を撫でてくれた──
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