#15 目撃
部屋の空気はかなり沈んでいた。
日差しの強い明かりがテーブルに差し込み、静かな部屋を少しでも明るくしようとしてくれている。
夏目さんはテーブルの上のコップを手に取っては水を口にする
気まずさに耐え兼ねて、俺もそれに合わせて水分を接種
お互いのコップが同時に置かれた際、溶けかけた氷がカランと寂しげな音を立てた
彼女の告白の言葉は途切れがちだった
それでも確かに俺の胸の奥を揺らす
「そんなのってありかよ⋯⋯」
呟いた自分の声がやけに乾いて聞こえる
何を言えばいいのかわからない。慰めの言葉を探すほど、どれも薄っぺらく思えて唇を噛んだ
彩華なら⋯⋯こんな時にどう声をかけた?
俺と真海の揉め事が可愛く見えてくるそれは、俺であれば間違いなく立ち直れない
胸を奥深くまでえぐる話だった
浮気現場──しかもそれはベットの上で裸の2人が身体を絡め合う場面
浮気現場の中でも、考えうるもので特に一番絶望する瞬間だ
「⋯⋯笑ってくれてもいいんですよ」
乾いた笑いで自嘲する夏目さんを見て、俺はやり場のない怒りを抱えた
これまで夏目さんとはあまり接点がなかった。でも自らの境遇を重ねてしまって、どうしても放ってはおけない気持ちがある
────彩華も似たような気持ちだったのかもな⋯⋯
「笑いませんよ。絶対に」
夏目さんは昨晩、渡せていなかった誕生日プレゼントを渡そうと彼氏の家に訪れて⋯⋯その現場を見てしまったらしい
そこから自分の目を信じられずにいて、友達にも相談せず現実逃避していたのだと
俺らとは違った付近の高校のバスケ部部員⋯⋯
そいつの名は 五十嵐拓哉、浮気していた夏目さんの彼氏がそいつだ
彼の柄は、俺が思う夏目さんの好きそうなタイプからは予想以上にかけ離れている
五十嵐拓哉はこの付近じゃ、知らない人がいない程度の有名な強豪校のエースで、接点の無い俺でも認知する程だ
そんな有名であれば悪い噂は嫌でも耳に入る。
それは浮気を裏付けるような内容で、その内容ってのが彼は凄くチャラく、生粋のヤリモクかつ複数の彼女がいて、気に入った女性全員に声をかけている、とか⋯⋯
夏目さんは数年前から付き合っていて、それらしい素振りを見せなかった彼氏を心から信用していたみたいで、そんな悪い噂を気にも留めなかったらしいが⋯⋯
⋯⋯なおさら現実を受け入れられない訳だ
夏目さんの指がコップの縁をなぞる。沈黙を埋めるような無意味な仕草
それすらも、言いようのないやるせなさを纏っていた
「⋯⋯大丈夫ですか?」
そう口に出してから、当たり前すぎる問いかけだったと気づいて少し後悔。
彼女はそれに対して「うん」と小さく笑った
それが彼女なりの強がりなのはわかっていた。振る舞いの端々に、強い物悲しさが見え隠れしている
それでも、何も声をかけないよりかはマシだったのかもしれない
何とか夏目さんの気持ちを紛らわせてあげたかった
彼氏が他の女性と必死に身を重ねる場面を目撃してもなお気丈に振る舞う夏目さん⋯⋯
本当に女性なのかと、疑ってしまう強さ
その必要はなさそうだと、言動を見て察する
⋯⋯やべぇ、飲み過ぎたか
ふと見ると、俺の水は空っぽになっていた
かける言葉を見つけようと、無意味に飲み物を口に運んでいたせいだろう
すると、それに気がついてくれた夏目さんが立ち上がり、俺のコップを取る
「水、注いで来ますね」
「あ、はい⋯⋯」
どこか寂寥を帯びた彼女の足音はキッチンへと遠ざかり、リビングには俺一人の寂しい空間が出来上がる
⋯⋯クソ、情けなさすぎて自分が嫌になってくるよ
失恋の気持ちは今まさに感じているからよく分かるが、まさか致している場面まで目撃してしまっていたとは⋯⋯
スケールが違いすぎるにしても、もう少し彼女をフォローする言葉はあったはずだ
それがどうだ、フォローすらできず傷心する子に気まで遣わせてしまう男として格好つかない有様
どう声をかければよかったんだ?
じゃあ俺と浮気し返してやりますか?と、馬鹿みたいな事も言える訳ないし
⋯⋯待てよ、思い返してみれば彩華⋯⋯
────そうだ、そういうことかっ!
彩華が俺を慰めてくれた時、ただひたすら俺の話を聞いてくれた
その時の俺はそれすら気づけない精神力だったが、今なら分かる
彩華の奴、無駄な事は何も口にしなかったんだ
答えは至って単純明快だったんだよ
どうすれば心を癒せるか、そう難しく考えれば考えるだけ答えはどんどんと遠ざかっていくんだ
⋯⋯話を聞いてもらえただけで沈んでいた心が晴れた
彩華とはそこから話が派生して、今の関係に至る
夏目さんを待とう。これからは無駄な質問はせず、彼女の言う事だけに耳を傾ける
それが俺が導き出した最善策
指先をぎゅっと握りしめ、それからそっと開く。緊張も一緒に解けていく気がした
夏目さんの前で取り乱さない心持ちで行く
俺もたまには男らしい所を見せないと
「⋯⋯よしっ」
そうすると、蛇口をひねる音が聞こえた
水音が止まった数秒後に彼女の足音がこちらへ近づいてくる
「お待たせしましたね。水道水ですがどうぞ」
「わざわざありがとうございます」
話を切り出すなら夏目さんが行動してくれた直後の椅子へ座った時だ
変にタイミングを伺い続けて声をかけられず、また気まずい空気が流れてちゃ途方に暮れるだけ
⋯⋯よし、座った!
「な、なぁ夏目さんっ!」
「は、はいなんでしょう?!」
俺が急に大声を出したもんで、夏目さんが驚き、それで反応する際の声が大きくなってしまったようだ
やばい、意気込み過ぎたせいで声張っちまった⋯⋯
だが奇しくもそれは場の空気を大きく変えてくれた
偶然の産物と言うやつで、さっきよりも多少は空気が明るいものになり、話しやすい物へと変化
「何か、浮気した彼に対して思うこととかありますか?」
「あの人に対して⋯⋯ですか。そうですね、強いて言えば──」
──夏目さんが思いを打ち明けようとすると突然、インターホンがなる
タイミング悪いなと内心思いつつも、その一方で夏目さんが椅子から腰を上げていた
「私、出ますね」
「あ、お願いします⋯⋯」
せっかく上手い具合に話が進みそうだったのに、何とも間の悪いやつ⋯⋯
大方、どっかの宗教勧誘か押し売りだろう
俺の決心を踏みにじられたようで、なんだかすこぶる気分が悪い
もし面と向かって話せる機会があるなら、一言ぐらい苦言を呈してやりたいものだ
まぁまずインターホンを鳴らした張本人と会えるわけ──
「──裕介くん」
「はい?」
本当に突然、夏目さんから無言で手招きされた
一体何がと考えつつも、俺はそれに従ってインタホーンのカメラを覗く
夏目さんがわざわざ俺にインターホンを覗くよう目配せした訳
それはカメラを覗いて直ぐに分かった
「⋯⋯彩華?」
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