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#14 似た境遇

 

 静かな午後、白いカーテン越しに柔らかな光が差し込むキッチン。俺は夏目さんの家に招かれ、修行中だ

 買い物を終えて既に1時間は経っている


 人形だらけの真海の家とはまるで違って、彼女の家からは落ち着いた清楚な趣きを感じる

 白を基調とした部屋の雰囲気は、夏目さんの真面目さが大きく現しているようだった

 

 真海以外の女の子の家に上がるのは久々で、彩華の時ほどではないが鼓動が少し早まる


 そして今、夏目さんは俺に手厳しく指導中だ

 エプロンの紐を整えた夏目さんが俺の隣で料理のお手本を見せてくれている


「野菜はこうやって切るんです。裕介くんもやってみてください」


 透き通るような声で彼女がそう告げると、手際よくまな板の上で包丁を滑らせては綺麗に並ぶ野菜たち


 俺の方も頑張って真似するように包丁を握るが、思うようにいかず、ぎこちない動きになってしまう


「⋯⋯やっちまった」


 真面目かつ俺の全力をかけて切られた野菜はもれなく歪な形となってしまった

 流石に俺自身、ここまで不器用だとは思っていなかった⋯⋯


 夏目さんはその様子を見て、顎に手をやって考えている


「これは相当深刻のようですね⋯⋯」


 うわぁぁ、すっげぇ恥を晒しちまった気がする⋯⋯

 この歳にもなって野菜すらまともに切れないとは思われてなかったんだろう

 夏目さんがする難しい顔を見ると、申し訳なさと恥ずかしさで顔から火が出ちまいそうだ


 流石に男として不甲斐ない一面を見せ、黙っていられなかった俺は⋯⋯我慢できず彼女に頭を下げる


「ごめんなさいマジで⋯⋯男の癖に情けなすぎますよね」


「ああいや、いいんです。つまりそれぐらい教え甲斐あるって事ですし」


 夏目さんは眩しいほど優しい。彩華程ではないがそれと同じぐらいか、⋯⋯そのおかげで俺の緊張は次第に和らいでいく


 真海にも料理を教わった事があるが、失敗する度にキツい言葉を浴びせられて、結局最後までやり切れず終わる事がほとんどだったし⋯⋯こう、優しく教えて貰えると凄く助かる


「私の助言に従って、もう1回やってみて下さい」


 俺の切った歪な玉ねぎは夏目さんのまな板へ移動させられた

 そして夏目さんはスーパーで買ってきた切られていない玉ねぎを取り、それを俺のまな板に置いてくる


「手が震えていて思うように位置調整が出来ていないんです。肩の力を抜いたままやってみてください」


 身振り手振りで余計な物を身体から抜くよう、俺に伝えてきた夏目さん


「こ、こうですかね⋯⋯」


 ──おぉ⋯⋯!めっちゃ綺麗に切れるぞ⋯⋯!


 す、すげぇ⋯⋯緊張もあったとはいえ、夏目さんの助言通りやってみると、先程までは斜めに切れていた玉ねぎが真っ直ぐに切れたぞ⋯⋯!


「そうです。後はその感覚で最後まで切ってみてください」


 千切りと呼ばれる切り方で、俺は野菜をどんどんと切っていく


 生まれてこの方、まともな料理をしたことがなかった俺は慣れもしない包丁を振るってい

 情けないと思うがこれが現実だ


「これで一歩成長ですね。次は人参、行ってみましょうか」


 良かった、修行を開始してから初めて俺の切った野菜が合格判定を貰えたぞ!

 ⋯⋯傍から見るとあまりにも情けなさ過ぎるが、俺からしたら感動物だ

 食材を多めに買ってきて正解だったな⋯⋯!


 夏目さんから差し出された人参を貰い、1度自信のついた俺は続けて包丁を動かし始めた。



 〜



 ⋯⋯初めてまともな料理を完成させられた気がする

 俺の作りたかったものとは大きくズレてしまったが、それだけでも俺にとっては大きな一歩


 カレーライス⋯⋯主な味付けは夏目さんの指示通りやっただけだが、味付けにもコツがあるとそれについても手取り足取りを教えてくれた


 料理は勉強よりも更に奥深いと感じるまだまだな俺だが、今回は男として成長を遂げられた日だ

 自尊心が低い所、多少はマシになってくれてよかったよ⋯⋯


「想像以上に上手くできちまったな⋯⋯」


 今は出来上がったカレーを2人で食べていた所で、俺と夏目さんは向かい合う形に座っている


「美味しいですね」


「はい。正直俺もここまで上手くいくとは⋯⋯全部、夏目さんのおかげです」


「私はやり方を教えただけですよ。成長が著しく早くて、教える方も凄く楽しかったです」


「あ、あはは⋯⋯」


 自分の作った料理に、最初こそ自信は無かった

 だけどあの夏目さんに褒められた事で、なかった自信は少しづつ湧き上がって来てくれた


 俺も食べてみたが、感想は少し辛味が効きすぎたカレーライスってところかな

 料理のレパートリーは現状それだけだし、俺の味付けの改善点も、もちろんまだまだあると思う


 こうして無事に完成まで持っていけただけでも今は喜ぶべきか⋯⋯


「ふぅ⋯⋯」


 料理を終えて、出来上がった物を食べながら気を抜くと膝から力が抜けるようにどっと疲れが押し寄せてきた


 ⋯⋯数分間、沈黙が流れた



「────裕介くん」


 すると突然、夏目さんが動かしていたスプーンを置き、何やら真剣な表情で声をかけてきた


「はい、なんでしょう?」


「少し、相談事があるんです。教えた代わりと言っては何ですけど、少し聞いてくれます?」


「えっ?あ、勿論です。俺でよければぜひ聞かせてください」


「⋯⋯ありがとう」


 夏目さんの微かに視線が揺れ、彼女は唇を噛みしめながらゆっくりと息を吐く。

 その表情には、覚悟と不安が入り混じっているようにも見えて、いつもの真面目な様子とは大分雰囲気が異なっている


 ⋯⋯折り入って相談とはなんだろう?



「かなり急な話ですが⋯⋯裕介くん、貴方は万が一恋人に()()されてたらどうします?」



 ⋯⋯⋯


 2度目の沈黙が流れた。気兼ねなく力を抜ける雰囲気は忽然と消え去り、俺と夏目さんの間では何とも言えない空気が流れる


 ⋯⋯俺は予想外の相談に手が震えた

 夏目さんが相談してきた内容は、今の俺には大分精神を削る酷な物だ


 あれは浮気ではないし、俺の女々しすぎる所が悪かっただけだって

 そう思ってこっちから拒絶しても、やっぱり大好きだった真海を忘れる事は出来ない⋯⋯


 また、あの時の出来事がフラッシュバックする


 ────身体が震える。俺の身体は意思と反して答えるのを拒絶している

 驚きと絶望⋯⋯負の感情が混じり、俺は今暗い表情を浮かべてるはずだ


「⋯⋯無理に答えなくてもいいですよ」



 ダメだ、俺は決心したんだ

 今更ここで頭を抱えて、夏目さんに要らない心配かけてどうする?

 真海の幸せを願うために諦めたって、彩華にもそう伝えたんだ


「俺は⋯⋯浮気された事がないから何とも言えません。けど⋯⋯」


 俺は夏目さんの力になれるよう、俺がもしその状況に陥った際の行動を伝えようと思う


「俺なら間違いなく自分の非を考えちゃいます。浮気されるって事は、相手に不満を持たせちゃったって事ですから」


 大きく息を吸い、ゆっくりと吐く


「⋯⋯ただ第三者の俺から言えるのは、どんな理由があろうと浮気する方は"悪"だと思います」


 この話⋯⋯無意識に真海との出来事と重ねてしまう

 だが夏目さんの相談する内容と大きく違っているのは、その人と"恋仲であるかどうか"だ


 俺と真海は単なる幼馴染の関係であって、浮気なんかじゃない

 真海を好きにさせる魅力がなかった男が勝手に失恋して、勝手に絶望する⋯⋯今は、そんな関係


 しかし浮気となれば⋯⋯話は全く違うと思う


「浮気されて悲しいと感じるなら、理由を聞いた後に別れます。どんな理由があろうと、一緒に居ても辛いだけですからね」


 夏目さん、今は動揺せず落ち着いた表情で耳を傾けてくれているけど、内心は⋯⋯かなり取り乱してると分かる


 スーパーの時と同じで、また肩が震えて始めてる

 目の奥が潤んでいて、頑張って冷静を保とうとしてるんだろう


 ⋯⋯失恋した時の俺と、かなり似た雰囲気だ

 こんな相談をされるとは、正直意外だった


 全校生徒から認められる仲良しカップルとして名を馳せていた2人が、まさか裏ではこんなことになっていたなんて⋯⋯



 ────彩華が俺を助けてくれたように、俺も夏目さんを助けたい

 方向性は違えど、失恋の辛みだけは同じだと思うから



 引き締めた表情で、俺は言う


「浮気されて、悲しみじゃなく腹が立つって言うなら⋯⋯俺だったら浮気相手と浮気したそいつに復讐します、徹底的に」



 ⋯⋯こんな事言って、彼氏持ちの真海を忘れられずに居るとバレたら女々しすぎるって思われるだろう


 だけどこれは虚勢なんかじゃない

 浮気は、相思相愛の状態と勘違いさせた上で行われる


 失恋した時の喪失感を限りなく強くする行為⋯⋯

 俺の感じた絶望と不安とは比べられないほどに、された側にのしかかる負担は並大抵の物じゃないはず


 そいつが構わず辛い思いをさせてくるなら⋯⋯方法問わず、俺だって復讐すると思う


「そう、ですか⋯⋯」


 その答えに夏目さんは顔を伏せた


 俺の言葉が、夏目さんにどう響いたかは分からない

 復讐する最低な男と思われたか、あるいは溢れかけていた苦痛が遂に蓋を破ったかのどちらかだ

 

「もし復讐したいって言うなら、俺もできる限り協力します。夏目さんが望むなら⋯⋯ですけど」


 夏目さんの目は潤んでこそいた

 しかし俺言葉を引き金にしてか、何かを決心したかのようにその目の奥には火が灯る


「復讐⋯⋯してやります」


 やはり悔しい気持ちはあるみたいだな⋯⋯

 遂に夏目さんの目から流れ出た涙が歪んだ頬を伝い落ちるが、それを拭おうともせず、ただ視線を落としてテーブルを見続けていた


「この際話します。あの人が私に隠れてした事⋯⋯すべて」


 俺はゆっくりと頷く

 何だか少し前の俺を見ているようで、強烈ないたたまれない気持ちに駆られる⋯⋯


 そのまま夏目さんの次々の暴露に、俺は耳を傾けた




お読み頂きありがとうございました!


シリアスな展開が続きますが、残り3話ほどでシリアスな展開は一旦落ち着きを見せると思います。

主人公の気持ちは夏目さんによって大きく変わるかもしれません。


誤字報告の方、大変助かっております!

確認次第、随時修正しておりますので気兼ねなく送ってください!


続きが気になる!面白い!など思ってくださればよろしければ評価、感想やブックマークをいただけますとすごく励みになります!

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― 新着の感想 ―
 もしかして、浮気相手は……あの人?
お久しぶりです、ここの所昼ドラみたいなヤンデレ展開が続いていますが、すごくいいです!みんなそれぞれに「決意」や「復讐」といった強い感情を持っているのがよくわかります!本当にお上手ですね。
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