#18 お弁当
四限を終えて、待ちに待った昼休みの時間
真海との一件が起きる前は一緒に教室で、真海が作ってきてくれた弁当を食べていたっけな
でも今じゃ真海と一緒に過ごすことはなくなり、彩華と二人で食べる機会の方が多い。
前の真海のように、彩華は毎日一生懸命に弁当を作って、俺に渡してくれる
それがまた絶品で、真海にも負けずとも劣らない味⋯⋯
どちらの方が好きか、それは料理の趣が違うから何とも言えないけど、どちらもプロ級の味だとは断言できる
「ゆうく〜ん、お昼食べるよ〜」
「はいよ、先行っててくれ〜」
彩華に手を振り、教室の中からとある場所に向かう彼女を見送った
教室で食べられると男達の視線が痛いので、俺達はいつもそこで食事を摂っている
ちなみにそのとある場所ってのが、太陽の光を真っ向から浴びられるスポット
いわゆる屋上だ
俺が通うこの高校、何と屋上の出入りが自由となっていて、もし風に吹かれたい時や思い耽けたい気分になった場合にはもってこいの場所
俺が2年の時代、屋上はカップルなどの溜まり場になっていた場所だが、1年で色々あった
恋愛を尊ぶ生徒会の意向の影響で、そう言った関係に噂を立てる人物が限りなく少なくなった今、屋上の存在価値はだいぶ薄れているがな
とはいえ⋯⋯そういう風潮がある今も、やはり騒がれる物は騒がれる
特に、学年トップの美女とカースト底辺の芋男などは騒がれやすい傾向だ
それこそ、俺と彩華みたいな釣り合っていないカップルが的になる
幸いにも俺達はまだ誰にも目をつけられていない。但し一度噂が立てば瞬く間に広がる事間違い無しだ
とにかく、人が居ない屋上は俺と彩華が安心して2人きりで居られる唯一の場所
待たせるのも悪いし、荷物の整理は軽くにしてとっとと屋上へ向かおう
〜
青空の下、昼休みの屋上は心地よい風が吹き抜けていた。屋上の床は太陽の熱をほんのりと含み、鉄柵の向こうには校庭が広がっている。生徒たちの賑やかな声が微かに届くが、ここは少しだけ別世界のように感じる
彩華は弁当箱を膝に乗せたまま、嬉しそうに弁当の蓋を開ける
俺もその彼女の隣り合わせで座っている
「積もる話もあるし、ささっと食べちゃおっか!」
「おう」
白い雲がゆっくりと流れ、どこまでも澄んだ青が広がっている。陽の光が彼女の髪をやわらかく照らし、彼女の明るい性格を一層輝かせた
「じゃじゃん!今日のお弁当は朝食をイメージして作ってみたよ!」
彩華が開いたひとつの弁当箱。得意げな顔で弁当箱の中を見せてくる彩華
⋯⋯それにしても美味そうだ
主菜にはウィンナーに目玉焼き、ほぐし鮭
副菜にはほうれん草の胡麻和え、お肉のキャベツ巻き、ミニトマトにこれは、かぼちゃ顔に切られたパプリカ⋯⋯
「すっげぇ色とりどりで見た目からもう美味しいって分かるよ」
「えへへ、味だけじゃなく見た目も立派なお弁当のステータスだからね!」
鮭などに塩は使われておらず、お昼向けのヘルシー志向
見た目もよく、栄養バランスも考えられた弁当を見た感想としては流石と言う一言に尽きる
「はい!ゆうくんの分っ!」
「おっ、ありがとな」
彩華から渡された別の弁当。可愛らしい包みを解き、蓋を開けると⋯⋯
「本当に毎日⋯⋯よく違ったレパートリーが思い浮かぶよなぁ」
彩華の物とはおかずこそ一緒
少し量も多めに調整されていて鮭には僅かに塩がかかっている
彩華には真海に変わって毎日のように弁当を作ってもらっている
思い返してみれば、真海の時とは違って弁当のおかずが被る事ってのが1度もなかった
「⋯⋯ゆうくんのために、毎日特訓してたからね」
「ん、なんか言ったか?」
「いやなんでもないよっ!ささ、早く食べちゃお!」
彩華が何かを呟いたかのように聞こえたけど、気のせいだろうか?
⋯⋯まぁ、いいか
「いただきます」
俺は手を合わせ、食事前の挨拶をする
「いただきま〜す」
彩華も俺に合わせるように言って、2人1緒に弁当のおかずに箸を伸ばした──
──俺達が昔、離れてから起きたお互いの出来事
公開された映画などの世間話や夏目さんとの出会い、そして彩華がいない間にあった真海との思い出の話
笑い合えたり、心が落ち着く話をしながら食べていると時間の経過はあっという間
楽しい昼食の時間は直ぐに終わりを告げた
白米ひとつ残さない、それほどに美味しかった弁当を完食し、巾着に包んで彩華に渡す
「今日も凄い美味しかったよ。ありがとなっ」
「ふふん、ゆうくんの彼女なんだから当たり前っ!」
チラチラとこちらを見て、何やら彩華が俺にアピールしてきている⋯⋯
「あっ、でもご褒美としてキスぐらいは欲しいな〜」
何を言い出すかと思えば、まさかのキスだと⋯⋯
またからかっているつもりなのか、本心なのかは分からない
⋯⋯からかっていたにしても、毎日作ってきて貰っている手前、断る訳にも行かないし⋯⋯こうなりゃヤケだ──
「ふえっ!?」
────やっちまった⋯⋯!!
キス待ちの体制だった彩華の頬に、感情を押し殺し勢いに任せてキス
恥ずかしくなった俺はすぐ顔を離し、赤面して顔を逸らした
彩華も、俺がキスをした直後に女の子はあまり出してはいけない変な声を上げた
この焦り方から俺は、彩華がいつものノリでからかってきていたのだと確信する
「と、とりあえず⋯⋯話、始めようぜ?」
この雰囲気を1秒でも早く消したかった俺は火照る彩華にそう言った
彩華も状況をまだ呑み込めていない様子
この様子じゃ、直ぐには話を始められなさそうだ⋯⋯
ぶっちゃけると俺の方が無理かもしれん。恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ
「ご、ごめん。少し待って⋯⋯!」
「お、おう」
お互い、赤くなった顔を隠しては感情を抑え込もうと頑張る
⋯⋯⋯
そこから数分経ち、俺達は何とか会話できる程度には雰囲気が戻る
恥ずかしくて未だ目を合わせることはできないが、会話する分には支障はない
落ち着いたら話す──彩華がそう言って深呼吸、それを何度もやった末にようやく口を開けてくれた
「⋯⋯計画を教える前に、ゆうくんに聞いて欲しいことがあるの」
「な、なんだ?」
一度改まる彩華、赤く染まっていた頬はどんどんと戻り、目を伏せている
⋯⋯変化の速さが尋常じゃない。それから鑑みるに、少なからず良い話ではなさそうだ
「ゆうくん⋯⋯真海ちゃんの事はまだ好き?」
「えっ」
なんだ?その質問⋯⋯
う〜ん、好きかどうか⋯⋯か
「う〜ん⋯⋯ぼちぼち、かな」
急に真海の話となると、俺が思い出すのは今朝の出来事
髪型を変えてイメチェンすると、まさか疎遠だった真海からかっこいいと言われたあの時
⋯⋯陰口を言ったり、急に褒めてきたり⋯⋯
真海の言動がまるで読めないことを踏まえても、それでも意識してしまう節があった俺は、彩華に好きじゃなくなったと嘘は言えなかった
「じゃあ、今日だけは違う道から帰った方がいいと思う」
「どういうことだ?」
「夏目ちゃんとの話の続きをするのに今日、一緒に帰るからゆうくんとは帰れない事は話したよね?」
「あ、あぁ⋯⋯確かまだ話の途中だって言ってたな」
「実は⋯⋯昨日の帰り、見ちゃったの。真海ちゃんと碧羽学園高校のバスケ部員が一緒にいるところ」
⋯⋯なるほどな
碧羽学園高校のバスケ部員⋯⋯つまり五十嵐 拓哉と同じ部活の連中か
俺の高校の女子、真海さんといい夏目さんといい、やたらと碧羽学園高校の人間と関わりが多いような気がするんだが⋯⋯
夏目さんの彼氏と同じ高校⋯⋯色々引っかかる点があるが、真海と一緒に帰っていると言うことは彼女の男友達、あるいは彼氏かその辺だろう⋯⋯
「それなら安心してくれ。今更彼氏と歩いている所を見ても、あまり落ち込みはしないから」
⋯⋯辛いかと言われれば勿論辛いに決まってる
ただ、彩華のおかげで近頃のメンタルは安定しているし真海について考える頻度も極端に減ってきてる
それに俺は今、彩華と言う⋯⋯まだ表面上だが、自慢の彼女も居る
真海には真海なりの人生があるし、あいつから言わせれば俺は所詮は幼馴染⋯⋯悲しいし悔しいが、かなわぬ恋もある
いつまでも引きずってちゃ、俺の人生にも大きく影響しかねない
「⋯⋯それならいいんだけどね?」
アイツの本心を知る為に、当初はそんな目的で彩華と付き合い出したが、今となってはその目的は二の次
読めない真海の本心を知りたくもあるが、今では彩華と一緒にいれるメリットの方が強かったりする
夏目さんと彩華──2人からの励ましで全く無かった自信が少しずつ付き始めてきていた
もし真海とその彼氏が俺の前でイチャつくように歩いていたら、その場だけは素知らぬ顔で素通りできる
そんな謎めいた強い自信が、今の俺にはある
彩華が俺に言ってきたのは、それを目撃して落ち込んで欲しくないからなのは分かっている
心配しなくても、真海のイチャつく姿を見て今更落ち込むほど引きずってはいないと、彩華に意気揚々と断言した
お読み頂きありがとうございました!
次回は本作のメインである見返し展開に大きな進展があります!
これまで見返し展開を長らくお待ちいただいた方、あと少しお待ちいただきますがどうかお楽しみに!
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