#16 協力関係
夏目さんの恋愛相談を受けているとその半ばで、今日は会う予定のなかった彩華が現れた
俺は彼女が夏目さんの家を訪れるとは思わなくて、インターホンを覗いた時は唖然とした
彩華本人が言うには、俺に昼飯を作りたくて夏目さんの家に訪問した⋯⋯らしい
いや、よく考えなくても分かる
彩華の話、全く辻褄があってないんだよ
一体どうやって俺の居場所を突き止めたんだ?
彩華が夏目さんを知っている事も気になるが、それに関しては初登校前のオリエンテーションで仲良くなって、それ以来メールを交わす仲になった⋯⋯と説明された
そんなこんなで、すんなりと俺に彼女とのALINEを見せてくれた
それに加え、俺と幼馴染である事も夏目さんに伝えてあって、そこから色々話が弾んだやり取りも見えた
⋯⋯そう言われても、俺の位置をこう正確に突き止められた理由の説明にはなってないんだがな。
ただ、彩華が俺の居場所が分かる云々よりも目を疑ったのは、傷心中でも夏目さんは彩華に対して、普段と変わらない振る舞いを見せている点だ
⋯⋯友達にも相談できなかったのが辛いと言ってた反面、案外彩華とのALINEは楽しそうに見えた
それを証明するように、彩華と夏目さんは今、こうして俺の隣の椅子に座って談笑している
一方の俺なんだが、女子の会話にはまるでついていけず蚊帳の外⋯⋯
感じたのは会話に入らないのにも良い点があるってことで、心の底から話を楽しめていそうな夏目さんの顔を見れたのは思わぬ収穫
なんやかんやあって、彩華のおかげで笑顔を取り戻せたようで少し安心できた
⋯⋯あと、彩華の不可解な言動については、今はあまり気にするものでないとし、言及しないものとした
男には分からない女の勘で見つけ出した、俺はそういう事にして、この出来事を頭の片隅に放置
そんでもって、一方の2人は⋯⋯
「夏目ちゃんはあの映画もう見た!?私は新しい環境でやる事が山積みでまだ見れてないんだよ〜」
「あっ、新しく公開された映画『汝の名は』ですか?」
「うんうん!前の学校の友達が凄く感動するって言ってて、私も見たいな〜って!」
「私もまだ見てないですね。私事が落ち着けば行こうかなって思っていた所ですが、よかったら彩華ちゃんも行きます?」
「えっ、本当!?夏目ちゃんと行けるなら嬉しいことこの上ないよ!」
会話の内容は端的に言えば新作映画について⋯⋯か
彩華は、夏目さんの現状を把握していないからこそ向けられる無邪気な表情
夏目さんと彩華の他愛もない会話、そして笑顔を見ると自然と俺の心も洗われていく⋯⋯
けれど、本当にこのままでいいのだろうか?
夏目さんの心情を考えれば、現実を忘れられる時間を奪う事がどれだけ酷な事かは、俺の頭でも容易に想像がつく
⋯⋯それが今後の彼女に繋がるかどうかはまた別だが⋯⋯
余計なお世話かもしれないが、彩華にも夏目さんの現状を伝えるべきだろうか?
少なくとも、彩華が知って二人の関係にヒビが入る事は無いと俺は確信している
但し、問題は夏目さんがそれをどう思うか⋯⋯
「ふふっ、一緒に行くとなると余計楽しみですね」
「それじゃいつ行こっか!」
このムードを暗い話でぶち壊すのも気が引ける⋯⋯
話が進んじゃって予定日まで立てているし、とりあえず話が終わるまで待つのが懸命かな
さながら真海に恋をした時のように──
俺は二人の間に暗い話を持ち込む勇気が振り絞れず、二人の談笑を横目に機会を窺う
〜
10分ほど時間が経過した頃
よしっ、彩華が電話でリビングを離れた
リビングからは少し離れた玄関で話してるから、多少の大声を上げても聞こえはしてもなんの会話かは分からないはず
「夏目さんっ」
「はいっ?」
淀んだ空気を破るように、俺は衝動的に椅子から立ち上がった
「彩華にも夏目さんが浮気されていた事、教えませんか?彼女ならきっと力になってくれるはずですし⋯⋯俺よりもよっぽど心強いです」
「えっ」
俺の言う事に目を見開いた夏目さん、彼女には少しの硬直が走る
「た、確かに彩華ちゃんは頼もしいですよ?ですが、純粋な彼女を巻き込むなんて⋯⋯」
俺の言う事に驚いた後に目を少し伏せ、肩を小さくすくめる夏目さん
そうか、夏目さんは彩華が持つ意外な一面ってのをまだ知らないんだ⋯⋯
裏の顔と言う程でもないが、彼女は見た目と性格に反して結構恋愛には積極的
アイツの性格的に、隠し事をされる方が嫌がるし、もし気づかれた場合は裏切られたと感じると思う
「⋯⋯幼馴染である俺を信じてください」
復讐したい──夏目さんのあの言葉に、強い決意を感じた
何かあれば責任を取る覚悟で
そして再び訪れた静寂
夏目さんは自分よりも他人を重んじる性格⋯⋯
彩華に相談するかどうか、今まで以上に悩んでいるんだろう
「そこまで言うなら⋯⋯分かりました」
やがて夏目さんが重そうな頭を下げてくれた
それに合わせて、俺も言葉を使わずただただ大きく頷いた
⋯⋯よし、後は彩華の電話の終わりを待つだけだ
俺と夏目さんの意思が同じになって直ぐ、彩華の「またね〜」と言う声が玄関に続く扉の奥から聞こえてきた
直ぐ、その扉が開く音が聞こえては何も知らない彩華が現れ、座っていた椅子につく
「ん?2人とも、どうかした?」
彩華は妙に静かなこの光景に首を傾げた
夏目さんは彩華が戻った今でも目を伏せている。一方の俺は戻った彩華を見詰める
一目瞭然な空気の変化、明るく軽かった先程までの空気が嘘とも思える重さ
「⋯⋯話があるんだ」
「んえ?ゆうくんから?」
「そうだな。でも話の内容的には俺ら2人から⋯⋯って言った方が正しいかな」
「⋯⋯どういうこと?」
これまで俺と夏目さんが話してきた事、他校で有名な五十嵐拓哉と言う男⋯⋯そして、彼がどう関わったか
困惑する彩華に、全てを打ち明ける
〜
「夏目ちゃん⋯⋯別に私じゃなくてもいいよ?でもさ、気づいてから直ぐ友達に相談しなかったのはなんで?」
やっぱり、いの一番に出る感想はそれか
夏目さんに向けられた彩華の静かな怒気、声はいつもより低く、威圧感もある
流石にここで夏目さんが責められるのは違うと思い、俺は二人の間に割って入る
「夏目さんは他人を巻き込みたくなかったみたいだ。俺は訳あって話してもらったけどな」
「そうなんだね。夏目ちゃん、確かにひとりで抱え込んじゃう節、あるもんね」
あまり納得はしていないようだが、これ以上彼女を責める様子はない
「ゆうくんは夏目ちゃんの彼氏、どう思う?」
「俺か?俺は⋯⋯そうだな。ひとえに最低なヤツだと思うし、あまり人の事は言えないが男として情けない奴っていう感想だな」
「⋯⋯じゃあさ、私から夏目ちゃんにひとつ提案していいかな?多分、ゆうくんならその提案の予想はついてると思う」
「⋯⋯いいと思うぞ」
彩華の真剣な面持ち
夏目さんの彼氏がしでかした事を考えれば本心を知る所に留まらないはず
となれば恐らく⋯⋯
頭の中で、俺が彩華の提案を察した時
夏目さんは伏せていた顔を、何かを決意したかのように素早く上げた
「⋯⋯私を捨てた拓哉が許せないです。見返してやりたい。けれど⋯⋯私独りじゃ間違いなく頓挫すると思います」
底知れない怒りを感じる
握り拳を作った彼女の裏には大きな憎しみも垣間見える
「図々しいことは分かっています。それでも⋯⋯」
夏目さんが立ち上がり、眉間に皺を寄せる
「私に協力してくれませんか?」
彩華が戻ってから1度として口を開かった夏目さん
遂に彩華がその提案をしようと言う直前で、微動だにしなかった夏目さんの口が遂に動きを見せた
俺と彩華はそれを聞いて見つめ合う
お互い同時に頷いて、夏目さんの方を向いた
彩華に頼りっぱなしの人生ってのは御免だ
辛い時に頼るのもいいが⋯⋯俺も男、少しぐらい女性に頼られるような頼もしい人間になりたい
「もちろんだ」
「その言葉、待ってたよ!」
こうして、俺達の間では一種の協力関係が出来上がった
彩華と俺の関係に加え、夏目さんまでもがそれに加わった
まだ拓哉を見返す方法は決まっていないが、彩華にはやはり何か考えがある様子
⋯⋯真海の本心を探り、浮気した拓哉を夏目さんが見返す手伝い⋯⋯
こりゃ残りの向こう一年間は暇にならなさそうだ
残されたこの1年で頼りなかった不甲斐ない自分を捨て切るため、必死の思いで男を磨く事を決意する
それこそ、真海が俺に振り向いてくれるような⋯⋯背中の大きい男に────
お読み頂きありがとうございました!
シリアスの展開が多かった1章はこれで終わりでございます!
次は学園、行事物がメインになりますので基本的には甘い展開が続きます!
勿論、見返しなど主人公の成長はしっかりとしますのでご安心を!
また、2章の開幕(翌日)で挿絵を投稿する予定です!
よろしくお願いします!!
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